エピローグ
まただ、また、始まってしまった。
どうしたらこの日々から抜け出せるのだろうか。
「おはようございます、明日美様」
あぁ、この声を聞くと私は現実という鳥籠にいることを思い出してしまう。
おはようの挨拶と共に私の布団を容赦なく剥いでくるこいつ、 眼鏡を掛け、頭の七三分けを気にし、まるでゴミを見るような目をして私を見つめてくるこいつこそ、私の家で雇っている使用人。
カルロ・プライアラムス、略してカルロである。
「明日美様、今日は高校の入学式なんですよ。二度寝をして寝坊などということがあれば、明日美様の青春の学園ライフ計画に支障をきたしますよ。」
そう言いながら私の布団を容赦なく取り上げた挙句、カーテンを開け、太陽の光が部屋に差し込むこのいかにもアニメのシチュエーションにありそうな場面を作りあげて何も言わず部屋を出ていくカルロ。
もう少し私に優しくしろよ、と心の中で叫んだが、当然口には出せないし、顔だけはかっこいいので、素直にベッドから降り、何の変哲もない私の一日がスタートするのであった。
生城ヶ崎家、江戸時代初期に木綿豆腐屋を開業し、昭和に入って1度は潰れかけたこの豆腐屋を、食品加工メーカー、生城食製と名を変え、大成功を収め、今では日本の経済を支える大手企業へと成長を遂げた。
私の名は生城ヶ崎明日美、生城食製社長、生城ヶ崎辰之の娘なのです。
そして私はこの春、都内屈指の名門私立、都立中央大学付属高校に入学するのです。
小学校、中学校共に、成績優秀、スポーツ万能、周りに優しく、そしてとても可愛いルックスで、超優等生を貫いてきた私。
父がよく、
「お前は将来この生城ヶ崎をもっと世に広めなくてはならない。お前は生城ヶ崎のために生き、生城ヶ崎のために人生を捧げろ。」
と言っていたが、初めはただ父親に褒めてもらいたくて、この教えをまもってたものの、15年も生きていたら流石に自分のやりたい事とか、将来の夢とかもできて、受験前はよく父と喧嘩していた。
「お前は私の跡を継ぐんだ。それ以外は認めん。」
毎度毎度その言葉を言われると無性に腹が立ち、部屋を飛び出す。
その度にあの忌まわしきカルロが父親に何か言いつけられてるのか分からないが、もうすこしよく考えてくださいだとか、父上様はあなたを思っていっているだとか、そんなことばかり言ってきて、その頃はカルロの事がほんとに嫌いだった。
でも、喧嘩三昧だったある日、いつものように父の部屋に呼び出され、またかと思いながら部屋に入ろうとすると、カルロの父が話しているのが聞こえたので、ドアの前で聞き耳を立てることにした。
そしたら急に父の怒鳴り声が聞こえて、
「私は明日美のことを思って言っているのだ!お前に何がわかる!」「分かります、辰之様の気持ちは使用人であるこの私が、誰よりもわかっています、ですが、明日美様の気持ちも分かってください。貴方はすこし自分の意見を押し付けすぎだと思います!」
と、その時初めてカルロが声を荒らげているのを聞いた。
「お前は今日で解雇だ、今すぐ出て行け。」
と、父に言われたカルロが、部屋を出ようとしたので、私は慌てて、
「まって!お父さん」
「明日美、聞いてたのか、」
父が期限の悪そうな顔で私を見てくる。だが、そんなの知ったこっちゃない。
「カルロの言う通りよ!私だって夢があるの!やってみたい事だっていっぱいあるの!だからもう邪魔しないでよ!」
泣きながら訴える私を、驚いた顔で見ている父とカルロ。だがすぐにカルロが私の背中に手をぽん、とあてて、
「私を解雇するのは構いませんが、どうか明日美様のことを、もう少し考えてあげてください。」
そう言うと、カルロは部屋を出ていこうとしたので、またしても私が
「まって!カルロをやめさせないで!」
と言うと、父はすこししょぼくれた顔で、
「わかった。」
と、父を何とか説得し、部屋をあとにしようとドアを開けた時
「すまなかった。」
と、父の少し悲しげな謝罪を、無言で振り返ったあと、カルロと部屋を出た。
そんなこんなで、私はカルロの事が多少は好きになったし、信頼するようになった。だが、いちいち一言余計なとこや、人を見下すような発言をするので完全に好きにはなれない。
こんな感じで昔話を思い出してる間に、朝食が完成したらしく、テーブルの上にはいかにもお嬢様ですよ感溢れた料理が並んでおり、こんなに食べれねーよ、などと思いながら食べてると、いつの間にか完食してるのだ。
カルロの作る料理は美味しい、だからいつの間にか食べ終わってしまっているのだ。このまま食べていると、私はいつか名前の後ろにデラックスとか付けられてしまいそうなので、少しは食事制限もしようと思ったが、良くよく考えたらいつもそんなこと思っといて食べてしまっているので、私は考えるのをやめた。
朝食も食べ終わり、身支度も完了したので、カルロが玄関で見送る中、私は家を出た。
待ってろ、高校生活。
待ってろ、私の青春。
期待を胸に、私は校門から学校を見上げたのだった。