VSフェンリル
一人で行こうとするトオルをイーヌイが留める。
「トオルがやらなきゃいけないの?」
「アニマキヤ人はフェンリルに勝てないんだろ?」
「対抗できる人達はいるけど、アニマキヤの要だからリアレタスには来れない」
「じゃあ俺が行かないとな」
「なんでそんなに行きたがるの?」
「・・・」
「ねぇ」
「・・・じゃあな」
「あっ!」
(申す、申し上げるぞ我が主)
「うるさい!残留思念の残りカスの分際で話しかけるな!」
(あっあっあっ、愉快、愉快な主殿だ。脳まで染まる時が楽しみよ)
「うるさい!俺は人間だ!」
(主殿の行動は人間とは言い難いがのう。狼を捕食したくて堪らないのだろう?)
「・・・うるさい」
(力だ、あれは大きな力だ。大きな力が自分の物になる。あれは贄だ、主殿の贄だ)
「うるさい!黙れ!」
トオルはティンダロスの猟犬の力で空間を切り裂いた。
心臓まで達したティンダロスの力は前よりも強力になっている。
時間や異世界の移動はできないが、同じ世界の空間を繋ぎ自分自身を移動させるくらいはできるまでになっていた。
「便利な力だな」
(申すぞ主殿、力は上書きだ。次のを食えば今のは消える。忘れない事だ)
「おまえ、よく喋るな。黙れないのか?」
(愉快、愉快な主殿よ。あっあっあぁはは)
トオルは最後にテレビで見た自衛隊とフェンリルの戦闘した地へと移動した。
地面はフェンリルの足跡で荒れ、跳躍した場所はクレーターとなっていた。
戦闘機の弾丸の跡などフェンリルの爪痕に比べたら可愛い物だ。
「さて、流石にもうここには居ないかな。まぁ、足跡もあるし、すぐ見つかるだろう」
その時、突然地面が揺れる。それが地震では無い事にはすぐに気付いた。
(申すぞ、主殿。狼が主殿に気付いた。敵だと認識されたようだぞ)
「はっ、こんなちっぽけな人間をねぇ、案外気が小さいんじゃないのか?」
(主殿はずいぶんと気が大きくなったようだなぁ、あっあっあっ)
「おかげさまでな、おまえの声にももう馴れたよクソ猿」
地面が小気味よいリズムで揺れる。
遠くからやってくる巨大な狼、それは銀色の毛並みをした美しい狼だった。
巨体が地面を蹴る度に地面に衝撃が伝わる、速度を落とすつもりは無いらしい。
突っ込まれて踏まれるだけでトオルなど即死してしまうだろう。
いや、それどころか瓦礫に当たるだけで致命傷だ。
トオルはティンダロスの力で空間を移動しフェンリルの突撃を回避した。
間近で見たフェンリルは想像を越える大きさで、ただ走るだけで地形を破壊する。
「サイズはドラゴンの半分くらいだけど、早さは洒落にならねぇな」
(申す、主殿、大気の流れに注意せよ)
風がフェンリルへと集まって行く、息を吸うだけで大気が動くのだ。
「ブレス!?おいおい、俺一人に本気過ぎないか?」
トオルはもう一度ティンダロスの力でフェンリルの背後へと移動する。
その刹那、フェンリルの咆哮とともに発生した衝撃波はフェンリルの前方に存在するありとあらゆる物を破壊し消し飛ばす。
しかし予想外な事に、トオルはあまり大きな音を感じる事は無かった。
それどころか何の音も聞こえない。
「聴覚壊されたか・・・」
自分の声すら聞こえなかった。
(申す、主殿、蹴られるぞ)
非猿鬼の声にハッとしたトオルは更に空間を移動する。
「おまえの声は聞こえるのかよ。クソッ、気分わりぃな」
(あっあっあっ、主殿に死なれると困るのだ)
「知るかよ、クソ猿が」
(来るぞ、来るぞ、次が来る。力を使え、使い込め)
トオルは気付いていない、力を使えば使うほどに非猿鬼の侵食が進んでいることに。
「ははははは、良いねぇ、感じる、感じるよ!これが力か!はははははは!!」
トオルは脳まで侵され始めているが自覚が無かった。
ティンダロスの力は更に制度を増していく。
そして、ついにはフェンリルの頭に取り付く。
「申す、申すぞ!俺は何者だ?さぁ、答えよ。はっはっはっ、聞こえねぇけどなぁ!」
トオルの左腕がフェンリルの血肉を吸い上げる。
「俺は御前だ。御前の体を貰い受ける!」
トオルの体からティンダロスの猟犬の青黒い皮膚が剥がれ落ち、代わりにフェンリルの銀色の毛皮が体を覆いトオルの体を構築する。
左半身どころでは無い。もはや全身に侵食が進んでいた。
その姿は狼の獣人だと言えば誰もが納得するだろう。
見た目だけは銀色の毛皮を持つ最強の狼の獣人が誕生した。
「ははははは!!これが力だ!これこそが力だ!」
(申す、いや、もう必要あるまい。あっあっあっ)
トオルの精神はすでに壊れていた。
はい、こういう展開です。闇堕ちです。




