36.祖国
「ミヤコちゃん、分身っていうのは……えっと……」
『コルリ、我に欠けたところはないから、心配はいらぬ』
ついミヤコちゃんの体をぺたぺた触って、どこも変わったところはないかと調べてしまっていたら、呆れたように言われてしまった。
そうか。分裂じゃなくて、分身だしね。
いや、でも大丈夫なのかな?
『我は変化することによって、我本来の力を亜空間に収めておった。この体では器が小さすぎて力を持て余してしまうのでな。今回、我がうっかりしておったせいで魔獣が活発化してしまったが、これを防ぐためにも亜空間に収めておった我の力を本来の姿に具現化して、ゴールデンアップルを守るとともに、周辺に圧をかけることにしたのだ。ゆえにこの先、我の力の及ぶ範囲で暴れる魔獣は減るだろう。ただ少々我の圧も低下しておるゆえ、愚かな獣はまた暴れるかもしれん。それは責任をもって我が退治するゆえ心配はいらぬ』
「えっと……ミヤコちゃんは……本当にすごいね! 要するに、分身なんだね!」
『うむ。分身なのだ』
正直に言えば、今の説明でもよくわからないよ。ああ、馬鹿な自分がつらい。
ただなんとなく、ふんわりとはわかった。
それをお兄ちゃんとノスリに説明すると、なぜか私以上に二人は理解したみたい。
「でもその亜空間とやらに収めていた力を、そのゴールデンアップルの傍で具現化させているとしたら、今までのように魔獣を倒すことはできるのかな? ミヤコちゃんの負担になったりはしないか、心配だよ」
なるほど。そういうこともありうるよね。
お兄ちゃんの質問をそのまま伝えると、美少女姿のミヤコちゃんは鼻で笑った。
やだ! ミヤコちゃんが鼻で笑うなんて!
なんだか進化してる! まさか、悪イスカ様の影響?
『我の存在を察知することもできぬ小物を相手にするのに、この体に収めてある以上の力は必要ない。しかも我の力を具現化した今、それでも暴れるなどの愚行を犯す雑魚など取るに足りぬ』
「な、なるほど……」
すごいよ、ミヤコちゃん。
本当にドラゴンって最強で至高の存在なんだな。
感心しながらそのことを伝えると、ノスリが遠慮がちに口を開いた。
「それじゃ、ミヤコちゃんの具現化したドラゴンがいる限り、この国には他の厄災は現れないってことかな? マンティコラやミノタウロス級の魔獣も?」
「うん、そうみたイ。今までより多少は魔獣の発生も増えるかもしれナイけど、魔法使いが頑張れば、十分に倒せる程度だっテ」
ミヤコちゃんにノスリの質問を訳すと、そう説明してくれた。
でも私たちと一緒にいたい自分のせいでもあるから、すぐにミヤコちゃんが退治に向かうって。
そこまでしてくれなくてもいいのに。
ミヤコちゃんがいてくれるからこそ、ずっとこの国は平和だったんだもん。
もし退屈だからって、他の場所に住処を移していたら、もっともっと魔獣の被害が多かったってことだよね。
数百年前みたいに。ん? 数百年前はこの国も魔獣の発生が多くて大変だったって習ったけど、それってミヤコちゃんが旅してたからってことかな?
