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異国の地より  作者: 奈落の花子さん
第1章マインツ編
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マインツ編8

 千崎はマックスを探して教会に駆け込む。


(商工会の権利が再確認されてからほとんど経っていないのに、また議会が開かれるというのは不審だ……!)


 聖堂の中はがらんとしていて、誰も人はいないようだった。


 ガタンと音がして、告解室から1人の女性が出てくる。ということはマックスはもう一方の扉の中にいるのだろう。


 興奮状態に陥っていた千崎は、躊躇することなくツカツカと扉へと歩み寄り、勢いよく開いた。


「誰だ!」


 叫ぶマックスを部屋から引き出す。


「司教!緊急事態ですよ!」


「落ち着きなさいショウ、いったい何があったんだ?」


「落ち着いてなんていられませんよ!臨時議会ってどういうことなんです!?やっぱりマルコが絡んでいるんでしょう!?」


「……」 マックスはしばらく目を瞑って沈黙する


「司教!何か手を打たなければなりません!もはや猶予はない、儀式なんてやっている場合ではありません!」


「……落ち着きなさい……」 マックスはそれだけ言って再び沈黙に入る。


「……」


「……」


 2人の間に長い沈黙が訪れる。千崎の血圧も徐々に正常値へと収束していく。


「すみません、取り乱しました」


「よろしい、頭に血がのぼると正しい判断ができなくなるよ、今後は気をつけるように。それにこの儀式は人々を導くために大事なことなんだ、むやみに妨害してはならない」


「はい……深く肝に命じておきます」


 これまで自分の身を守るために信仰に関する話題には深入りを避けていたのに、このようなことをしては全てが水泡に帰す。


(バカなことをした、落ち着いて考えるという簡単なことがどうしてあの時できなかったんだ……賢人などというあだ名は即刻返上だ)


「うむ」 マックスは一瞬にこやかな表情を見せる。しかしすぐに真剣な目つきに戻る。 「実は今回は市議会議員の約半数が議会の開催を要求したんだ。もしかすると不正な金の動きがあったかもしれない」


 やはり金か、あるいは武力で脅されている議員もいるかもしれない。マルコは市に乗じて軍を街の中に連れ込んだかもしれない。


「開催を認めないこともできたが、ここでマルコらに大義名分を与えるのは危険だと判断した」


「では尚更何か手を打たなければならないでしょう。司教もマルコのことをあんなに警戒していたじゃないですか!」


「いや、今我々は表立って動くことはできない」


「それはなぜです?」


「現在この街にはマルコを支持する人々が非常に多い。特に君がこの街にくる前から私に対して不満を持っていた人々は熱心にマルコを支持している。彼らに不用意に大義名分を与えるのは愚策だ」


 確かに、マルコの黒い噂を知っているのは千崎やジャンを含め街で数人程度であろう。マルコは市の開催によってこの街に絶大な経済効果をもたらした。それだけでも十分市民からの支持を得るに値する。実際、マックスに反発する人々だけでなく多くの人がマルコ支持に回っているだろう。


「しかし指をくわえて待っているというわけにもいかない。現在軍に動員をかけている、マルコ邸の強制捜査をする予定だ。何かの証拠を掴み、大義名分を得ることができれば彼の野望を挫くことができるだろう」


「何の証拠ですか?」


「それは後から決めるのだ。汚職でもキリスト教の教義違反でも何でも良い。最悪捏造することになるかもしれない」 マックスは暗い顔をして言う。


(マックスがそんな作戦を立てるのは意外だ……)


 ただの聖人君子では領主などやっていけないのであろう。


「意外だと思うかい?」 マックスが聞く。


「え?」 千崎は間抜けな声を上げる。


(思考を読まれたかのようだ……)


「私も本当はこんなことはしたくない。こんなことはただ他人を貶めているだけだ、きっと神はお許しにはならないだろう……」 マックスは沈んだ声だ。 「しかし仕方ないのだ、私には領民を導くと言う義務がある。彼らを傷つけてはならないんだ……」


 千崎にはマックスの心労が痛いくらい理解できた。それでも彼が対抗手段を考えていることに一応の安堵を覚えた。しかし気を緩めることはできない。何事も筋書き通りに進むなんて保証はない。


