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59.聖なる乙女

 

『なんだ、土の王よ。まだ水の王に絡まれて拗ねておるのか』


 ぼそりと呟いた土の王様に突っ込んだのは、権兵衛。

 土に還りたいっていうのが、拗ねてるから出てくる言葉なの?

 ノスリたちにはアウルが訳してくれたらしくて、みんな何を言えばいいのかわからないって顔してる。

 うん、私も同感。


『おい、土の王よ。そなたに会いに、わざわざドラゴンがやって来たんだぞ。いい加減に機嫌を直せ』

『私の機嫌はすこぶる良い。ドラゴンにお会いできる栄誉を賜ったのだからな。ドラゴンに敬意を表します。では、失礼』


 まったく機嫌が良いようにも見えないし、ミヤコちゃんに敬意を表しているようにも見えない土の王様は、そのまま割れた大岩の片方に入っていこうとした。


「ちょ、ちょっと待って!」


 私は慌てて足元の悪い割れた岩の間を走って、土の王様を捕まえる。

 だけど襟首を持ってしまったばかりに、土の王様は転んでしまった。

 何てこった!

 だけど私も転びそうになったから、足を踏ん張りながら謝った。


「土の王様、ごめんなさい!」

『ふむ。コルリよ、謝るより先に解放してやれ。土の王が苦しそうだぞ?』

「え? ああ! ごめんなさい!」


 権兵衛に冷静に指摘されて見てみれば、確かに私は土の王様の襟首を掴んだままだった。

 そのため、土の王様は首が締まって呼吸ができなかったみたいで、イケメンな顔が土気色に変わっていた。

 だって精霊の王様のせいか重さを感じなかったんだよ。

 危うく私が土の王様を土に還すところだった。


『コルリはやはり面白いな』

『行動が読めぬところがコルリの良いところだからな』


 アウルもミヤコちゃんも、それ褒めてないから。

 しかも二人にそんなふうに思われてたのもショックだよ。

 って、それどころじゃなくて、土の王様!

 二人から足元に視線を戻すと、また土の王様は大岩に隠れようと動き出していた。


「ちょっと待ったー!」


 この際、手段は選べないので、王様の服をまた掴んで引き止めた。

 でも大丈夫。

 今度は腰に巻いている帯だから苦しくないはず。

 大型犬と力比べしてるみたいな姿になっているのは、自覚があるけど気にしない。


「あのね、土の王様。私はコルリ。人間だけど、あなたと話がしたくて会いにきました」

『そうか。では、用は終えたな。手を離せ、小娘』

「まだに決まってるでしょ! この引きニート!」

『引きニート?』

『む? アウルよ、引きニートとは何ぞ?』

『余が思うに、楽器ではないか?』

『楽器? 土の王は楽器には見えぬぞ?』

『楽を奏でるなら、この俺様の右に出る者はおらぬからな!』


 思わず怒鳴ってしまった私の言葉に、土の王様は意味がわからないって顔をした。

 ミヤコちゃんやアウル、権兵衛は何か話してるけど、今はそれどころじゃない。

 土の王様に話を聞いてもらわないと。


「今のは言いすぎました。ごめんなさい。でもせめて話をする時は相手の顔を見て話してください」

『そなたと話をして何になるというのだ?』

「私はあなたと、水の王様のことについて話したいんです」

『水の……あやつのことは口にするな!』

『――コルリ!』


 私が水の王様と言った瞬間、今まで感情の起伏がなかった土の王様が怒りを爆発させた。

 突然のことで何が起こったのかわからない私を、ミヤコちゃんがとっさに庇ってくれる。

 他のみんな――ノスリたちはアウルがどうやら庇ってくれたみたいだ。


「あ、ありがとう、ミヤコちゃん」

『うむ。当然なのだ』


 立ち込めていた土煙が次第に薄れてきた時、周囲にあった大岩が粉々に砕け散っていたのが目に入った。

 これって、ミヤコちゃんに庇ってもらわなかったら、私も同じ運命だったんじゃ……。

 そう思ってぶるりと震えたら、ミヤコちゃんが私の恐怖を感じ取ってか、怒っているのがわかった。


『土の王よ。先ほどから黙って見ていれば、コルリに対して無礼な態度の数々。さらには己の未熟さゆえに怒りを爆発させ、コルリを危険にさらすなどもう許せぬ。覚悟せよ』

『いや、しかしドラゴン――』

『言い訳は聞かぬ!』

「待ってー! ミヤコちゃん、待って、待って!」

『む? コルリ、どうした?』

「えっと、あのね……土の王様を責めるのはやめて? 私がずかずかと入り込んじゃったせいだから。土の王様は悪くないから」

『コルリは優しすぎるぞ』

「ううん、そんなことはないよ」

『だが、コルリがそう申すならば許してやろう』

「ありがとう、ミヤコちゃん」


 だって、どう考えても私のほうが無神経だったよね。

 いきなり他人様の家に入り込んで引っ張り出そうとした挙句、嫌いな人の名前を挙げてしまったんだから。

 焦っていたとはいえ、私が悪い。

 だけどミヤコちゃんは私びいきだから。嬉しいんだけどね。


 土の王様にもとんだとばっちりでミヤコちゃんを怒らせてしまって申し訳なかったな。

 そう考えて、もう一度謝ろうと振り返って土の王様を見た。

 すると、土の王様は地面に這いつくばって震えている。

 え? まさか土で攻撃してこようなんて思ってないよね?

 思わず一歩下がってミヤコちゃんにしがみついた私は弱虫だけど、許してほしい。


『何と……何と、心優しき娘なのだ……』

「……へ?」

『未熟な私を、ドラゴンの怒りから救ってくれるなど。いや、ドラゴンの怒りを鎮められる者がいるとは。しかもそれがか弱き人間とは……。力もなく無力な存在だと思っていたが、人間全てがそうとは限らぬのだな。本当に私は未熟である』

「いや、その……?」

『私たちの言葉を操り、ドラゴンの怒りさえも鎮められる娘――そなたが聖なる乙女か』

「はい!?」


 土の王様はなぜか反省の言葉を口にしながら、立ち上がって私の傍までやって来た。

 そしていきなり私の足元に跪く。


『聖なる乙女よ。私はそなたの話を聞こう。そして従おう』


 何がどうなってそういう結論に至ったのか、土の王様はそのまま私の足に口づけた。

 えええ!? 靴、土だらけだよ!? 汚いよ!?

 あ、土の王様だから平気?

 って、そうじゃなくてー!


 お願い、誰か助けて。

 ここに変な人――変な精霊がいる!

 助けを求めてミヤコちゃんを見れば、当然とばかりにペガサス姿でドヤ顔。

 アウルは満足げで権兵衛はにやにやしてて、ノスリやお兄ちゃんたちは呆気に取られて見てる。

 ダメだ。助けは期待できない。

 土の王様は変態は変態でも、自己陶酔型引きこもり変態だったみたいだ。





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