たぶん、きっと、間違いなく、そうだよね。
ミヤコちゃんはいったい何歳なんだろう……。でも女の子に年を訊くのは失礼だよね。
「では、厄災級の力ある魔獣がいれば、サイクロプスなどの中位の魔獣は出現しないってことなんだよな? 人々が魔獣に襲われることも少なくなるんだろうか?」
「ノスリ君、それでは本末転倒だよ。厄災級の魔獣がミヤコちゃんのようにおとなしく優しければいいけれど、世界各地で報告されている限りは違うんだから。たとえ発生回数は減ったとしても、被害は甚大なものになるよ」
「そうですね……」
ノスリの切迫した言葉に答えたのはお兄ちゃん。
確かにミヤコちゃんのように優しい厄災――ドラゴンなんて聞いたことないもんね。
ノスリは祖国のことを考えてるんだ。
うーん。何かいい方法があれば……。
「ねえ! それじゃあ、ミヤコちゃんに紹介してもらって、私が他のおとなしい厄災に頼んでみルのはどうカナ?」
「……どうやって? 例え他にミヤコちゃんのように希有な厄災がいたとしても、縄張りがあるんだろう? そこにミヤコちゃんが入っても大丈夫なのかい? それに、そんなことに応じてくれる厄災は、すでにその土地を守ってることになるんじゃないか? その地から平穏を奪うの?」
「それは……」
お兄ちゃんに次々と問題点を指摘されて、私は反論することができなかった。
安易な考えなのはわかるけれど、優しい笑顔が怖いよ、お兄ちゃん。
『コルリ、何か問題があるのか? また我のせいか? 何があるのか言ってくれ』
「ミヤコちゃん……ありがとう。でもミヤコちゃんのせいじゃないよ。大丈夫。ただね、ノスリは本当はこの国じゃなくて、もっと遠い国に住んでたんだ。そこは人間ではすごく手こずるような魔獣や、厄災の出現がたびたびあって、……何かいい方法がないかなって話していたの」
お兄ちゃんの雰囲気に不穏なものを感じたのか、珍しくミヤコちゃんが私たちの話し合いに入ってきた。
だからわかりやすいように、ミヤコちゃんが変に気を使わないようにと説明してみる。
上手く伝わったかな?
『ふむ……。それはおかしいな』
「え?」
『コルリは、たびたび厄災が出現すると言った。それならば先ほども説明した通り、中位の魔獣は暴れぬはずだ。我ら高位の魔獣に怯えてな。とすれば、高位の魔獣の住処が近くにあるわけではないらしい。それなのに高位の魔獣が同じ場所を訪れるというのも本来ならあり得ぬ』
「そういえば、そうだね……」
『ひょっとして、そのノスリの住んでいた遠い国とやらには、何かがあるのかもしれぬな』
「何かって?」
『それは、我にはわからぬ。我の力の及ばぬほど遠い所にあるようだからな。ただ高位の魔獣を惹きつけるような何かだ。たびたび出現する魔獣というのも、同じやつだとは限らぬからな』
眉間にしわを寄せて考え込むミヤコちゃんは、それでも美少女だ。
美しいって何をしても美しいんだなと、どうでもいいことが頭に浮かんで、そんな場合じゃないと切り替える。
今のことをノスリに伝えたら、何かわかるかなと、たどたどしくはあったけど説明した。
だけどノスリもさっぱりわからないようで考え込んでしまう。
お兄ちゃんも黙ったままだし、何だか思考の海のような部屋になってるよ。
「じゃ、じゃあ、黄金がいっぱいアルとか?」
それをグリフォンやサイクロプス、ドワーフが狙っているとかあるよね?
そう思ったけど、ノスリは首を横に振った。
「いや、グリフォンが現れたことは、俺が知る限りではないな。サラマンダーが二度、バジリスクが一度、サイクロプスは確かに何度も現れたが、あいつはある意味定番だろ? どこにでも現れる。キマイラが出現したこともあったんだ」
「そ、そんなに……」
初めて詳しく聞いたけど、それって国を維持できるレベルじゃない気がする。
ノスリがこの国に来て三年、その間も魔獣の発生が収まっていないのなら、すごい大変だよね。
そりゃ、妹さんが心配なわけだよ。シスコンなんてからかってごめんね。
でも、そんな中でよく文通できるな……。そりゃ、魔法使いに頼めばどうにかなるかもだけど、それだってすごく高いよね。代金が。
うーん。前から思ってたけど、やっぱりノスリっていいところのお坊ちゃんなのかも。
『……コルリ、我はノスリの住んでいた遠い国とやらに行ってみたいと思う』
「え?」
『我がちょっとひとっ飛びして、何があるのか見て来よう』
「で、でも、ミヤコちゃんがいなくなっちゃったら、この国は……」
って、何言ってるんだろう。それでノスリの国を見捨てるの?
