99.かぐや姫は誰だ
「冗談ではなかったんだが、無理だろうとは思っていたよ」
「いったいどういうおつもりですか、陛下?」
悪びれない皇帝さんの態度にノスリのほうがイラっとしたのか、きつい口調で質問した。
私も今のプロポーズがどういうつもりかは知りたい。
じっと見ると、皇帝さんは疲れたようにため息を吐いた。
「今、私には五人の妃がいる。皆、私の子を産んでくれており、家柄も申し分のない者たちだ。最近、その中から正妃を選ぶようにとの声が高まっておるのだが、私には選ぶことができないのだ」
「それとコルリに求婚したこととどう関係があるんですか?」
そうだ、そうだ。
五人も奥さんがいるなんてすごいぞ。
「コルリ殿は黒龍公と友人関係にある。それだけで皆を納得させられるのだが、さらに白澤老師と風の精霊王とも親しい。そのような女人に誰も逆らえないだろう? 何より重要なのは、コルリ殿の身の安全は保障されていることだ。白澤老師ほど薬事に通じている者はおりませぬし、黒龍公が常に傍にいらっしゃるなら護衛も必要ない」
それって、暗殺の危険がないってことだよね。
怖いよ、女の戦い。
いや、たぶんみんな実家を背負ってて、お妃様だけじゃなくて関係者が色々と暗躍しちゃうってことだ。
うん、やっぱり怖いよ。
「たとえコルリの身が安全であろうと、そのようなことに巻き込まないでいただきたい。絶対に私は許しません」
「お兄ちゃん……」
ちょっと遅いよ。
心配してくれるのも反対してくれるのもありがたいけど、もう断ってるからね。
「そうですね。今のは私の弱さでした」
「麒麟がその五人の中から指名すればよいのではないか? 麒麟の決めたことなら、誰も逆らわぬであろう?」
「朕は誰も選ばぬ。おなごは浅ましく臭う」
アウルの提案に麒麟さんはすっごく嫌そうな顔で答えた。
そうか。麒麟さんは女嫌いか。
ほんと色々めんどくさい神獣さんだなと思ってたら、皇帝さんが今度は例の物をノスリに差し出した。
「ええ!?」
「俺は男だぞ!?」
みんなの驚きの声を上げる中、ノスリも顔色を悪くして一歩後退する。
動揺しすぎて言葉遣いが悪くなってるよ。
だけどミヤコちゃんも白澤も権兵衛も、それがどうした? って感じ。
あまり性別の概念がないからかな。
だって麒麟さんまでちょっと眉を動かしただけなんだもん。
って、私のときは絶対反対って感じだったよね。
ちょっと屈辱。
「これは私から――いえ、碧国から貴国への親愛の証としてお渡ししたいのです。これを壊して金や銀の延べ棒にすれば、それなりの価値になりましょう。もちろん真珠も」
「主上、何をおっしゃるのです!」
うん。何を言ってるんだ、皇帝さんは。
蓬莱の珠の枝はただの置物じゃないんだよ。
きっと碧国に昔から伝わるとっても大切な品で、皇帝さんだってさっき「至宝」って言ってたよね。
ノスリは受け取ることもなく、ただ皇帝さんの手の中のものを見下ろしてた。
あれ? さっきほどの拒絶はしないんだ。
「私は正妃を選ぶことはしない。そう決めました。ずっと悩んでいたことではあるのですが、こんなものがあるから無益な争いが生まれるのです。もちろん、この珠の枝がなくなったからといって、後宮での争いがなくなるわけではありません。ですがこれは、愚かな権力の象徴なのです。ですからこんなものは無くせばいいとずっと思っていました。とはいえ、いきなりなくなっては誰かが責任を取らなければならなくなる」
後宮での争いっていうのも、皇帝さんがもっと上手くやればいいのにって思ったけど、難しいんだろうね。
正妃をえらべないってことは、五人の中に特別な人はいなくて、立場的には平等に愛を配らないとダメなんだろうな。
偉い人ってのも大変だ。
「――我がチャムラカ王国と貴国では一切の交流がありません。よって私が王子である証拠もありませんが、ドラゴンと白澤とともに現れた私たちを王家の人間だと皆を納得させるには十分でしょう」
「では受け取っていただけるのですね?」
「それで陛下のお気持ちが治まるなら」
え? 受け取っちゃうの?
ちょっとびっくりしたけど、ノスリも王子様として皇帝さんの苦労がわかるのかな。
そうか。ツグミさんだって王子様の愛人にされそうだったし、ノスリも将来的には奥さんいっぱいなのかな。
何となくもやもやしてたら、アウルが小さな体で腕を組んだまま首をひねった。
権兵衛はじっとしていられないのか部屋の中をふらふらしてて、麒麟さんに怒られてる。
「本当に金の延べ棒にするつもりか? ノスリが大陸に戻り『これは碧国の至宝だ』と言えば、さらに価値は上がるぞ?」
付加価値ってやつか。
ただの野球ボールでもホームラン王の第何号ホームランのボールってなるとびっくり金額になったりするよね。
アウルの言葉に、ノスリと皇帝さんは顔をちょっと見合わせた。
何か通じ合ってる?
「主上、白澤の申す通りでございます。蓬莱の珠の枝は数百年にわたり碧国に受け継がれている至宝でございます。その至宝を手放すどころか延べ棒とするなど、天帝のお怒りを買うことになるやもしれません」
「天帝は平和を尊び我らに愛を授けてくださるお方。そのようなお方が今の碧国をどう思っていらっしゃるのかわからぬか。愛の象徴であった蓬莱の珠の枝は、今は権力の象徴となっておる。そのようなものは壊してしまえばよいのだ」
「しかし――」
「形あるからこそ、手に入れようと皆が躍起になり、争いが起こるのだ。雷獅子は常に申しておるではないか。なぜ人は争うのか、と。なぜ女人は醜いのか、と。人から欲をなくすことはできぬ。だが目に見える欲をなくしてしまえば、少しは皆の心も落ち着くであろう」
ええっと、皇帝さんが言ってることはちょっと難しいけど、要するに権力争いの道具はいらないってことかな。
麒麟さんは不満顔だけど何も言わないってことは、皇帝さんに従うってこと?
きっと皇帝さんは奥さんたちとその家族の争いに疲れてたんだね。
「……じゃあ、ミヤコちゃんとアウルに本来の姿に戻っテもらウ? それでノスリがチャムラカ王国の王子様だっテ言えば、みんな信じるヨネ? 友好の証だっテ蓬莱の珠の枝をプレゼントしテも反対されなくテ、皇帝陛下はセイセイできる?」
「余はかまわぬぞ」
『我はコルリとノスリのためなら何でもするのだ』
「ありがとう、アウル、ミヤコちゃん」
私の提案にアウルもミヤコちゃんも快く承諾してくれて、ノスリも納得したみたい。
というわけで、蓬莱の珠の枝は皇帝陛下から王子様にプレゼントされることになりました。




