39.帰還
翌日から学校を休んだ私は、一応体調不良と届けていたけど、ツグミさんたちにだけは、ノスリから騒ぎが収まるまでと伝えてもらった。
余計な心配をかけたくないしね。
ツグミさんはすぐに納得してくれたらしい。
それからは荷造りをしながら、どこに引っ越すか、長官のお勧めの街が何か所かあって、地図とにらめっこしながら、毎晩家族会議を開いた。
どの街にも長官の弟子の魔法使いがいて、誰に宛ててもいいような紹介状を書いてくれているらしい。
長官、恐るべし。
ここまでしてくれているんだもん。私だって、この国を見捨てたりなんてしないよ。
お店は何事もなく通常営業しているけど、やっぱり私とミヤコちゃんの噂を聞いてか、会わせてほしいとか、変な依頼を持ってきたりとかする人がいるみたい。
うん、やっぱり引っ越すのが正解だね。
引越し先ではみんなで――ミヤコちゃんも一緒に仲良く地味に暮らすんだ。
お兄ちゃんは寮じゃなくて、家から毎日仕事に通うようになったから大変だけど、それもあと少しだからねと笑ってた。
そうしてミヤコちゃんが旅立ってから六日が経った夕方。
ついにミヤコちゃんが帰ってきた。
ノスリは毎日学校が終わってから、寮の門限のギリギリまでうちで過ごしているから、知らせに行く必要もなかった。
ミヤコちゃんは空がまだぼんやり明るいからと、上空で小鳥の姿に変化してから街へと下りてきてくれたらしい。
偉い、ミヤコちゃん。
だから、街は何の騒ぎもなく、我が家だけが久しぶりのミヤコちゃんに大騒ぎだった。
「ミヤコちゃん! 会いたかったよー!」
『コルリ、ちと苦しいぞ』
「我慢して! だって、ミヤコちゃんに会いたかったんだもん!」
『うむ。では我慢しよう』
部屋に入ってきて美少女に変身したミヤコちゃんに抱きつくと、苦情を言われてしまった。
でも今は受け付けない。
私の声を聞きつけて、下から双子が駆け上がってくる。
「あ! ミヤコちゃんだ!」
「ミヤコちゃん、おかえりー!」
「うん、ミヤコちゃんが無事に帰ってきてくれてよかったよ」
「おかえり、ミヤコちゃん」
『う、うむ。ただいま、である』
双子たちやお兄ちゃん、そしてノスリが声をかける。
すると私の腕の中のミヤコちゃんは、雰囲気で感じたのか、何だか恥ずかしそうに答えたから、もう、たまらん!
それから入れ替わり立ち代わり、お母さん、お父さん、おばあちゃんが顔を見せて、ミヤコちゃんを抱きしめて「おかえり」の挨拶をした時も、ミヤコちゃんは顔を赤くしていた。
ドラゴンでも顔が赤くなるんだねえ。
ようやくミヤコちゃん無事帰還の興奮が落ち着いてくると、お兄ちゃんが双子たちを部屋から追い出した。
うん、真面目な話だからね。
「さてと、改めて、ミヤコちゃんが無事に帰ってきてくれてよかった。おかえり、ミヤコちゃん」
『うむ。我は元気なのだ』
お兄ちゃんの言葉を訳すと、ミヤコちゃんは重々しく頷いた。
そんな場合じゃないんだけど、久しぶりのミヤコちゃんが可愛すぎてつらい。
でもノスリの真剣な表情を見て、気を引き締める。
「ミヤコちゃん、えっと、ノスリの国に行って、何かわかることはあった?」
『ふむ……』
お母さんが持ってきてくれたアップルジュースを飲みながら、ミヤコちゃんは私の質問に相槌を打ってからしばらく黙りこんでしまった。
ノスリは早く聞きたいだろうに、ぐっと我慢して待っている。
でもあんまり強く両手を握ると爪が食い込んで痛いんじゃないかな?
