98.求婚
「そ、それは、我が国の至宝の……」
ん? 今、皇帝さん何て言いました?
おそるおそる見ると、皇帝さんはちょっと顔色を悪くして権兵衛を――正確には蓬莱の珠の枝らしきキラキラ物体を見ていた。
ははは。そんな馬鹿な。
『風の者! なぜそなたがそれを持っている!? この碧国の宝を……お主、まさか蓬莱山から盗んできたのか!?』
『へ? 別に盗んだわけではないぞ。山のてっぺんに放置されていたこれを持ってきただけだ』
『放置していたのではない! 祀っておったのだ!』
ですよねー。
まさか本当に蓬莱の珠の枝があるなんて思ってなかったよ。
それも制作料を請求しにきた人はいなかったけど、持ち主さんがいるなんて。
あれ? ここはひょっとして異世界じゃなくて、月の世界?
なんて馬鹿なことを考えてたら、皇帝さんがはっとして私を見た。
ヤバい。犯人は――元凶は私ってばれた!?
「このお方は風の精霊王であろう? まさかそなた……コルリ殿は精霊王に求婚されておるのか?」
「ハイ!?」
何でそうなるの?
まさかこの国では蓬莱の珠の枝ってプロポーズの必須アイテムなの?
いやいや、そんなわけないか。
「コルリと風の王はただの友人です。ですが、求婚とはどういうことですか?」
わけがわからなくてぐるぐる頭の中で考えてた私と違って、ノスリがちゃんと訊いてくれた。
そうそう。そうなんだよ。
さすがノスリ。
「……我が国では女性に求婚するとき、一緒に真珠の装飾品を――簪などを贈る習慣があるのだ。そして皇帝の位にある者は、正妃と決めた者に――皇后とする妃にその蓬莱の珠の枝を贈る。妃がそれを受け取ると蓬莱山に登り、天帝にご報告申し上げるのだ」
「エ? じゃあ、これっテ皇帝さんの――皇帝陛下の奥様のものっテことデスか!? ごめんナさい! そんな大切なものヲ!」
「――いや、私はまだ正妃を決めていない」
そうなんだ。
アラサーっぽいし、立場的には奥さんたくさんいそうだけどね。
『コルリ、そなたが望んだものであろう? 受け取るのだ』
「ごめん、権兵衛。確かにお願いはしたけど、これは皇帝さんのものだし、受け取ることはできないよ。元の場所に返してきてくれるかな? 本当にごめんなさい」
「なんと愚かな小娘なのだ。蓬莱の珠の枝を望んでおきながら受け取ることを拒否するとは……」
麒麟さんの言い方だと、すっごい悪女みたい。
だけど確かに冗談でも無茶振りはするんじゃなかったな。
権兵衛にもすごく悪いことしたし、反省。
これからはもう少し権兵衛に優しくしよう。……できれば。
って、皇帝さんが権兵衛をじっと見てる。
今さらだけど皇帝さんも見える仕様になってるんだね。
「風の王よ、できればそれを返してくれぬか?」
皇帝さんはそう言って、権兵衛に近づいた。
その言葉を麒麟さんが訳すと、権兵衛は首をちょっとひねって皇帝さんを見下ろした。
改めて気付いたけど浮いてないのに大きいな、権兵衛。
『コルリ、どうする?』
「もちろんお返ししてください!」
どうするもこうするもないよ!
置き引きは犯罪だからね。私も共犯だけど、ここで返したら許してくれるのかな?
どきどきしながら皇帝さんを見てると、蓬莱の珠の枝を権兵衛から受け取った皇帝さんは私を見た。
ばっちり目が合って、今さら逸らせない。
わかってます。軽い気持ちだったとはいえ、犯罪は犯罪です。
今度は私のほうにやってくる皇帝さんをみんなが黙って見てる。
何を言われるかわからないけど、罰は甘んじて受けます。
そう思ってたら、皇帝さんはなぜか蓬莱の珠の枝を私に差し出した。
「コルリ殿、そなたがこれを望むのなら差し上げよう。代わりに私の正妃になってはくれぬか?」
「主上!」
「皇帝陛下!」
「まあ、ここでプロポーズ?」
「瑞翔はなかなか抜け目ないな」
「正妃とか、コルリには絶対無理だよな」
ええっと……うん?
蓬莱の珠の枝は代々の皇帝さんが正妃になってほしい人にプレゼントするわけで。
これをくれるから正妃になってほしいって、私に皇帝さんは言ってて。
麒麟さんがびっくり通り越して怒りを含んだ抗議の声を上げたのも聞こえて。
ノスリも驚いているみたいで、ツグミさんはちょっと楽しそうで。
アウルの言葉も気になるけど、お兄ちゃん……。
いや、そのとおりなんだけど。
「……ごめんなサイ。無理デス。デモ、どういうコトですカ?」
「小娘の分際で瑞翔の申し出を断るとは!」
麒麟さん、受けたら受けたで絶対怒るよね?
まあ、麒麟さんのことはどうでもよくて、問題は皇帝さんだよ。
「皇帝陛下、アノ……真意はなんデスか?」
「やはりダメか。真意まで問われてしまっては仕方ないな。申し訳なかった、コルリ殿」
「主上、おやめください!」
ははは、と笑って皇帝さんは私にいきなり頭を下げた。
もう何が何だかさっぱりだよ。
麒麟さんもそんなにカッカしない。
「大丈夫デス。ただこんナ冗談はあまり好きじゃナイだけです」
人生初のプロポーズが冗談だったとか、泣けるよね。
いや、二度も三度もプロポーズはいらないんだけど。
プロポーズは好きな人からたった一度だけでいい。
それが叶わなくても夢見るだけは自由だよ。
そう思ってノスリを見たら、ばっちり目が合ってしまった。
今日はあまりにめまぐるしくて、何だか疲れたよ。




