55.尋問
「だ、誰もいナイ……?」
「ノスリ君、ここはこの地域では一番大きな街なんだよね? ひょっとして、みんな避難しているのかな?」
「そうですね……。この辺りは俺が旅立つ前から魔獣の被害が多かったので、人々はここから離れてしまったのかもしれません」
「でも……人は生まれ故郷を捨てられるものでしょうか?」
「確かにそうかもしれないけど、命には代えられないよ、ツグミさん。僕の両親のように新天地を求めて、なんて例もあるしね」
街の被害はひどい。
近くで見れば、本当に建物はぐしゃりと壊れているばかりで、無傷な家はないくらい。
昔はたぶん一番の目抜き通りだっただろうこの辺りも、まったく人気がなくて廃墟となっている。
ノスリはそんな街を寂しそうに見て、それから無理に微笑んだ。
「少し調査は必要かな。本当に人がいないのかどうか。人的被害がないのなら、これほどに幸いなことはないから」
「ふむ。不思議なことにこの瓦礫の山の中にも生体反応はないようだぞ。だが――」
ノスリの提案にアウルは周囲を見回しながら頷いた。
だけど、何か言いかけて子犬の姿になると、ミヤコちゃんも子猫の姿になって私の鞄に飛び移る。
そしてじっと遠くを見つめると、アウルも同じ方向を見て警戒しながら続ける。
「皆、警戒せよ。こちらに向かって、数人の成人した男たちがやって来るぞ。おそらく武器も持っている」
『魔力も強いな』
「え……」
「それなら街の警備兵かもしれない。どうか俺に任せてくれないか」
みんなを庇うように、ミヤコちゃんやアウルが見る方向へとノスリが前へ進み出た。
お兄ちゃんも、私とツグミさんをその背に隠すように立ってくれる。
しばらくすると、アウルが言った通り聞こえてきた足音とともに、武具が――鎧がこすれ合う金属音が聞こえてきた。
やっぱり警備兵だ。
とはいえ、まさかの火事場泥棒ならぬ、廃墟盗賊じゃないよね?
ノスリやお兄ちゃん、ツグミさんも同じように考えているのか、三人の魔力が高まっているのがなんとなくわかる。
いつでも攻撃できるように構えているんだ。
そう思うと、やっぱり私は役立たずだ。
そして、崩れた建物の陰になった通りから姿を現したのは、予想通り街の警備兵。
ポタンの街の警備兵よりも立派な姿をしている人が何人もいるのは、ここが危険地帯だから?
ちょっとだけほっとしたけど、油断大敵。
「お、お前たちは何者だ!? なぜ、ここにいる!?」
「先ほどの化物はどこへ行った!?」
やっぱり、遠くから見てもミヤコちゃんたちは目立つもんね。
それを見て、この人たちは駆けつけてきたんだ。
逃げるんじゃなくて、ちゃんと向かってやって来るところはすごいと思う。
だけどミヤコちゃんもアウルも化物なんかじゃないんだから。
仕方のないことに腹を立てている私は子供だ。
その間に、ノスリは一度深呼吸をすると、一歩前へと進み出て、この国の挨拶らしい両手を胸の前で組んで頭を下げる動作をした。
「お騒がせして申し訳ありません。私の名前はノスリ。この者たちは旅の仲間であり、貴殿らが先ほど目にしたのは、私たちの……使い魔であります」
「使い魔? あれほどの大きな魔獣がか?」
「はい。今は姿を消してもらっています。彼らは大陸の西に棲む、とてもおとなしい性質の魔獣ですので、私たち人間に危害を加えることはございません」
堂々としたノスリの言葉に、私はびっくりしてしまった。
当たり前なのに、いつもの友達としての気安い態度のノスリしか知らなくて、こんな大人びたノスリは遠く感じてしまう。
今はそんな場合じゃないのに。
ノスリの説明に、警備兵の人たちは戸惑っている。
確かに、ミヤコちゃんとアウルを友達とは紹介できないし、使い魔としか言い様がないよね。
だから、ノスリもミヤコちゃんとアウルに向けて、そんな申し訳なさそうな顔をしなくても、ちゃんとわかってくれるよ。
「そのような魔獣がいるのか……」
「いや、だが実際……」
警備兵たちはノスリの言葉の真偽を疑っているみたい。
そんな兵たちの前で、アウルは尻尾を振って普通の子犬のふりをして、ミヤコちゃんは危険はないと判断したのか、ひとまず私の鞄の中に潜り込んだ。
「そもそも、なぜお前たちはこの街へ来たのだ? ここは魔獣の被害が頻発して危険地帯だと知っているだろう? 余程のことがない限り、街への立ち入りは制限されている。我らは無人になった街を荒らす不届き者を取り締まるためにいるのだ」
警備兵の兵長さんみたいな人がそう説明してくれて、街の人たちが避難していたことを知ってほっとしたのも束の間。
兵長さんらしき人はまるで私たちがその不届き者だと言わんばかりに武器を構える。
これにはさすがに驚いた。
「私たちは、先ほどあなたたちがご覧になったように、空を旅してきました。ですから、情報が不足していたようです。この街には知り合いがいたため、心配で訪ねたのですが、まさかこのような惨状になっているとは知らず……。ただ魔獣が暴れたにしては、あまりにも酷い。私たちは正直なところ、戸惑いどうすればいいのかわかりません。皆、どこへ避難されたのですか?」
「その知人とやらの名は?」
あ、信じてない。
今まで以上に剣を握る手に力を入れたよね? 返答次第では攻撃されそう。
どうして? ノスリはとても礼儀正しく丁寧で、私の知ってるノスリじゃないくらいなのに。
しかも、私もお兄ちゃんもツグミさんだって、どう見ても悪人に見えないよね?