理由だけでもわかれば、何か対策がとれるかもしれないのに。
『コルリ、心配しなくても、我の分身は置いていく。よって、この国で魔獣が暴れることはまずない』
「でもそれじゃ、ミヤコちゃんが危険だよ!」
『まったく……。ほんにコルリは心配症であるの。今の我でも中位の魔獣には負けぬ。高位の魔獣に出会ったとしたなら僥倖。原因を聞くことができるかもしれぬからな。ふぇにっくすの姿でなら、時間は少々かかるかもしれぬが、なるべく早く戻って来る。して、遠い国とはどこにあるのだ?』
「え? えっと……ちょっと待って」
ミヤコちゃんはまたやれやれといった調子で私を宥めた。
なんだか、ミヤコちゃんがどんどん人間臭くなってきてる。
まあ、それはいいとして、改めてノスリに説明して祖国の場所を訊く。
お兄ちゃんはそんな私の質問に呆れていた。
三年も一緒にいて、そんなことも知らないのかって。
はい。おっしゃる通りです。
「俺の国……。ミヤコちゃんがわざわざ調べに行ってくれるのか?」
「そうだヨ。よかったね。この国もミヤコちゃんの分身がいるから大丈夫だっテ」
「……俺の国は、大陸の最果て……東端の半島になっているチャムラカ王国だよ」
「チャムラカ王国? ……大陸の東の端にある半島のだね?」
うんうん、と聞いてミヤコちゃんに伝える。
でも、ごめんなさい。本当は聞いたことない国です。
授業で大陸のことは習ったけど、記憶にない。
お兄ちゃんはミヤコちゃんにわかりやすく説明できるようにか、地図を取り出してくれて、広げた。
『おお、この辺りだな。昔、旅の途中で上空を飛んだことならあるぞ。だが、その時は特に何も感じなかったがな』
お兄ちゃんの上手な説明で、ミヤコちゃんはどの場所かわかったみたい。
私は知っていましたよとばかりに聞いていたけど、本当はちょっと驚いていた。
だって、本当に遠いんだもん
こんな場所からノスリは十二歳の時に旅して、この国まで来たんだと思うと、なんかよくわからないけど胸が苦しい。
『では、善は急げであるからな。これは確か、どこの世界の言葉だったか……。まあよい、ここなら五日あれば戻って来られるであろう』
そう言って、ミヤコちゃんは小鳥の姿に変化した。
わくわくしているのかミヤコちゃんは部屋の中をくるくると飛び回る。
すごく心配だけど、心配はいらないんだよね。
うん。ミヤコちゃんは友達のノスリの役に立ちたいんだ。
その気持ちはわかるから。
「ミヤコちゃん、気をつけてね。無理をしないで、絶対に帰ってきてね!」
『うむ。では、いってきます、なのだ!』
私が覚悟を決めて開けた窓から、ミヤコちゃんは飛び出していった。
とたんに綺麗なフェニックスの姿に変わる。
ノスリが慌てて窓際まで来ると叫んだ。
「ミヤコちゃん、すまない! だけど、よろしく頼む!」
その言葉を理解はしていないだろうけど、ミヤコちゃんは小鳥のような鳴き声を上げて、遠くへと飛んでいく。
その声は夜の訪れを告げる鳥のように聞こえた。
すっかり日も暮れた暗い空を飛ぶミヤコちゃんの姿は、誰かに見られることはなかったようで、街の様子にも変化はない。
ああ、どうか。無事に戻ってきますように。
お兄ちゃんも私の隣にやって来て、ミヤコちゃんの綺麗な姿が黒い影になって、遠くに見えなくなるまでずっと、三人で見守っていた。




