門番との出会い
アリスの森を出てから二人は言葉を交わすことなく黙々と目的地に向かって歩いた。
何だかんだで人と話すことが苦手なアリシアにとってレインとの沈黙の時間は苦痛ではなかった。
彼が一人を好むのは皆が知っていることであるし、しかも相手がアリシアであれば余計に話したいなどとは思うまい。
そういう意味ではある意味信頼があるので話さないとと思わずにすむ。
「あら、お兄様、誰かがきたみたいだよ?」
「あれ…ほんとだねお姉様。
あれは帽子屋さんと女騎士さんだ」
まだ声変わりもしていない高くきれいな声が聞こえ声がした方に顔を向けると、肩口まである黒髪を一つに結んだ少年と同じく肩口までの長さの黒髪を持つ少女がいた。
お互いに“お兄様”“お姉様”と呼ぶなんて不思議な関係だ。
そういう遊びをしているのだろうか、などと考えながらアリシアは足を止めた。
「帽子屋さんが女の人連れてるなんて気持ち悪ーい」
「だめだよお兄様、そんな正直にいったら。
帽子屋さんがかわいそうでしょう」
クスクスと楽しげに笑いながら二人は悪びれもせずそんなことを言う。
同じ顔が全く同じ表情を浮かべ、近寄ってくる。
「俺だってこんな女連れてなんか歩きたくねぇよ」
「それはこちらの台詞ですよ」
腹立たしいのを隠そうともせずレインを睨み付けていると二人が足を止めた。
「アリシアさん……だっけ?」
黒いワンピースに白いリボンと白いソックスを身にまとった少女はにこやかに笑ってアリシアにその掌を差し出してきた。
何のことかわからず少女を見つめ返すと少女の隣で少年がクスクスと笑った。
「握手だよ女騎士さん」
「あ…………握手ね、その考えはなかったわ」
少年に言われてようやく意味を理解したアリシアは差し出されていた少女の手を握った。
その瞬間なんだか妙な既視感を覚えて、首をかしげる。
もしかすると自分には妹か弟か、年下の兄弟がいたのかもしれない。
「よろしくね?アリシアさん。
わたしトゥリードル・ディー」
名前を呼ばれた瞬間こんな年端もいかない子に名前を覚えられているとは思わなかったので驚いて目を見開いた。
「ぼくはトゥリードル・ダム」
今度は少年、ダムがアリシアに握手を求めてきたのでディーの手を離すと、彼の手を握る。
ダムは白いシャツに黒いネクタイとズボンを身につけていた。
双子だからなのか同じツートンで合わせているところが可愛らしいな、などと頭の端でアリシアは考える。
「ところでアリシアさんはどこに行きたいの?」
「ぼくたちが案内してあげるよ」
楽しげに笑いながら二人はそう言ってアリシアの腕をつかんだ。
「帽子屋の屋敷に」
「帽子屋さんの家?それなら右だよ」
「何言ってるのお兄様。
帽子屋さんの家は左だよ」
二人は反対のことを言って同時にそれぞれの方向へ身体を引っ張る。
「…………?
どっちなんですか?」
「右だよ」
「違うよ、左だって」
意味がわからずアリシアは帽子屋本人に尋ねる。
「帽子屋、どっちなんですか?」
「右だな」
「だそうなので右に行きますね」
アリシアの反応に二人は慌てたようすでアリシアの腕に力を込めると、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「ま、待ってよ!そこはもっと“え?右なの?左なの?どっち?”って慌ててくれないと!!」
「そうだよアリシアさん!そんな簡単に答えを見つけちゃ面白くないじゃない」
「……とは言われても帽子屋に聞くのが一番早いですし…」
帽子屋の屋敷なのだ帽子屋が一段よく知っているに決まっている。
ならば帽子屋に聞くのが最善だろうとアリシアは思ったのだが、ディーとダムはそれが不満らしい。
「そういう問題じゃないの!ぼくたちが面白くないでしょ!」
「………………」
堂々と自己中心的発言をされあっけにとられアリシアが言葉を失っていると、帽子屋がアリシアの頭をこついた。
「おい、早く行くぞ。
こいつらの遊びに付き合ってると日が暮れる」
「ちょ、帽子屋…」
「これだから帽子屋は……ね、お兄様」
「そうだねお姉様」
突然雰囲気の変わったとげのある声音と言葉にアリシアが驚いて二人へ顔を向けると、先程までと変わらない笑顔を浮かべているディーとダムがいた。
「アリシアさん、その人とあんまり仲良くしない方がいいよ」
「その人イカレ帽子屋だから」
「そうそう。ただの帽子屋じゃないよ。
“イカレ帽子屋だから」
「黙れ」
クスクスと笑う二人の高い声が森に響く。
その音は悪意と敵意に満ちた化け物の声をしていた。
「ディー、ダム」
「なあに」
「無闇に人を傷つけるような言葉を使ってはいけないわ」
そう言って二人を見つめると、明らかな嘲笑が二人の顔に浮かんだ。
偽善者、そう言いたげな顔だ。
「人を嫌うなと言っている訳じゃない。
大切な誰かに嫌われないように、無闇に人を傷つけるような言葉を使うなと言っているの」
自分の大切な人を傷つけてしまわないように、むやみやたらに周りの人間を傷つけないように。
そう伝えたかったのだが二人には伝わっただろうか。
「アリシアさんってお姫様にはなれなさそう」
「…………どういう意味?
いや、別にお姫様になりたいなんて言ってるわけじゃないけど」
「ふふ……アリシアさんって面白いね。
偽善者みたいなこと言ってすごく自己中心的」
「でも人類最強のブリザードではなさそうだよ」
人類最強のブリザード、それがアリシアにつけられた周囲からの評価だった。
とても人好きするセシルがそばにいるからなのか、本当にアリシアがそうなのか、冷静・冷淡・冷血の三拍子がそろっているとかでそんな通り名がついているのはアリシアの耳にも入っていた。
けれど否定をする理由もないし、自分の周り以外には情が深い方でもないのでアリシアはあながち否定もできずにいた。
「まいいや、ほらいきなよアリシアさん。
帽子屋さんが行っちゃうよ」
「バイバイアリシアさん」
ディーが別れの言葉を言うとアリシアは二人に背を向け帽子屋を追いかけて走った。
「“アリシアさん”ね…………また会えると思う?」
「会えるよ。“アリスがいない限り”ね」
ダムの言葉にディーはにこやかに笑ってそうつぶやいた。