 結局千崎は心を落ち着けることができないまま、1日の大半を広場を歩き回ることに浪費した。鍛冶の仕事もサボった。明日エドウィンに大目玉を食うことになるだろう。


––––––––––


 夕暮れ時、千崎はまだ広場を歩き回っていた。マックスの計画を聞いてもまだ心が落ち着かない。なんとかしてこの逸る心を落ち着けたい、藁にもすがる思いである。


 ジャンがこちらに向かって歩いてくるのを見つける。目下すがりつく藁を探している千崎にとってジャンは格好の標的であった。


「やあジャン、君を信頼してこその相談がある。聞いてくれるか?」 疑問形ではあるものの彼に断らせるつもりはない。


「ああショウ……どうしたんだ急に」


 千崎はジャンを有無を言わせず引っ立てていく。


  酒場の指定席に腰を落ち着ける。千崎の気分が乗らなかったためアルコールは無しだ。


「臨時議会のことは知っているだろう?あれはきっとマルコの陰謀だ。マックス司教にも相談したけど、どうにかマルコに対抗する方法はないだろうか?」 千崎は早口でまくしたてる。


「うーん、まだ彼が尻尾を出していない以上こちらから打てる手は少ないと思うよ」 千崎の剣幕とは裏腹にジャンの返答は落ち着いている。 「ただ街の人々がマルコに対して無警戒なのは気になるな」


「確かにその通りだ、彼は民衆の支持を集めている」


「彼の妨害工作を行うにはまず彼の印象を貶めなければならない。僕もこれまで考えてきていたんだが、やはりそうするしかないだろうね」


「でもどうすれば良い?マックス司教も言っていたけど表立って行動するのは難しいんじゃないか?」


「僕には僕のネットワークがある、そこでどうにかして噂話として彼の悪評を広めるつもりだ。司教の言う通り、表立った行動は裏目にでる可能性があるし、地道に進めていかなければならないよ」


「僕はどうすれば良いだろう?君のようにネットワークなんてもっていない」


「ショウは日常生活の中で会う人に広めていくのが良いと思う。でもあんまり過激なことは言ってはいけないよ、嫉妬に駆られた人の妄言だと見做されると逆効果になってしまう」


(確かに嫉妬と見做されるのが一番悪い結果だ……)


「僕たちはマルコが完璧な聖人じゃないってことを知らしめるだけでいいんだ。僕は僕の知り合いに広めるから、ショウも頑張ってくれ」


  それじゃ、と言い残してジャンは去っていく。


––––––––––


 マックスの家の前まで戻ってきた時、千崎はライラに出くわした。


「ライラ!良いところに」


「ショウ、どうしたの?そんなに興奮して」


 ライラにジャンとの談義の内容を話す。しかし千崎にとっては意外なことに彼女の反応はあまり良くなかった。


「ショウ、落ち着いて」


「落ち着いてなんていられないよ!時は一刻を争うんだ。ライラもマルコについての悪評を発信してくれ!彼は何としてでも止めなければならない、僕もそのことに全力で取り組む!」


「だから落ち着いてって言ってるでしょう。大体ショウはマルコの何を知っているの?」


「どういうこと?」


「私、あなたを不安にさせるようなマルコの悪口を言ったことを反省しているの……最近どうすれば良いのかだんだんわからなくなってきちゃって……」


「なんの話をしているの?」


「マルコのやり方が本当に悪なのか」


「そんなこと……ジャンや司教だってそう言ってるじゃないか」


「彼らは領主でマルコとは直接利害が対立しているわ。彼らにとっては議論の余地なくマルコは悪なんでしょうね」


「でも君が彼のせいで傷ついている」


「でも……もし彼のやり方が商人として筋が通っていて、今苦しんでいる多くの人にとっての利益になるなら……」


「僕は君を助けたい!」


「ショウは何が正義かって考えたことある?」


「それは……」


「それに、あなたはマルコの何を知っているの?直接見たわけじゃあないでしょう?全部私やジャンや司教から聞いた話のはずよ」


「……」


「ショウ、この時代で生きていくにはまず慎重に考えることよ。あなたが私のために傷つくのは見たくないの」


「でも––」


「まずは落ち着いて自分のロジックを組み立てて、行動はそれからよ。無警戒に人の話を鵜呑みにしていると政治の道具にされてしまうわ」


 ライラはそう言うと背を向けて立ち去ってしまう。

 

 ライラの意見は確実に千崎の痛いところをついていた。確かにマルコが悪人なのかどうか千崎に判断する術はなかった。


 結局、千崎は工作を実行することはできなかった。




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