「……ヘンリー・フォーシンです。フォーシン殿は私の父と旧知の仲であり、この地に赴任されたと伺いましたので――」
「嘘を申すな! お前のような家名も持たぬ者が、フォーシン様と面識があるとは思えぬ!」
あ、差別だ。
平民だからって、酷い言い様だよ。
そのフォーシン様がどれだけ偉いのか知らないけどさ、ノスリだって本当はいいとこのお坊ちゃんなんだよ。……たぶん。
でもそうか。ノスリはこの街に知り合いがいたんだ。
それじゃ、余計に心配だったよね。
ああ、この人たちに言ってやりたい。だけど私が口を挟んだら、ややこしくなることもわかるから、我慢我慢。
お兄ちゃんもツグミさんも、私と同じ気持ちなのがわかる。
だから、ノスリに任せるしかない。
ノスリはぐっと両手を握り締めて、それからふっと力を抜いた。
何もできない私が悔しい。
それでも私はそばにいる。
私には何の力もないけど、私自身はいつだってノスリの味方だよ。
その気持ちを伝えたくて、大した力はないけど励ましになるように、私はノスリの手をそっと握った。
すると、びっくりするくらい強い力で握り返されてしまった。
すぐに力は弛めてくれたから痛くはないけど、ノスリは何も言うことなく、新たに聞こえる足音のほうに視線を向けた。
お兄ちゃんたちも目の前の警備兵たちを警戒しながらも、そちらに視線を向けている。
警備兵たちは相手が誰だかわかっているのか、私たちから目を離すことはない。
「――何をしている!? あの獣の正体はわかったのか!」
数人の足音とともに野太い声が響いて、警備兵たちははっとした。
同時に、ノスリがさっと私の手を離す。
これは状況が悪化した感じ? 言い方からして、この警備兵たちより偉い人だ。
やっぱり、やって来た人はみんな警備兵より立派な鎧を着ていて、この前まで住んでいた王都にいた騎士のような恰好をしていた。
でも雰囲気から、警備兵たちと一緒にいる騎士たちより偉い人だってわかる。
話が通じる人だといいな。
「隊長! 隊長自らいらっしゃらなくても――」
「馬鹿を言うな! 新手の魔獣ならそんなこと言ってられるか! しかもいつまでたっても合図の笛もない……」
隊長と呼ばれた人は中でも特に立派で、ちょっとお爺ちゃんっぽいけどまだまだ戦えるぜ! って空気を醸し出していた。
どうやらこの警備兵たちは先遣隊だったみたいだね。
そして隊長さんは警備兵たちを叱りかけて、私たちに目を止めたらしく、口を閉ざした。
うう、そんなにジロジロ見られても困る。
「隊長、先ほどの魔獣ですが、この者たちの使い魔だと申すのです」
「使い魔……?」
「はい。しかもこのノスリと言う少年が隊長のお知り合いだと申すものですから、問いただしていたところでした。隊長は有名ですからね。いくらでも名前を――」
「ノスリ……?」
兵長さんの言葉を片手で遮って、隊長さんはノスリの目の前に立ってじっとその顔を見下ろした。
ノスリはしっかり見返すと思ったのに、なぜか目を逸らす。
その顔は珍しく気まずそうで、ひょっとして兵長さんの言う通りに名前を勝手に使っただけなのかと、私まで疑ってしまいそう。
どうやら、お兄ちゃんもツグミさんも、ノスリの態度にちょっと驚いているみたい。
だけどもっと驚いたのは、いきなり隊長さんがその場で膝をついて頭を下げたから。
ええ? 何、何なの?
「ノース――」
「フォーシン殿、お久しぶりです。いつも父がお世話になっております。こちらにフォーシン殿がいらっしゃると伺い、おこがましくも心配になったものですからこのように押しかけてしまいましたが、そのせいで皆様に余計な不安を抱かせてしまったようです。申し訳ございません」
「あ、ああ。いえ……ノスリ殿もご無事でのお戻り、心より安堵いたしました。きっとお父上もお喜びになるでしょう」
えっと……ノスリの知り合いがきてくれて助かった?
けど、やっぱりノスリは相当いいお家の出身みたい。
何だろう。そう思うとどうしてこんなに寂しいのかな。