私はノスリを見ていられなくて、ついミヤコちゃんを急かしてしまった。
「ねえ、ミヤコちゃん。少しでもいいの。何かおかしいなって感じたこととかなかった?」
『それがなあ、さっぱりわからなんだ』
「え……」
『残念なことに、言葉の通じる魔獣にも会わなんだしなあ。ただ、我は何も感じなかったが、魔獣の数は多く思えた。しかも上空とはいえ、我がいるにもかかわらず、あやつらは活発に動いておった。確かに我の力の圧は抑えているが、それにしても中位の魔獣くらいなら我の存在を感じるはずである。よって、我は一度地上に降りてみたのだ。すると……』
「うんうん、それで?」
『……人間たちに攻撃されてしまった』
「あ……。ご、ごめん! 大丈夫だった!? 怪我はない!?」
『我はそんなに間抜けではない』
そうだ。ミヤコちゃんの話が広がっているとはいえ、さすがにまだ大陸の東の果てまでは届いていなかったんだ。
慌てて私がミヤコちゃんの体を探ろうとすると、ミヤコちゃんはちょっと離れて逃げた。
そんなあ……って、まさかどこか痛いところがあるのかも!
「ミヤコちゃん、本当に大丈夫なの!?」
『だから、大丈夫と言っておろう。人間ごときに我を害すことはできぬ。コルリは心配性すぎるのだ。しかもくすぐったいのである』
「ごめん……」
『だが、そんなコルリもす、好きであるぞ』
「ミヤコちゃん!」
結局、我慢できなくなって無理やりミヤコちゃんを抱きしめる。
この感触。この匂い。ミヤコちゃんだ。
「コルリ、盛り上がってるところを悪いけど、途中経過だけでも教えてくれないかな? ノスリ君に悪いよ」
「あ、ゴメンなサイ」
「いや、いいよ」
お兄ちゃんに窘められて、急いでノスリに謝る。
でもノスリは困ったように笑って首を振ってくれた。
本当は早く聞きたいだろうに。
だから私は、人間が――ノスリの国の人たちがミヤコちゃんを攻撃したって話は省いて、地上に降りたところまでを話した。
それからまた私の腕の中でおとなしくしているミヤコちゃんに続きを訊く。
「それで、地上に降りて何かわかった?」
『わかったことはないが、人間を襲っていたサイクロプス二体が我に向かって攻撃してきたのだ。ほんに愚かな。よって、すぐに燃やし尽くしてやった』
サイクロプス二体に襲われるなんて、ノスリの国の人たちはなんて気の毒なんだろう。
一体でも大変なのに。
ミヤコちゃんがいてよかったねっていう気持ちと、他にもまだ苦労している人たちがいるんだと思うとたまらなくなる。
本当に私は平和な国で育ったんだ。
だけど、そこでおかしなことに気付いた。
「あれ? サイクロプスがミヤコちゃんに向かってきたの? 普通はミヤコちゃんに攻撃したりはしないんだよね?」
『うむ。本来はあり得ない。だから我はそのまま上空に戻ると、海を渡ることにした』
「海を?」
『東の海だ。そのために少々時間がかかってしまったが、海を渡れば白澤がおる。あやつは気に入らぬが、物知りであることは否めない。よって、あやつに訊いてみたのだ』
「そこまでしてくれたの?」
『もちろんだ。友達が困っているなら助けてやるのが友達だからな。ノスリは友達なのだ』
「ミヤコちゃん……」
ダメだ。ここで萌えを発散したら、また話が進まない。
私も友達のノスリのために耐えるんだ。
『あやつが言うには〝ちみゃく〟が乱れておるので、〝き〟が乱れ、魔獣も狂うのだと。だが我にはさっぱりわからぬ。だからというて、あやつの詳しい説明はさらにさっぱりだったのだ』
「〝ちみゃく〟? 〝き〟? って、それ! 〝地脈〟と〝気〟だ! 風水だ!」
『む? コルリにはわかったのか?』
「あー、残念ながら風水はさっぱりわからないよ。西に黄色で金運アップくらいしか。あと掃除しろとか。あれってはまるとほんと、逆に余計なお金がかかるっていうか、邪魔臭いんだよね」
『コルリが何を言っておるのか、やはり我にはわからぬ』
「いいんだよ、ミヤコちゃん。私もよくわからないから。でもヒントは風水っていうか、〝地脈〟の乱れってことだけでもわかったんだから、大ヒントだよ。ありがとう、ミヤコちゃん」
とは答えたものの、風水にさっぱりの私が地脈を良くすることなんてできないよね。
でも確か、川の流れとか山の位置とか、建物で地脈は変わるって聞いたことがある。
ということは、昔にでも大きな工事――治水工事とかして地脈が変わったとかってありうるよね?
