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異国の地より  作者: 奈落の花子さん
第1章マインツ編
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マインツ編2

 翌日、千崎は騒音で目を覚ます。目を開けてみてもやはり昨日と同じ部屋。現代日本ではなく近世ヨーロッパであった。


 どうやら騒音の発生源は広場であるようだ。大勢の人の話し声や商人の客引きの声、それにどこぞの国の音楽まで聞こえてきていた。どうやら市はすでに始まっているらしい。マックスの言うように物珍しいものがみられるのだろうか、という期待をもって千崎は市に繰り出すことにした。


 扉を開けて家の外に出る、すると家の前はすでに人でごった返していた。マックスの家は広場から少し離れているが、それでもすでに人であふれている。この街の広場は大きいものであったはずであるがそれでもここまで人があふれているということはこの市はかなりの大規模なのだろう。千崎はとりあえず人の流れに身を任せ、広場の中心の方へ向かうことにした。


 広場へとつく、やはりどこを見ても人、人、人だらけだ。広場の外縁部には店が立ち並んでいるようだ、群衆の頭越しに簡易的なひさしテントが張られているのが見える。しかしそこまで行きつくのは非常に困難であった。


(市の初日であるとはいえここまで人が集まるものなのか……)


 しばらく人の流れに流されているうちに、群衆の中に見知った顔を見かける。


「こんにちは!ジャンさん、フリッツさん!」 千崎は大きな声で叫んだと思ったが、それでも群衆のざわめきによってかき消されてしまいそうだった。

 

 件の2人は千崎に気が付いて振り向く。


「やあショウ!君も来たんだね!」 ジャンも大声で返事をする。


「おおショウ!そんなにかしこまるなよ、呼び捨てで構わないぞ!」 フリッツにとって大声を出すのは何の苦でもないようだ、こんな状況でもまるで日常会話をしているかのように話してくる。


 千崎は人ごみをかき分けてかろうじて2人の元へとたどり着く。


「すごい人ですね。」 千崎が話しかける。


「うん、特にあっちの方はすごいよ。」 ジャンは教会の方を指さす。


「あっちにはマルコとかいうイタリア商人の店があるんだとよ、ショウも行きたければ明日以降に行くことをお勧めするぞ、なんでもすでに圧死者が出たとかいう嘘か本当かわからないうわさも流れ始めたほどだしな。」 フリッツが言う。


 確かにその一帯は特に密度がすごい。今いる広場の中央部は徐々に人がまばらになっていっている (それでもまだかなりの人ごみだ)が、教会付近には黒山の人だかりができている、いや実際には黒山ではなく金髪や赤毛も混ざっているのだが。


「2人はもう店は回ってきたんですか?」


「うん、もうあらかたの店は回ったかな、あとはマルコの店ぐらいだろうか。」 そういうジャンのカバンにはすでにいくつかの商品が入っている 「香辛料とか食材とかの買い付けは使用人に任せているから僕はこういう装飾品とかを見て回っているんだよ。」


「俺もマルコの店にはいってみたいと思っているんだがこのありさまではなぁ……」


 確かに千崎としても人ごみは好きではないし、避けたいところだった。


「それなら昼頃にもう1度見てみませんか?そのころになっても人が多いようなら明日以降に回して……」


「うん、それが良いかな。あんまり行くのが遅くなると商品が売り切れることだってあるしね。」


「じゃあそれまでもう1度いろいろ店を回ってみようか。ショウ、面白そうなものがあったら何でも言ってくれ、付き合うぞ。」


 そういうことで、3人は昼までいろいな店をめぐることになった。


――――――――――


 千崎は実にさまざまなものを見て回った。店には様々な工芸品が立ち並び、いろいろな香辛料が高値で取引されていた。そういった風景を見て回るのも、現代日本の大都会で買い物をするのとはまた違う面白みがあるように感じられた。店だけでない、音楽の演奏や大道芸など目に新しく、耳に新しいものすべてが煌びやかな光を放っているような印象を覚えた。


 3人はまた広場の中央部に戻ってくる。時刻はもう正午を過ぎ、群衆の多くも昼食をとるために離脱を始めていた。


「そろそろ人も少しは少なくなったし行ってみてもいいんじゃないか?」


 というジャンの一声により、3人はマルコの店へと向かうことにした。


 マルコの売り場には煌びやかな商品が所狭しと並んでいた。アラブ産の豪華な装飾品や、色とりどりの布織物など、多国籍で多岐にわたる品物が並んでいた。しかしいずれも非常に高価で、マックスに貰った金では買えないものばかりだった。


 マルコは整った口髭と頭髪を持つ、細身で長身の男だった。イメージだけで語るとすれば"仕事の出来そうなタイプ"というやつだ。その細長い目は冷酷と感じられるほどの眼光を放っていた。


――――――――――


 千崎は長時間人ごみの中をさまよっていたため人酔いしてしまったようだ。


「僕はちょっと気分が悪くなってきたから、ちょっと日陰で休んでいます」 


 千崎はジャンとフリッツにそう言い残して人ごみから離れるように歩いて行った。


 広場を抜けて脇道に出る。頭痛と吐き気に襲われ、意識が朦朧としている。


 千崎は壁にもたれかかって腰を下ろす。その脇道は全体が日陰となっていて、夏の午前の日差しから千崎を守ってくれた。街の人は皆市に出ているか食事休憩をとっているのだろう、その脇道はなかなかに快適であったがほとんど人はいなかった。正確には千崎と、それともう1人女性が千崎と同じように座り込んでいた。


