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1.気づけば修羅場

悪役令嬢転生ものをやってみたくて始めました。

主人の性格はのんびり前向きなので、あまり暗い話にはならないと思います。

「我が嘆きに応えよ。我が涙を啜り、我が苦しみ糧として、この世の全てを滅ぼすのだ!」

過激な叫びは、甲高い少女の声だった。

 耳にすると、胸がギリギリと締め上げられるよう痛い。

 悲しい。悲しい。悲しい。

 溢れてもなお、とめどなく溢れ続ける悲しみが、まるで自分の事のように胸に刺さる。

 誰がこんなに、悲しんでいるのだろう。

 どうしてこんなに、胸が痛い思いをしなければならないのだろう。

 「全て、壊れてしまえばいい」

 『私が壊れてしまえば良い』

 物騒な言葉に重なって、自責の念が強く響く。

 私の悲しみではないというのに。

 あまりにも強く、受け止め切れないほど激しい悲しみが、私の心を引きずっていく。

 『どうして、そんなことをおっしゃるの。ライオネル様』

 そんな目で私を見ないで。

 そんな声で私を罵らないで。

 貴方の言葉で、私は壊れてしまう。

貴方に軽蔑されるなら、消えてしまいたい。

 狂おしい嘆きの思考が、私の心を侵食していく。

 悲しい。

 世界が終わってしまうほどに、悲しい。




 バチッ。

 特大の静電気が流れたかのような、激しい音が響く。

 炸裂音は一度では済まず、バチバチと何度も繰り返す。

 霧掛かっていた私の視界は、炸裂音が響く度に視界がクリアになっていく。

 悲しみの渦に巻き込まれ、感情と思考が洗濯物のように引きのばされていた「私」は、改めて周囲を見る。

 バチバチという痛そうな音と共に、小さな真珠のような玉が転がり落ちる。落ちているのは自分の頭からなのだと、何故か知っていた。形は真珠のようだけど、色はオパールのように複雑に煌めいている。それが床に落ちると、黒く炭のようにくすむのだ。

 綺麗に結い上げていた黒髪が、豊かに肩から腕に流れていく。

 いや。私はショートカットだったはずだ。違和感があるのに、その黒髪が自分のものだとも知っている。

 艶やかな漆黒の髪がかかる腕は、ほっそりと白い。

 華奢な腕を包む袖口は、ふんだんなレースで飾られている。視界に入る釣り鐘型に広がったスカートは、絵本のお姫様以来お目にかかっていない。

 いつの間にか、王子様の花嫁選びに潜り込む予定だったのか?親切な妖精さんにも会ってないし、実母の墓を暴いてドレスを発掘してもいない。おかしい。

透明感のある白い肌。

 おかしい。

 三十路も過ぎた女の手ではないし、ゴスロリは私のキャラじゃない。

 「止めないか、ゲルトルーデ!」

 腕を伸ばしても届かない程度に離れた位置に立つハンサムが叫んだ。

 ハンサムが立っていたことに、初めて気づく。視界が狭まっているように、周囲の状況が入ってこない。

 「悲しい」

 囁くように答えたのは、私。でも、私の声じゃない。こんな、可愛らしい甲高い声じゃなかった。

 「危ない!ライオネル様!」

 金髪碧眼の正統派王子様なハンサムの背後から、小柄な少女がまろび出てくる。手には包丁サイズの光る剣を持っていた。某宇宙戦争の魔法使い的なアレが振りまわすものによく似ている。

 「シェリー!君こそ下がれ」

 「できません。このままでは、ゲルトルーデ様に何をされるか」

 ライオネルと呼ばれたハンサムが、前に出ようとするシェリーを腕に庇う。

 明らか二人の目には、私の姿を脅威だと映っていた。

 (何もしないのに)

 シェリーの言葉を聞くと、私の胸に再び悲しみが溢れ出す。

 バチバチ、と静電気のような音が、次第に収まっていく。それは頭からこぼれ落ちる珠がなくなってしまったせいだと『知って』いた。頭から音が響かなくなった代わりに、遠くでとガラスの砕ける音がした。かなり大きい。

 続いて複数の悲鳴。

 距離が離れているせいで、何が起きているのか分からない。私がそちらへ注意を払っていないせいもある。いや、もはや「私」という自我はおかしい。この身体の持ち主、というべきか。

