96.理由説明
一瞬私が自己紹介しろって言われてるのかと焦ったけど、ミヤコちゃんのことだね。
そう思って、お茶碗の中を覗き込んでるミヤコちゃんに声をかける。
「ミヤコちゃん、皇帝さんと麒麟さんに自己紹介しようか。アウルか麒麟さんが訳してくれるよ」
『誰が〝麒麟さん〟だ。雷公と呼べと申したであろう』
「あ、そうだった。ごめんなさい」
『コルリが謝罪する必要などはない。麒麟は麒麟である』
『ミヤコの言うとおりだ。麒麟はその態度を改めるべきであろう』
不機嫌な麒麟さんにアウルとミヤコちゃんが注意したら、超絶不機嫌になったよ。
最初は皇帝さんが子供っぽいって思ったけど、麒麟さんのほうが子供っぽいな。
これからは第一印象だけで決めたりしないようにしよう。
「神獣たちだけで内緒話かい? 君は人間に見えたけど、実は彼らと同じ崇高なる種族なのかな?」
「え? ア、いえ、違いマス。私はたまたまミヤコちゃんたち……聖獣や神獣の言葉がわかるダケなんです」
「それはすごいね! 君の名前は?」
「えっト、コルリって申しマス。十六歳デス」
「コルリか。変わった音だけど、綺麗だね」
ふお! なんか褒められたよ。恥ずかしいよ。
緊張して変な言葉遣いになったのに。
まあ、それはいつものことだけど。
さすが奥さんがたくさんいる(推測)だけあるね。
「私は海を渡った西の大陸の極東に位置するチャムラカ王国ベルトザム王の第一子、ノースラリー・チャムラカと申します。皆、ノスリと呼んでいますので、そのようにお呼びいただけると光栄です、陛下」
「おや、まさかこれはこれは……そのような方までお越しいただいたとは何と喜ばしいことか。ぜひ西の大陸のことをお聞かせいただきたい、殿下」
私の情けない自己紹介に焦れたのか、ノスリがかっこよくきめてくれた。
うん。すごい。
笑顔で外交って感じ。
でも皇帝さんはノスリの国のことを聞いて驚いたみたいだけど、後ろめたそうなところは全然ない。
今回の麒麟さんのやったことは知らないのかな?
いやいや、曲者らしいし、まだわからないよね。
「私はコルリの兄でヒガラと申します。祖国は西の大陸にあるソールギー王国出身です」
「私も同じくソールギー王国出身のツグミと申します」
お兄ちゃんもツグミさんもちゃんとした自己紹介ができて羨ましいな。
私のダメダメさが際立つよ。
って、結局最後になっちゃったけど、ミヤコちゃんの自己紹介がまだだ。
「ミヤコちゃん、最後になっちゃったけど、皇帝さんに自分のこと紹介しよう?」
『ふむ。我はドラゴンのミヤコ。この姿は友達のコルリたちと一緒に過ごすための仮の姿である。コルリが名付けてくれたミヤコの名を気に入っておるゆえ、そなたも呼ぶことを許そう』
あ、かっこよすぎて私には訳せない。
なのでアウルが訳してくれてよかった。
麒麟さんがだんまりなのは、アウルに通訳を譲ったから?
その割には不機嫌変わらずだよ。
「ドラゴンとは黒龍公のことなのか! その名を呼ぶことを許されるなど、なんと素晴らしい栄誉を受けたのだろう! 雷獅子、なぜ早く言わぬ! この幼子が黒龍公であると!」
「主上がそのようにおはしゃぎになるのが目に見えていたからです。それでは他の者にも示しがつきませぬゆえ」
「だが私は白澤老師だけでなく、伝説の黒龍公にまで名を呼ぶ栄誉を授けていただいたのだぞ? 国を挙げて祝ってもよいほどだろう?」
「――さようでございますね」
「それで、白澤老師だけでなく、西の大陸の王子殿下、さらには黒龍公までもが訪ねていらっしゃるとは……。雷獅子よ、そなたいったい何をしたのだ?」
私たちが質問する前に、皇帝さんが核心を突いちゃったよ。
普通に見てたらはしゃぐ皇帝さんと窘める麒麟さんだったのに。
いつの間にか立場が逆転して、麒麟さんは言葉に詰まった。
どう答えるのかノスリたちもじっと麒麟さんを見つめてる。
「朕は……朕は主上の、この国のためを常に思っております」
「それは知っている。で、何をしたのか尋ねておるのだ」
こ、怖い。
皇帝さんは微笑んでるのに、周囲にブリザードが見えるよ。
凍えそうなほど冷たい声。
これが麒麟をも従える碧国の皇帝陛下なんだ。
「し、主上は嘆いておられました。西の海洋沖に出没する魔獣に……。そして官吏たちとともにどうすれば海洋船の被害を減らせるかと……」
「そうだな。我が碧国が南方大陸と交易するには遥か沖の海流に乗らねばならぬ。だが、沖にはそなたの力が及ばぬゆえ、魔獣が時折出没しては船を沈める。それは人的にも物的にも大きな損失ゆえ長年の懸案事項であった」
なるほど。そんな問題が長年この国ではあったんだね。
って、それじゃノスリの国でも同じだったのかな?
そう考えてたらアウルがこっそり教えてくれた。
「この国は――この大陸は海岸線に沿って強い海流が北上しておるのだ。よって南方へ渡るには一度北上しながら沖へ出て、南下する海流に乗らねばならぬ」
「変な海流なんダネ」
「海底火山や大陸などの地形と風の影響である。そして西の大陸――ノスリの国に面した海は遥か沖に出るまで比較的凪いでおるのだ」
「それを知っテるアウルっテすごいネ」
「そ、それほどでもないのだ!」
地理とか理科とか苦手な私にはちんぷんかんぷんだけど、やっぱりアウルはすごいよね。
さすが博識のアウルって思って褒めたら、すごく照れた。
けど、しまった。
ここって内緒話ができない場所で、今の話の内容も皇帝さんたちに筒抜けで、そのとおりだというようににっこり笑ってた。
すみません。
お話に水を差してしまいました。
「雷獅子よ。ここ数年、海洋沖での魔獣被害はなくなり、その懸案事項を協議されることはなくなっていた。私はそれが不思議でならなかった。なぜだ?」
「それは……朕に魔獣を退治できれば助けになれたのですが、朕に殺生はできませぬ。それゆえ……西方大陸の海岸線に、沖の魔獣を喚び寄せる文様を描いたのです」
「馬鹿な! それでは西方の民に被害が及ぶではないか!」
おそるおそる告げた麒麟さんの言葉に、皇帝さんは激高して立ち上がった。
持っていた扇子からぺきって音がする。
その音にはっとして、皇帝さんは目を見開いてノスリを――私たちを見た。
「貴殿らがここへ訪ねてきたのはそのためか……」
正解です。
でも、これで解決じゃない。これからだよ。




