アリスの森
どれだけ歩いても変わり映えしない景色のなかでレインは何か猛烈な違和感を感じ足を止めた。
「………?」
それに続くようにアリシアが足を止めたのがわかったのでそちらを見るとアリシアと目が合い、ようやくそこでレインは猛烈な違和感が何なのかはっきりと分かった。
アリシアから感じる不穏な空気それが違和感の正体だった。
普段の彼女からは感じたことがない狂気が、今この瞬間もレインを襲う。
何かが違う、この狂気の原因は何なのかそう考えたときレインはアリシアのある部分に目を奪われた。
「紅いの瞳………?」
その時“赤い瞳の女“はとても無邪気な子供のように笑った。
レインはその笑顔に戦慄し言葉を失った。
“逃げろ“
にげないといけない、そう思うのに体がいうことを聞かない。
背中に嫌な悪寒が走る。
今まで何度も死線をくぐり抜けてきたレインだったがここまでの恐怖を感じたことはなかった。
生物的な本能から来る恐れなのか直感的に逃げないといけない、否逃げたいとこのときレインは思ったのだった。
“これに近づいてはいけない“
そんなふうに思うほどの威圧感を彼は目の前の女から確かに感じた。
「会いたかった」
アリシアはそう言って微笑む。
まるで恋人にでも話しかけるような甘い声はレインにより恐怖を与え嫌な汗が背筋を伝った。
気持ち悪い、普段のアリシアからは考えられない甘ったるい声と表情にレインは思わず後ずさる。
目の前の女が本当にアリシアなのか、まるで誰か別の人間がアリシアの中にいるようなそんな光景に吐き気まで催す。
何だというのか。
なぜこんなにも恐ろしく、その姿を見るだけで頭が割れそうなほど痛むのか。
何もわからないままレインは目の前のモノに追い詰められていく。
「…次はキミの番」
「俺の…番?」
「あなただけは…私が」
そこまで言うとアリシアはその場にしゃがみこんだ。
それと同時にレインのからだも頭痛や吐き気、恐怖心から解放されふらつきながらアリシアから距離を取る。
「あたま、いたい。…なんで私しゃがみこんで……帽子屋?」
アリシアは立ち上がりレインに一歩近づいて名前を呼ぶ。
だがしかし何度呼びかけても反応がない。
少し腹の立った様子でアリシアは大きく息を吸って…
「帽子屋!!!レイン・トゥルース」
アリシアが怒鳴りつけるようにそう呼ばれレインは驚ろきに目を見開き肩を震わせた。
「…なん…だよ。そんな大声出さなくても聞こえるっての」
言葉をつまらせ、そこで自分が思った以上に驚いていたことにレインは気がついて苛立ちから眉根を寄せた。
レインの言葉にアリシアも眉を寄せ睨み付けてくる。
「聞こえていなかったから大声をだしたんですよ。まったく。しっかりしてください」
アリシアの言葉に困惑を悟られないようにしようとレインは小さく深呼吸をしてから言葉を紡ぐ。
「…わかってるよ。つかてめぇ…」
そう言いながらアリシアを見ると一瞬紅い瞳の女がニヤリと笑ったようにレインには見えた。
「……………っ!」
再び蘇るあの笑顔にレインは反射的に距離をとった。
それでも息を吸うのが苦しいほど心臓が脈打ってレインはアリシアから目をそらす。
今アリシアを見ればまた“赤い瞳の女”を思い出してしまいそうだった。
「………?どうしました?帽子屋様子がおかしいですよ」
アリシアがそう言って近づいてくるがレインはその分アリシアから距離をとった。
「………本当にどうしたんです?帽子屋」
そう言って首をかしげるアリシアを見てようやくレインは本当の意味で落ち着きを取り戻す。
人の目の色が変わるなんてあり得ない。
「なんでもねぇよ」
けれど今確かにレインの目にはアリシアの瞳の色が変わったように見えた。
瞳の色だけではない。
人格も明らかにアリシアではなかった。
これがどういう意味なのか分からずレインは自然とアリシアの瞳の色を凝視していた。
アリシアもなぜ見られているのかと疑問に思ったのかレインを見つめ返している。
数秒見つめ合うような状態が続いた時、考えても仕方がないと考えたレインが先に目をそらした。
ここはアリスの森、何が起きても不思議ではないとレインは知っている。
例え死者が蘇ろうとも。
「お前の目…」
「目?」
「…珍しい色してんだな」
「……?ああ。そうですね。この国には緑色の瞳を持つ人はいないですしね」
アリシアはそう言うとじっとレインの目を見る。
視線が重なるたび何度見てもアリシアの瞳の色はやっぱり緑だとレインは思った。
「あなたは綺麗な黒ね」
アリシアはどこかうとましげに言って目を逸らす。
その目がダレカに似ているように思えてレインは無性に腹が立った。
「…別にこんな目いらねぇよ」
レインはそっと呟き歩みを早める。
アリシアは最後ぼそりと呟いたレインのセリフに何か言いたげに口を開いたが、何も言うことなく再び口を閉じた。