97.責任問題
「……ノスリ殿の国は魔獣被害に苦しめられたのだな。この国の――私のせいで」
「主上の責任ではございません! 朕が良かれと思い勝手に行ったことでございます!」
「そなたの行動は全て私の責任でもあるのだ」
「そんな……」
いい皇帝さんだな。
部下の失敗は上司の責任。
こんな上司が私もほしかったよ。……前世で。
とはいえ、問題の文様はミヤコちゃんが破壊したからもう魔獣被害はほとんどなくなるわけで。
麒麟さんがなぜあんなことをしたのかの理由も今わかったんだけど。
ノスリはどうするつもりだろう?
「雷公に伺いたいことがあります」
「な、何だ?」
「海岸線に描かれた文様は全部で五か所、それで間違いないでしょうか?」
「あ、ああ。その通りだ」
「では全てをアウル君とミヤコちゃんのお陰で破壊することができました。これで海洋の魔獣が海辺の民を襲うこともなくなるでしょう。そしておそらく、遥か沖の海域ではまた魔獣が出没するようになります。どうされますか?」
「そ、それは……」
ノスリはすごく冷静に麒麟さんに質問した。
やっぱりあれで全部だったみたい。
麒麟さんは偉そうに答えたけど、ノスリの突っ込みにたじたじで皇帝さんをちらりと見る。
「ならぬぞ、雷獅子。西の大陸にこれ以上手を出すことは許さぬ」
皇帝さんは怖い顔で麒麟さんを睨みつけた。
だけど皇帝さんはすぐに立ち上がると、膝をついてノスリに向かって頭を下げた。
これって土下座!
「主上!」
「ノスリ殿、申し訳ない。私がここで謝罪したところで、そなたの民は――命を落とした民は戻らぬ。許してほしいとも申さぬ。ただ心からの詫びをさせてほしい」
「主上がそのようなことを――」
「黙れ、雷獅子!」
麒麟さんは皇帝さんを止めようとしたけど、逆に叱られてしゅんとしちゃった。
でも皇帝さんと一緒に土下座しようとは思わないんだ。
さすが崇高なる麒麟さん。
やっぱり主の皇帝さん以外に頭は下げられないんですか。
まあ、土下座で何か解決するわけでもないから嫌々されても無意味だけど。
そのせいか皇帝さんも麒麟さんに頭を下げろとは言わない。
「皇帝陛下、どうかお立ちになってください。陛下の謝罪も必要ありません」
「ですが――」
「瑞翔が平伏したというのにその物言いは何だ!」
「いや、お前が何だだよ」
おっとしまった。本音が口から漏れた。
麒麟さんが崇高で尊大なのはわかってるけど、今ぐらいは謙虚でもいいんじゃないかな。
そりゃ、私が口を出す立場にないよ。
でもさっきから何度も睨まれるのは納得いかない。
『麒麟よ、いい加減にするのだ。そなたは先ほどから見苦しい』
「ミヤコちゃん?」
ずっと黙ってたミヤコちゃんが麒麟さんをきつく睨みつけた。
麒麟さんはびくってして、真っ青な顔をふいっと逸らす。
ミヤコちゃんもまた麒麟さんから視線を外して私を見上げた。
『我はコルリに害成す者は許さぬのだ。たとえコルリがこの大陸を焦土と化そうとも我は味方なのだ』
「……ありがとう、ミヤコちゃん」
私に対する麒麟さんの態度に腹を立ててくれたんだね。
それでもずっと我慢してくれてたんだと思う。
みんなの話を中断しちゃうから。
でも、私はこの大陸どころかバーベキューのお肉を焼くのが精いっぱいです。
座ったままぎゅってミヤコちゃんを抱きしめると、皇帝さんがじっと見てた。
ちょっと恥ずかしいです。
「ノスリ、ごめんネ。どうゾ続けてくだサイ」
大事な話の途中だったのに申し訳ないけど、ミヤコちゃんの気持ちは大切にしたいから。
私とミヤコちゃんがラブラブなのはいつものことなので、ノスリは気にした様子もなく頷いた。
「……このたび我が国に起こったことは〝厄災〟によるものなのです。誰の責任でもありません」
「しかし――」
「我々は今まで苦難の時を過ごしてきました。ですがこれからは確かな希望を抱くことができるのです。それはここにいる大切な友人たちのおかげです。私は――私たちは未来に向けて進まなければならないのです」
「で、では、補償を――いや、支援をさせてほしい!」
「……いいえ。これは先ほども申した通り、厄災なのです。碧国からの支援を受け入れる理由がありません」
そうか。麒麟さんも神獣とはいえ〝厄災〟だもんね。
厄災がどんな意思を持っていようと、私たち人間はそれを受け入れるしかないんだ。
そもそも厄災が意思を持ってるなんて、ミヤコちゃんと友達になるまで知らなかったし。
それに皇帝さんたちから支援を受け入れると、なぜ国交のない碧国から? って説明が必要になるし、説明しないと負い目になっちゃうこともあるよね。
逆に説明するとノスリのように割り切れる人ばかりじゃないから恨みが募るだけ……。
ううん。ノスリだってきっと割り切れてるわけじゃないんだよ。
ただ不毛な恨みは争いを生むだけだから。
すごいな、ノスリは。
「だが、それでは――!?」
「主上!」
やっぱり納得できない皇帝さんが抗議しかけたけど、そこにものすごい突風が吹いて、麒麟さんが慌てて皇帝さんを庇った。
ああ、これ。うん、あれだよ。
みんなもわかってるみたいで風から身を守りながらもため息が聞こえてきそう。
大丈夫なのはわかってるけど、咄嗟にミヤコちゃんを庇ったら、その私をノスリが庇ってくれる。
嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。
お兄ちゃんはツグミさんを庇ってたみたいで、ツグミさんはアウルを庇ってた。
『ふはははは! 待たせたな!』
うん、待ってない。
心の中でみんなが突っ込んだよね。
だけど麒麟さんは怒りをあらわにした。
『風の者! なぜお主がここに来るのだ! 迷惑であろう!』
『はあ? 別にこの国に興味はないぞ。ただ俺様はコルリと約束したから参ったまでだ』
あ、それ言っちゃう?
ほらほら、また麒麟さんが私を睨んじゃったよ。
でもこれは責められない。お騒がせしてすみません。
『喜べ、コルリ。そなたの望みの蓬莱の珠の枝を持ってきてやったぞ』
覚えてたの? 一番不要なそれを?
って、本当にあったの?
権兵衛の空気読まなさは世界一だと思う。