 「私には聖剣があります!どうか、ライオネル様だけでも逃げて」

 健気な事を言い出す少女シェリー。短いライトセイバーとか、ビームサーベルみたいなのが『聖剣』らしい。

 逃げる、のはもちろん、この流れからして私から逃げるのだろう。

 「君を置いて逃げられるか!私はいつでも君を守る!」

 剣に手を掛ける王子様。

 その動きよりも早く、シェリーが突っ込んで来た。時代劇の町娘のように、へっぴり腰で聖剣を構え、突進してくるのだ。

 どれだけ聖剣に威力があるのか分からないが、普通の包丁であっても突っ込んでこられるのは困る。

私はごく普通の日本人女性なので、包丁で突進してくる暴漢を華麗に投げ飛ばす技は持っていないし、この身体の持ち主の細腕を見る限り、似たようなレベルだろう。

 痛みの予感に、ぎゅ、と身体に力が入るのと、何事もなかったかのように、す、と片手を突き出すのは同時だった。

 私の身体に、二つの意志があるのは間違いない。

 片手を突き出す動きにどんな意味があるのか、私は説明されなくても『知って』いた。

 闇の精霊が風よりも早く凝縮し、シェリーの前に立ちはだかる。何の技術も介在しない、ただ精霊をかき集めただけの不格好な闇の盾。

 光の聖剣と闇の盾はぶつかり合い、瞬く間に光の剣が霧散する。

 きらきらと振り撒かれる光の粒子の美しさと、呆然とする王子様と美少女の表情は対照的だった。

 いうなれば、それは絶望。

 「あ、アァぁ!」

 まさかそういう展開が来るとは、予想もしていなかったのだろう。

 ぺたん、とひざを折ってしまう少女を、私は無感動に見下ろす。この身体の持ち主も、何も言わない。

 「シェリー!」

 動いたのは王子様の方だ。

抜身の剣を片手に、割って入るように駆け寄り、そのまま片手で少女の胴体をさらうと、離脱した。

 見事なまでのピックアップ行動。決死の表情で私の方を睨んでいるけれど、剣を握る手が細かく震えている。

 「あ」

 ため息のように零れる一言。この身体の持ち主の気持ちは、言葉にならないまま私にも降り注いでくる。

 悲しい。

 妬ましい。

 羨ましい。

 そして、悲しい。

 「ライオネル様、わたくし…」

 「シェリーには傷一つ付けさせん!」

 何か言いかけた持ち主を遮って、怒鳴る王子様。余裕を失った、王子様にあるまじき形相だった。同じように震えながらしがみ付く少女の姿を眺め、ふ、と私は体が重くなるのを感じる。

 今まで二人掛で抱えていた荷物を、突然一人が抱えさせられたような重量の移動だ。

 視界がさらに広がる。

 カタカタと震える王子様と少女、そして私は広いホールに立っていた。

王子様と少女の背後には、二人の少年が立っている。二人とも剣を佩いているけれど、抜く様子はない。

 広間は、空白の恐怖でもあるのか、天井も床も柱まで、みっしり彫刻で飾られている。大きく取られた窓の外は、ずいぶんと高い空だ。同じ高さの建物が見当たらない。

 遠くでガチャン、ガシャンと響いているのは、窓が割れている音だろうか。

 破壊音と同じ方向から悲鳴が何度も聞こえる。

 空には次第に雨雲が集まってきており、それに合わせて夜のように暗くなってくる。台風でもなければ、自然に集まる雲の速さではない。

 雷光が遠くに見える。雷鳴が追いついていないのだから、あの雷はまだ遠い。

 それにしても。

 随分も王道展開のこの世の終わり演出だ。

 ついさっき、「この世の全てを滅ぼすのだ」と聞いたところだ。つまり、これから起きるのは「この世のすべての滅び」だろう。

 王子様を含め四人が蒼白なのも当然だろう。

 さて、どうしたものか。

 一歩踏み出し、さらに周囲を見渡す。

 暗くなったせいで窓ガラスにこの身体の姿が映り込む。

 とはいえ、見慣れた薄くて大きな一枚ガラスではないので、歪んでいるのだが。それでもこの身体が黒髪の美女であることは十分わかった。

 うん。

 私の身体じゃない。共通点は髪の色しかない。

 絵本のお姫様のような豪奢なドレスを纏った美女は、虚ろな目をしてこちらを見つめている。金髪美少女も、ちょっと見当たらないレベルの可愛さだけど、この身体はその数段上をいく。

 どちらかというと、ツルペタ体型の美少女に比べて、この身体は同性の目で見てもつい胸に目が行きそうなほど、出るところは出て、引くべきところは引くプロポーションだった。コルセットの成型技術込でも恐ろしい。