 日陰で気付きにくかったが、その女性は褐色の肌を持っていた。年は10代後半くらいか。浮かれた街の人々とは対照的に、その女性はその瞳には陰鬱さが浮かんでいるように感じられた。


「あなたも休憩ですか?」


 千崎はその女性に話しかけていた。自分でも何故そんなことをしたのかわからない。昨日のように必要に迫られたわけでもないのに、現代の日本では千崎は絶対にこんなことをしないだろう。一時の気の迷いというやつか、出来心というやつなのか。


「ええ、そうですが?」


 女性は怪訝な顔をする。当然の反応だ、と千崎は思う。ああ、やってしまった、しかし後には引けないだろう。


「いえ、別に……何か用というわけではないんですが……」


 女性はますます訝しがる。千崎は自分の顔が引きつっているのを感じる。


「あの…僕、最近この街に引っ越して来て…この街のことを色々と聞いて回ってるんです。」


「そうなの?私もこの街に来たばっかりだから、詳しいことはわからないの、ごめんなさいね。」


「そうなんですか」 新参仲間ということでなんとなく親近感を覚える 「どちらからいらっしゃったんですか?」


「どちらからというか……私はマルコのもとで使用人として働いています。生まれはアラブよ」


 その女性は少し警戒心を解いたようだ。


「あなたもヨーロッパ人じゃないみたいね、もしかしたらお仲間かしら。マルコもしばらくこの街にとどまるみたいだし、見かけたら気軽に話しかけてきてね、一応その程度の自由はもらっているし、話し相手もいなくて暇なことも多いし……」


 そういって女性は立ち上がる


「私の名前はライラ。あなたは?」


「僕はショウです。よろしく」


 ライラは休憩は十分と判断したのか広場の方へと立ち去って行った。日の光に照らされたライラは美しかった。瞳に生気が感じられないのが玉に瑕といったところだろうか。


――――――――――


 その夜もマックス宅の食堂で夕飯を食べる。


「こんばんは、ショウ、さあ席について、夕飯の準備ができているよ」


 マックスに促されるまま席に着く。キリスト教式の挨拶をして夕飯を頂く。


「市には行ってきたかい?」


「ええ、行ってきました」


「そうか、何か珍しいものは買えたかい?」


「いえ何も、どうも貧乏人根性が染み付いているみたいで…」 いまだに貧乏学生のつもりか、と千崎は自嘲する。もしかしたら千崎に金がたまらないのはなのはどこかで自分は貧乏人であるという思い込みがあるからなのかもしれない。


「あと言っておくが、あまりあのイタリア人には個人的に関わらないほうがいいかもしれない」


 マックスはこれまでと打って変わって厳しい顔をする。


「マルコですか?なぜです?」


「彼に関してはあまり良い噂を聞かない。もともと私有軍の圧力と政治権力との癒着で成り上がった奴らだ。派手な略奪行為をしているという噂も聞く。奴隷売買も盛んに行っているらしい」


「奴隷ですか?」


「うん。外国からさらってきたり買ってきた人たちを再び売りに出すんだ。それらの人は郊外の農場であったり、家庭内で下僕をやっていたりするんだ」


「え?それではこの家で働いている使用人たちは……?」


「ははは、彼らは奴隷じゃないよ。彼らは私と雇用契約を結んで働いている“労働者”だからね。奴隷っていうのは“もの”として扱われるんだ、もちろん無給だし、自由も限られている」


「今日マルコの家で使用人として働いているというアラブ人の女の子にあったんですが……」


「もしかしたら奴隷の1人かもしれない。使用人といっても様々な身分があるからね」


 千崎は食事を口に運びながら考える。


(あの少女、ライラといったっけ、彼女は奴隷なのだろうか……マックスの話を聞く限りではその可能性が高い気もするけど……)


 気づくと千崎の食器はみな空になっていた。考え事をしているうちに無意識に完食していたようだ。


「ショウ、今日はもう部屋に戻っておやすみ、君はまだ体調が全快したわけではないんだから、休む時はしっかり休まなくちゃいけないよ」


 千崎はマックスの言葉に従い自室に戻ることにした。


――――――――――


 千崎は自室に戻り、早めにベッドに潜り込む。


 今日は普通に生活していたので疑問を感じることは少なかったが、だんだん不安になってくる。


(僕は今、夢の世界にいるのだろうか、それともこれが現実なのだろうか……)


 日本にいたころの記憶が偽物なのか、千崎にはどうしても納得がいかないが今、近世ヨーロッパにいる以上現実以外に信じるものはない。


 不安はそればかりではない、マックスはいつまで援助してくれるのか。近世ドイツの血塗られた戦争の歴史に巻き込まれる日が来るのではないか…


 漠然とした不安から逃げ隠れるように布団を頭からかぶって目を閉じた。




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