出会い
冬の寒さが終わり、暖かく柔らかい春らしい日差しが心地良い。
良く晴れた日の休日、休日とは言っても都会では無い為そこまで人はいない。
かと言って田舎とも言えない微妙な土地、住みやすい土地と言えば聞こえが良い。
そんな町のペットショップから出てくる男が一人。
男の名はトオル。十九歳、彼女無し。
ペットとして飼っている猫の餌を調達して帰宅するところだった。
猫の名はミースケ、元々野良猫に餌を与えていた父親が呼んでいた名が定着した。
飼い始めてから実は雌だった事が判明したが、定着した名を今更変える事も出来なかった。
ペットショップと家はそこまで離れていない、大通りを抜け、路地を歩く。
猫の餌を片手にぶら下げていたのだが、ふいに手に違和感を感じた。
猫の餌は乾燥しているとはいえそれなりに重い、しかし今日はやけに軽かった。
トオルは不思議に思い視線を手元に落とすとショックのあまりうなだれる。
なんと餌袋が破れていたのだ、もう半分ほどこぼれ落ちていた。
しかもショックはそれだけでは無かった。
自分の歩いてきた方角からスナックでもかじっているかの如き爽快な咀嚼音。
「んぐんぐ、・・・はぁー、うんまいなこれ、リアレタスの奴らもなかなかやるねぇ」
落ちた猫の餌を拾って口へと運ぶ一人の小柄な女の子。
絶対に関わっちゃいけない奴だとトオルは一瞬で理解した。
おかしいのは行動だけでは無い、少しだけ丸っこい犬の様な耳、肘まである毛皮の手袋、膝まである毛皮のブーツ、そして尻尾。そのどれもが毛足の短いふわっふわっな薄茶色。
犬のコスプレをした女の子が落ちた猫の餌を食べているのだ。
関わって良い訳が無い。
トオルは見なかった事にして立ち去る事にした。
「そこの人!待って待って!・・・あ、色違い発見、これもうんまいなぁ」
声をかけられてしまったトオルは渋々相手をする事にする。
変な奴だったが可愛い女の子だった事から少し警戒心が緩んでいたのかもしれない。
「・・・君は誰?何してんの」
「ふふふぅ!私の名前はイーヌイ・マメシーバ!誇り高き狼族だぁ!」
関わるのが面倒なトオルは細かい事にはつっこみたくなかった、早く用件だけ聞いて立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
「で、そのマメシバさんが何の用?」
「発音が違う!マメシーバ!あと名前はイーヌイのほう!」
「どうでも良いよ、何してんの、何の用?」
「あ、うん。お腹空いちゃって、良い匂いに誘われて・・・あ、これ君のだった?ごめんね、食べちゃった分は返せないけど拾っておくね」
これは相当真正の危ない奴だ。
「良いよもう、好きに食えよ。用件それだけ?じゃあね」
「良いの?君良い奴だなぁ!うん、君に決めた!私今ホームステイ先探してるんだよ。君の家に泊めてよ。ねぇねぇ、良い?ねぇ」
無視して歩くがイーヌイはずっと着いてきた。
「ねぇねぇ、家近いの?」
「ねぇねぇ、名前教えてよ」
「ねぇねぇ、返事してよぉー」
無視して歩き続けるがこのまま家を覚えられたらたまったものではない。
トオルは残りの猫の餌をイーヌイに差し出した。
「ほら、これもやるよ」
「わぁー、ありが・・・・あ!」
トオルは渡す振りをして猫の餌を投げつけると全力で走って逃げ出した。
家に着いたトオルは周りを確認する。
「はぁーっはぁーっ、よし」
「ここが君のお家?良い家だね」
「はぁ!?」
イーヌイは息も切らさず当たり前の様にそこにいた。
ちゃんと最後まで完走しますので、お付き合いくださると嬉しいです。