4.ドラゴン相談に応じる
読んでいただきありがとうございます。
今回は短いのですが、区切りがいいところがここしかないので。
「ゲルダの姿でその口調は、違和感があり過ぎて気持ちが悪いな」
「申し訳ございません」
「まずそなたの事を簡単に説明する。
ゲルダが行ったのは、己の命を媒介として、大きな願いを代行させる魔法だ。願いは大抵破滅的なものが多い。誰かの病気を治す、とか、水害で悩む川の流れを変えろ、という建設的なものはそぐわない。
何故なら、代行者は近くに居る、もっとその願いを遂行しやすい死霊が選ばれるからだ」
それは間接的に、私も死んだ人間ですよ宣言じゃないのか?
「……生霊の可能性は?」
僅かな望みを告げると、フィーちゃんは首を横に振った。
「仮に生きている人間の魂を強引に引きよせたとしたら、身体の方が死んでしまう。
故にどちらにしろ召喚される魂は死霊だ。
そして、召喚した魂から名前を奪い、契約を成立させることによってこの魔法は発動する」
「解除方法は!私が奇跡の生霊だった場合、早く帰らないと体が死んじゃう」
「契約時の願いを叶えることで、名前は返され魔法は完了する。召喚された魂は解放され、次の世へ旅立つことが出来る」
生霊への期待については触れず、フィーちゃんは淡々と解説する。
それはつまり、心安らかに成仏してしまうという事ではないですか!
「早く願いを叶えないと!」
「では、ひとっ走り王都まで赴き、住民を虐殺するか。ゲルダの願ったこの世の終わりがどの程度のものか、試してみようではないか」
「却下です」
当然最初の虐殺案に戻る。
むしろ、これが下敷きにある知識だからこそ、フィーちゃんは虐殺を提示してきたのだろう。
「そうだな。余も、違うと思う」
「へ?」
やる気満々だったフィーちゃんは、あっさり私の言葉にうなずいた。
「願いの代行に最もふさわしい死霊として、ゲルダはそなたを選んだ。わざわざ世界の境界すら超えて、だ」
高倍率オーディションに受かったような話だが、残念ながら喜びはない。
「そなたが腕利きの連続殺人犯であったり、無辜の民を大量に虐殺したという実績のある軍人であれば、ゲルダの願いは言葉通りだが。
どう見ても、そなたが五万人ほど殺し尽くせるとも思えん」
ええ。一人だって無理ですよ。
刺身は好きですけど、お魚捌くときに目が合うと躊躇するぐらいには、小心者ですよ。
分かってくれてうれしい。
それにしても、五万。五万人で王都かぁ。
日本の首都東京は一千万人都市。比べられない。まぁ、日本は江戸時代でも百万人都市だったようだけど。少なくとも、江戸時代が始まるよりも古い文明レベルと考えるべき?魔法という不思議因子がある世界だから、私が育った世界と同じルートを辿って文明が進んでいるとは考え難い?
ふんわり中世ヨーロッパ風だと思っているけれど、実際どれぐらいのものなのかなぁ。
いったん元の世界に戻してくれると、詳しく比べられて色々参考になるんだが、もちろん今は私の頭の中にある情報が全てだ。つまり、ふんわりしか分からない。
「となると、ゲルダの正確な願いが分かるまで、そなたはゲルダに成り代わるしかあるまい?」
私の思考が逸れている間に、フィーちゃんは結論を出していた。
「……」
すでに体に入り込んでいる身としては言いにくいのですが、とても困る。
おそらく私の正体は、日本女性、そして小市民。間違っても大貴族のお嬢様が務まるとは思えない。
「ひとまず王都を滅ぼすと、ゲルダの願いが言葉通りのものかどうか確認が取れるのだが」
私が黙り込んでいると、やってみる?、とお気楽に尋ねられる。
やめよう。ちょっとした火の元確認みたいなノリで人を殺すのは。人命大事よ。
「だめです。無理です」
「うむ」
「何かゲルダ嬢の願いが探れるようなものは?日記とか、ああ、恥ずかしい詩とか!」
ライオネル殿下に捧げる詩があるって、グレータさんが言っていたよ。
ミステリーでは、手記とか昔の新聞とかから、新たな事実が浮かび上がったりするはず。
「何もない。
探しても無駄であろうよ。
ゲルダは自ら命を捨てる様な、激しい性格ではない。突発的な『何か』が起きたのだろう」
フィーちゃんは人の期待を裏切るような事を平気で言うデリカシーのないドラゴンだ。
しかし、言われてみれば、私の胸にも心当たりがある。
あの身を引きちぎられるような悲しみ。
あれか。
「では、せっかく王都から脱出してきたけど、もう一回金髪イケメン王子とビームサーベル少女の所に行かないと」
私が召喚される前に、彼らがゲルダ嬢に何をしたのか、聞き出すしかない。
ヒントはそこしかないんじゃないか?
「……」
じろり、と綺麗な青い瞳が動く。
睨まれると怖いじゃないか。
「ゲルダを泣かせた者どもにもう一度会うと?」
「何やらかしたのか、知っているのはあの場にいた王子様方か、本人だけですよ。
それとも何ですか?本人を死霊召喚みたいに呼び出す方法でもあるんですか?」
ヤケクソにまくしたてると、フィーちゃんは重々しく頷く。
「あることはある」
「王子様との面会のコネが?」
「それはない」
「チッ使えない」
「そなたは本当に、余に対する敬意が足らぬ。
魂との会話だ。余は不得手だが、レティという古い友なら得意だな。
となると、やはり王都に戻らねばならんな」
ドラゴンの古い友、というあたりに、どんなオオトカゲが出てくるのか不安だが、縋れる藁は少ないのだ。千年物のドラゴンが出てきたらどうしよう。当事者でなければ、サイン欲しいぐらいには嬉しいけど。
「では、私の身体が死なない間に急ぎましょう」
「……それは」
もう死んでいるだろ、という目をするフィーちゃん。
いやいや、魂が抜けたところで心臓が動いているなら、優秀な日本の医療現場はしばらく持たせてくれるはず。
大丈夫!大丈夫だ。
ドラゴンの憐れみの視線が痛い。
脳死判定って、どんな基準で行われるんだっけ?と、必死で頭を働かせるが思い出せない。
法的にも生物的にも死人にされる前に、私は戻らなければならないのだ。