 美女を舐め回すように見つめていると、空の彼方から急接近する影に気付く。

 この身体の周りに集った闇の精霊がざわめくのを感じた。

 点でしかなかった影が見る間に大きくなっていく。

 「殿下!」

 叫んだのは、置物と化していた少年二人の内小さい方だ。殿下と呼ばれる当たり、あの「王子様」は本物の王子様なのか。

 「殿下!退避してください!」

 声変わりも迎えていないような甲高い悲鳴に、弾かれたように大柄な男の方が動く。大柄な方は青年と言った方がよさそうな年齢だ。

 青年は「ご無礼を」といいつつ、王子様の方を引きずる。

 王子様にくっついていた美少女もズルズルと引きずられているのだから、大した腕力だ。火事場の馬鹿力的なものかもしれない。

 たった一人残された私は、窓辺に立ったままだった。この身体は怯えてはいない。

 近づいてくる影はそのまま真っ直ぐこちらにやって来て、その姿はどこまでも大きくなっている。

 「ドラゴンだと!」

 「フィアーリヒから飛んできたのか!」

 騒いでいるのは、背景の少年二人。王子様と美少女は言葉もなく震えている。

 漆黒の鱗を雷光にギラギラと反射させたドラゴンは、巨大すぎて「あ、いかにもな、ドラゴン!」と思った瞬間には全容が見えなくなった。

 たぶん三階建ての家ぐらいのサイズはあると思うのだけど、そういう生物が近距離に登場したら、顔ぐらいしかわからない。

 らんらんと輝いている青い目玉だけでも、人間の頭ぐらいありそうだ。

 『ゲルダ、鎮まりなさい』

 鼻先で窓ガラスを破壊しながら突っ込んで来たドラゴンに窘められる。

 そちらこそ鎮まれ、と思った私の代わりに、身体の持ち主が応答する。

 『来てくれたの、フィアツハイブルグ』

 『君の悲鳴が聞こえた。闇の精霊たちを鎮めなさい、王都を吹き飛ばすつもりか』

 頭の中に直接響く声は、叱責しながらもどこか優しい感情が滲んでいる。

 この美女は王都を吹き飛ばせるらしい。王子様と美少女は、どうして喧嘩を売ろうと思ったのだろう。

 ドラゴンがちょっと吠えたのだろう、ググァッという唸り声だけで、身体がびりびりと震えた。あのサイズの喉が震わせる空気の量は相当だ。

 ドラゴンの巨体が霧のようにかすむと、王子様と同じくらいの背丈の美人が立っていた。銀髪ロングヘアの性別不詳な人は、流れから言ってこのドラゴンの人間形態なのだろう。大丈夫だ。現代日本に生きるオタクにとって、ドラゴンが人間になることぐらい常識だ。

 「ゲルダ」

 ドラゴンの両腕が伸ばされると、素直に身体の持ち主は身を預ける。

 その場に居合わせた四人は、固まったようにドラゴンと私の方を見ていた。下手な事を言って二人で大暴れされたらシャレにならないから、何もできないのだ。私が同じ立場でもそうする。

 二人で大暴れ、と考えて、私は記憶に引っかかり感じた。

 デジャヴ、というのか。このシチュエーションに見覚えがある。どこだったか。

 私がドラゴンに抱き締められたことがあるとは思えないんだけれど。

 もやもやと思い出せないもどかしさに囚われている間に、事態は進行していく。

 「ゲルダ、我を失うなど君らしくない」

 頭を撫でてくるあたり、ドラゴンは私を子ども扱いしているらしい。じっと私の目を覗き込み、いや、覗き込んでいるのはこの身体の持ち主の方なのだろうが。

 「ゲルダ、戻っておいで」

 とても悲しそうに囁いて、ますます抱き締める腕に力がこもる。

 額に額を押し付ける仕草は、稚い獣が親愛の情を込めているような、そんな温かさがある。

 「ゲルダ、戻っておいで」

 「フィアツハイブルグ、ごめんなさい」

 身体の持ち主が応えると、ドラゴンは天を仰いで、人間には聞こえない高さの嘆きを吠えた。

 「君はもう、手放してしまったのか。ならば帰ろう。私達の山へ」

 この誘いに頷く。ドラゴンは私を横抱きに抱き上げると、突き破った窓の方へ歩いていく。

吹き込む風は冷たく、強い。

この広間が三階の高さにあったことが、初めて分かる。

ドラゴンはそのまま、無いもない空中まで足を踏み出し、私はいきなり三階から墜落する羽目になり。

 意識を失った。


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