黄色いウサギ
帽子屋を待っている間アリシアは庭園を眺め時間を潰す。
何処と無く見覚えのある光景に釈然としない思いを抱えながらアリシアがぼんやりと景色を眺めていると、屋敷の方から足音が聞こえてきた。
「…………」
「…………」
お互いに黙り込んだまま、レインがアリシアの隣まで歩みを進めてきて、やはり無言で長手テーブルの上にティーカップを置いた。
「……嫌いなんて言わないよな?」
「え?」
「紅茶」
「言いませんよ。
私も紅茶好きなんです。
あなたほどではないですけど」
アリシアの言葉にレインは機嫌を良くしたのか、小さく笑うとアリシアの斜め前の席に腰を下ろした。
「この紅茶ダージリンですか」
「わかってるなら聞くな。
…………お前、思ったより話がわかるやつなんだな」
単純とも言えなくもないが、素直な反応が年相応で可愛らしく思えアリシアは小さく笑った。
「本当に紅茶がお好きなんですね」
そう言ってアリシアがティーカップに口をつけた時、いきなり視界に入ってきた黄色い物体に動揺してむせる。
すると目の前のその人が顔を上げてこちらを見た。
「あんた、誰」
「………………」
「………………」
「それ、私のセリフだと思うんですけど」
「そうか?」
彼はそう言うとまたテーブルに突っ伏して動かなくなった。
いつからいたのか、レインとアリシアの席の間くらいの場所にアリシアと向かい合うようにそこにいた彼のことをレインに訊ねようとそちらを見ると、やはり彼は呑気にティーカップを傾けていた。
「ちょ、帽子屋」
「ああ?」
ティーカップに口をつけようとしていたレインに呼びかけると、至福の時間を邪魔されたせいなのか眉を寄せて睨みつけられる。
「だ、誰かいるんですけど。
この方はいつから?」
「さぁな」
「さぁな?!」
「こいつが神出鬼没なのはいつもの事だからな」
レインはそう言うと茶菓子を皿ごとその人に向かって滑らせる。
食器と頭がぶつかる音がして、アリシアが困惑しながらレインを見つめると、彼はめんどくさそうに口を開いた。
「おい、ノア。
アリシアが話したいってよ」
レインに名前で呼ばれたことを驚く暇もなく、目の前のその人が起き上がったことに吃驚する。
正しく言い直すなら先程は気が付かなかったモノがアリシアの眼前に晒されあっけに取られたというのが正しい。
「それやるから起きろ」
「……ありがとう」
寝ぼけなまこではあるが青年はお礼を言うと無言で茶菓子を食べ始めた。
だがアリシアにとってはそんなことよりもっと重要なことがある。
彼の頭部に生えている“耳”だ。
「……ウサギ?」
「お前あれが見えるのか?
流石ハートの城の宰相、というところか…」
やけに仰々しい言葉が気にかかりアリシアは首を傾げる。
「普通は見えないんですか」
「ああ。
今のノアは“見せようとしていない”からな。
その気になれば一般人にも見えるが 」
「それってどういう原理なんですか?」
「どういう原理なのか、なんて必要なことか?」
つまらなさそうにレインはそう言うと光のない目でこちらを見た。
畏怖を覚えるほど、その時のレインの目は生きた人間だとは思えない目をしているようにアリシアは見えた。
「“見せよう”とすれば見えて、“見せない”と思えば見えないでいいじゃねぇか」
「…………そう、ですね」
これ以上は深く探ってはいけない気がしてアリシアはその言葉しか言えなかった。
「おれは三月ウサギ、ノア」
突然黄色い耳の生えた青年、ノアが口を開きアリシアは驚かされる。
ノアには驚かされてばかりでやけに疲れる。
「ハートの城で宰相兼ボディーガードを務めております。
アリシアと申します」
そう言ってアリシアが頭を下げるとノアは聞いているのかいないのか茶菓子を口に含み、空になった皿をテーブルの上に置いた。