侵食
突如として現れた巨大な狼、フェンリル。
絶対的優位なはずだった自衛隊の戦闘機が負けてしまった。
フェンリルは大きいだけで無く早い。
50メートルは有る巨体でありながら俊敏で、さらにその体毛はしなやかで強靱。
倒そうと思うと周辺の町ごと滅ぼすくらいの火力が必要になるだろう。
一番やっかいなのはフェンリルが感覚の鋭い野生の生き物であること。
兵器や基地とは違い異変を察知するとすぐに移動してしまう。
今もなお移動を続ける巨大な狼への対抗策はなかなかまとまらない。
国中がたった一匹の狼に怯えていた。
気が付くとトオルの家は町の人達に囲まれていた。
「おい!自衛隊負けたぞ!どうすんだ!」
「狼がここに来たら倒してくれるんだろうな!?」
「おまえらが来てからおかしくなったんだ!責任とれ!」
「狼と一緒に死ね!」
集まってきたのは中年男性ばかりの集団、元々トオル達が気に入らなかったのだろう。
手には鉄パイプやクワ等を持った人もいた。
トオル達を支持していたのはお年寄りと子供が中心。
大多数の町民がトオル達を認めていたのは実績あればこそだった。
今ここでトオル達を責め立てた所で事態は何も変わらないというのに集まってきた人達の行動はエスカレートしていく。
家に向かって投げられる石。ガラスが割れて破片が飛び散る。
「トオル、どうしよう。ねぇ、トオ・・・トオル!?」
(申す、申すぞ。これが人間よ、なんと醜いことか、あっあっあぁはは)
頭の中からあの猿の声が聞こえる。
(我が主、見よ、これが人間だ。主はなんだ?人間か?)
左腕の侵食が進む。肩の付け根や首もとまでティンダロスの猟犬の青黒い皮膚になっていく。
「俺は・・・、俺は・・・」
「トオル?どうしちゃったの?ねぇ!」
「申す、・・・俺は、何者だ」
イーヌイはこの言葉に怯えてトオルから遠ざかる。
トオルの左腕がティンダロスの猟犬を食べた時と同じ台詞だったからだ。
その時、トオルの頬に強い衝撃が走った。
我に返ったトオルの目の前には涙を流した妹が立ち尽くす。
力いっぱいトオルの頬を引っ叩いたのだ。
「私の兄ちゃんだよ!!」
「・・・ぷっ、あははははは、そうだな。そうだ。俺はおまえの兄ちゃんだ」
「シマ!こっちに非は無い!やつらを黙らせてきてくれ!」
「おっけぇーい。まかせろぉー」
シマは飛び出すと町民達が持っていた武器を次々と破壊していく。
人間は武器を持つと気が大きくなるものだ、逆に武器を失うと気が小さくなる。
格闘技の嗜みが有る者も流石に獣人相手に丸腰ではどうにもならない。
集まってきていた中年男性の集団は散り散りに逃げ出した。
ただ、一人を除いて。
少し離れた所にいた初老の男性、手には猟銃。
気付いた時には遅かった。
発砲音とともにシマがうずくまる、地面に滴り広がる赤い血が怪我の深さを物語った。
トオルはティンダロスの腕を初老の男の近くに出現させると猟銃を掴み投げ捨てた。
初老の男も慌てて逃げ出していく。
「シマ!大丈夫か!」
「痛い・・・けど、大丈夫だよ・・・」
「イーヌイ!手伝ってくれ。俺一人じゃシマを運べない」
「・・・え、あ!うん!ごめん、すぐ行くよ」
「アニマキヤ人だとこの怪我ってどうなんだ?人間なら瀕死だぞこれ・・・」
「えと・・・、うん。シマちゃんは特に頑丈だから、これくらいなら、数日寝てれば、たぶん動けるくらいには回復すると思う」
「そうか、命に別状は無いんだな。良かった」
そう言って安堵するトオルは言葉とは裏腹に怒りに満ちた顔をしていた。
「・・・トオルは、人間だよ。さっきトオルから逃げてごめん、答えれなくてごめんね」
シマを毛布の上に寝かせた後イーヌイが弱々しく言ってくる。
「イーヌイはここでシマが回復するまで看てあげていてくれ。アニマキヤ人の看護とか分からないし、この家を守れるのもイーヌイだけだからさ」
「え!トオルは?」
「狼、倒してくる」
「無理だよ!フェンリルが飽きて帰るまで隠れてた方が良いよ!」
「俺には非猿鬼の能力を持った腕がある。ティンダロスの力で遠くから攻撃できる。腕って言うか・・・今はなんか範囲増えちゃったけどさ」
左腕から侵食が広がり体の左側、首から顎の近くまで青黒い皮膚は広がってしまっていた。
「無理だよ!トオルはそれでも人間なんだよ!」
「実はさ、心臓がうるさいんだよ。ティンダロスの猟犬なのか、それとも非猿鬼なのか、どっちの鼓動か分からないけどさ。侵食が心臓に達してるんだ、敵を殺せって、うるさいんだ」
「敵?敵って言うのは・・・フェンリル?」
「・・・ああ、そうだ」
トオルは嘘をついた。
(申す、力だ。強い者を食らえ)
・・・うるさい。
(主の敵は誰だ、狼か、ドラゴンか、人か)
うるさい。
(脳はまだ人のようだなぁ主よ。あっあっあ)
うるさい!
もう少しフェンリル編続きます。




