58.土の王
「権兵衛、土の王様がいるのは、遠いの?」
『いや、もう着くぞ』
「そっか……。ノスリ、もうすぐ着くッテ」
「まあ、これだけ速く飛んでくれていたらな」
びゅんびゅん周りの景色が過ぎていく中で、ノスリが何だかそわそわしていたから距離を権兵衛に訊いてみた。
その答えをノスリに教えると、ちょっと落ち着いたのか笑って自分に言うように呟いた。
隊長さんはどうやら高いところが苦手なのか、ミヤコちゃんをがっちり掴んで目をつぶっている。
『ほら、あそこだ』
権兵衛が少し先の眼下を指さして降下を始めたので、ミヤコちゃんもアウルも続いた。
どんどん地面が近くなってきたけど、私には何も見えない。
大きな川が流れていて、その川の途中に上流から転がって来たらしい大きな岩がいくつもあるだけ。
ミヤコちゃんたちには見えるのかな?
ノスリたちには見えないみたいだけど。
その疑問はひらりと地面に下り立ったときにわかった。
『権兵衛、土の王はどこにおるのだ?』
『うむ。余にも見えぬぞ』
『ここにおるぞ』
ミヤコちゃんやアウルの質問に、権兵衛はひときわ大きな岩を叩いて答えた。
『土の王は恥ずかしがり屋でな。この中に引きこもっておるのだ』
「え? まさかの引きこもり? ご飯とかどうするの?」
『食事は精霊たちが運んでおるようだ』
「ええ? 王様がまさかのニート?」
王様が岩に隠れてるとか、天岩戸?
裸で踊ったりしないとダメ?
「あのネ、土の王様はこの大岩の中ニいるんだっテ」
「この大岩に?」
「うん。とりあえず出テきてもらっテ、話をしたいヨネ」
「そうだな」
ノスリに土の王様のことを説明すると、みんなも驚いてた。
そりゃ、王様が引きこもりって、びっくりだよねえ。
隊長さんは地面に下りてすぐはふらふらしてたけど、今はどうにかまっすぐ立って、私たちがする話を黙って聞いてくれてる。
「ねえ、それで王様に出てきてもらうにはどうしたらいいの?」
『馬鹿だな、お前は。簡単ではないか。この大岩をかち割ればよいのだ』
「え? 何、その強硬手段。王様、怒ったりしない?」
『土の王の都合など知らぬ』
ええ? 何、その俺様発言。
やっぱり自分のこと俺様って言うだけあるよ。
ってことは、土の王様も権兵衛みたいなのかな?
それで人間のことはどうでもいいって感じで水の王様とケンカ?
あれ? そもそも引きこもりでケンカってできるの?
うーん。
「とにかく、王様に出テきてもらわないト」
「コルリ、どうするつもりなんだ?」
「それはやっぱリ正攻法でデショ?」
お兄ちゃんに訊かれて、私はドヤ顔で答えた。
だって、強硬手段に出て機嫌悪くされても困るしね。
私は大岩に近づくと、握りこぶしを作って、大岩を叩いてみた。
い、痛いけど、頑張ろう。
「おーい! 王様! 土の王様! こんにちは! 私、コルリって言います。お話があるので出てきてくれませんか?」
『コルリ、何をしておるのだ? そのようなことをしても、土の王は出てこぬぞ』
「でも、やっぱり人様のお家にお邪魔する時は、きちんと挨拶するのが基本だし、ノックくらいはしないと」
『ふむ。では、我も手伝うぞ』
権兵衛が呆れたように言うけど、筋は通さないとダメでしょ。
すると、ミヤコちゃんがペガサスの姿のまま、私の隣に並んだ。
アウルはすっかりくつろいで成り行きを見守ってる。
『どれ、土の王よ。そなたに話があるのだ。出てきてはくれぬか?』
そう言って、ミヤコちゃんが前足でとんとんと大岩を叩いた瞬間、大岩はパカッと音を立てて真っ二つに割れた。
それはもう、桃太郎が生まれてくる時の桃のように。
「み、ミヤコちゃん?」
『うむ。力加減を間違えたようだ』
「そっか……」
それなら仕方ないね。不可抗力だよ。
アウルは笑いながらノスリや隊長さんたちに、ミヤコちゃんの言葉を伝えていて、権兵衛は「やはり割るのが一番だな」なんて呟いている。
違うから。そうじゃないから。
どうか土の王様が怒りませんようにと願いながら、土煙が消えていくのを待った。
そして見えてきたのは……。
「権兵衛、あれって……」
『おお、土の王であるな。おい! 土の王、久しぶりだな!』
『……』
「権兵衛、無視られてるよ。本当に知り合いなの?」
『うむ。いつもする会話は俺しか話さないが問題ない』
「それ、会話じゃないからね」
もう突っ込みしか出ないけど、ひとまず土の王様の姿は見えた。
ミヤコちゃんもアウルもさすがに興味津々で見ているし、ノスリやお兄ちゃんたちはじっとその動向を見守ってる。
そして隊長さんは警戒しているのか剣に手をかけているけど、口が開いたままになっているよ。
うん、その気持ちはすごくわかるけどね。
真っ二つに割れた大岩の中から成人男性の姿が現れただけでも驚きなのに、その人――王様は私たちに背中を向けたまま膝を抱えて座っている。
でも権兵衛と違って、ちゃんと上半身も異国っぽい服――前世で言うならタイのお坊さんみたいな布を巻き付けた服を着ていてひと安心。
よかった。桃太郎みたいに素っ裸じゃなくて。
やっぱり露出狂は権兵衛だけっぽい。
それにしても、いじけてるの? 引きこもってたのに、無理やり姿を見せないといけなくなって。
あ、ひょっとして、お家を壊されて怒ってる?
そうだ。とりあえず、謝ろう。
「あの、土の王様? お家の大岩を壊してしまって、ごめんなさい。悪気はなかったんです。ちょっと力加減を間違えてしまっただけで。あの……」
謝っても何の反応もない。
聞こえていないってことはないよね?
そう思っていると、ミヤコちゃんが怒ったようにたんたんと地面を叩いた。
今度は地面が割れることはなくて、ちょっとほっとする。
『こら、土の王よ! そなた、コルリが話しかけておるであろう! それを無視するとは、どういった了見であるか!』
ミヤコちゃんの怒った声に、土の王は明らかにびくりと肩を揺らした。
うん。ミヤコちゃんは怒ったら怖いらしいからね。
アウルも権兵衛もちょっとだけ引きつった顔になってる。
私たちにはわからない、魔力か何かが伝わったみたい。
すると、土の王はギギギと音がしそうなくらいゆっくりとぎこちなく、顔だけ振り向いた。
その顔はやっぱりイケメンだ。
権兵衛が残念なイケメンなら、土の王様は……暗いイケメンって感じ?
そして土の王様はゆっくりと口を開いた。
『私は土に還りたい』
ああ、うん。
やっぱり変態の知り合いは変態。
間違いないね。