これはノスリに訊いてみよう。
「あのネ、ノスリ。ミヤコちゃんはね、よくわからないカラって東の海を渡って、白澤っていう物知りの……向こうの大陸では神獣って崇められテいる高位の魔獣に会いに行ってくれたんだっテ。それで少し時間がかかったっテ」
「はくたく?」
「そう。そういう魔獣が東の大陸にはいるんだっテ。それでわかったのガ――」
『むむ! まさか……』
「ミヤコちゃん?」
『なんてことを!』
「ミヤコちゃん!」
私がノスリにどうにか風水のことを説明しようとした時、ミヤコちゃんがいきなり立ち上がった。
どうしたのかと思ったら、ミヤコちゃんは窓を開けるなり飛び出していく。
何で? 何があったの!?
「コルリ、ミヤコちゃんはどうしたんだ!?」
「わ、わからナイ。いきなり……」
まさかとんでもない魔獣が現れたとか? ミヤコちゃんは大丈夫なのかな?
どこに行ったのかもわからなくて、窓から外を覗いても暗くなってしまった空は何も見えない。
街にも変わった様子はなくて、何も騒ぎは起こってないみたい。
「お兄ちゃん、どうしよう……。ミヤコちゃんに何かあったら……」
「大丈夫だよ、コルリ。ミヤコちゃんはドラゴンだ。世界で一番強いって、言ってたんだろう?」
「コルリ、ミヤコちゃんは大丈夫に決まってる」
「うん……」
心配で泣きそうになった私を、お兄ちゃんが抱いて励ましてくれる。
ノスリも窓の外を見ながら、力強い言葉をくれる。
そうだよね。急に飛び出していくなんて、前回のミノタウロスの時だってあったから。
でも、二人とも何も解放伝達では聞いていないの?
それとも教えてくれないだけ?
「ねえ、お兄ちゃん。解放伝達で何か――」
我慢できずに質問しかけた私は、窓の外、上空にミヤコちゃんの虹色の体を見つけて口を閉ざした。
月明かりに照らされてすごく綺麗なミヤコちゃんは、次の瞬間には小鳥の姿に変わる。
よかった。無事だった。
ほっとした私は冷静になって、次に月明りに照らされた物体――ううん、生き物に目を凝らした。
何あれ?
ミヤコちゃんの隣をふわふわと飛んでついてきてる。
時折、ミヤコちゃんが威嚇しているのか、突こうとしてもふわりとかわしているみたい。
その姿にお兄ちゃんもノスリも気付いたみたいで、三人でじっと見つめていた。
やがてミヤコちゃんは勢いよく部屋に入ってくると、すぐに美少女姿になって窓を閉めようとした。
私たちはつい呆然として見ているだけだったけど、手伝ったほうがよかったのかな?
だって、たぶんミヤコちゃんが締め出そうとした生き物。中に入ってきちゃったからね。
すると、ミヤコちゃんが舌打ちをした。
やだ! 私のミヤコちゃんがどんどん人間臭くなってる!
「ミ、ミヤコちゃん……これは……何?」
部屋の中に入ってきた生き物。
それは羊のようにクルクルと白い毛が体に巻き付いた……犬?
いやいやいや、大きさは秋田犬くらいだけど、でもどうみても犬じゃないね。
だって、額に二本の角があって、目が……三つある。
『〝これ〟とは無礼な娘である。余は白澤。東の大陸では神獣として人間どもから尊信されておる崇高な存在であるぞ』
あ、自分で崇高とか言っちゃう系なんだ。




