33.説教部屋
午後の授業が始まってすぐ、先生から授業が終わったら教務室へ来るようにと言われてしまった。
またあの説教部屋かなあ?
きっとミヤコちゃんのことだよね。ああ、どう言い逃れしよう。
それに、今日こそノスリに会いに行こうと思っていたのに、無理そうだ。
鬱々とした気分で授業を受け、そのまま先生に連行されるように教務室に向かった。
みんなからの視線が痛い。
興味本位なものだったり、肩のミヤコちゃんへ怯えたものだったり。
こんなにミヤコちゃんは可愛いのに、失礼だよ。
そして予想通り、説教部屋へと招き入れられ、私は中で待っていた人物を目にして足を止めた。
「あ……」
「やあ、また会ったのお。まさかこんなに早く再会することになるとは、さすがに読めなかったわい」
「……長官は、先見の力も持っているんデスか?」
「こら、ここでは校長先生だぞ。あと、魔法使いに能力を訊ねてはダメだと授業で習っただろう? 公にしている力以外は、秘匿するものなんだからな。ちゃんと覚えておきなさい」
「ハイ。……校長先生、ごめんナさい」
ああ、大失敗。確かに、魔法使いに能力についての質問はご法度だった。
学生のうちは先生がだいたい把握しているけれど、強い魔法使いになればなるほど、能力は秘匿するもの。
これは魔法使いの常識といってもいいくらいなのに。
上位クラスの生徒たちの中には、もうすでに先生にさえ公表していない能力もあるそうだ。
先生に注意されて謝罪した私に、長官は「ほっほっほっ」といかにもお爺ちゃんらしい笑いをした。
笑って許してくれるってことかな?
そう思って、頭を下げたままちらりと長官を見ると、すごく楽しそうな顔をしていた。
「まあ、まだ学生だからの。そしてここは学内。次からは気をつければよいことじゃよ」
長官は先生っぽいことを言って、許してくれた。
よかった。
今さら停学とか退学はどんとこいだけど、罰として宿題とか増やされたら嫌だもんねえ。
それから長官は他の先生たちに出ていくようにと告げて、私とミヤコちゃん、長官だけになってしまった。
ミズク先生は最後まで同席させてほしいと粘っていたけど、他の先生たちに引きずられるようにして連れ出されていた。
怖いよ、ミズク先生。
「さてと、話をする前に、ハクセも同席させてよいかの?」
「はい、もちろんデス」
そう答えると、ぱっとコボルトのハクセさんが現れて、長官の隣にちょこんと座った。
その姿は可愛いようで、実はハクセさんの目が怖いんだよね。
何もかもを見透かされているようで。
「コルリ殿、今日のフェーチの街でのことは、お手柄だったのお」
「ありがとう……ゴザイます……」
「ずいぶん気のない返事じゃのお。誇ればよいだろうに」
「ですが……私の力じゃありませんカラ……」
「ああ、そこの使い魔――いや、縛ってはおらぬようだから、ただの魔獣と言うべきか。その魔獣の力だから遠慮しておるのか?」
「え? あの……ミヤコちゃんは、決しテ悪いことは――」
「だが、二週間ほど前に、男子生徒二人を襲ったそうだのお」
「アレは! ――」
どこまで見抜かれているのかわからなくて、緊張のあまり心臓が痛い。
それでもどうにかミヤコちゃんが悪い魔獣になることはないと訴えようとして、片手を上げた長官に制されてしまった。
特に魔法を使われたわけじゃないのに、迫力があって逆らえない。
この前はこんなふうには感じなかったのに。
「まあ、あの問題児に関しては、ここだけの話じゃが、よくやったと褒めたいくらいじゃ。人の善を引き出す〝浄化の炎〟とはのお。それで、あのマンティコラを燃やし尽くした炎は?」
「エ? あの、えっト……し、灼熱の炎デス!」
「ほう……」
いきなり長官に訊かれてとっさに答えたけど、なんだか痛い名前になってしまった。
ちゃんとミヤコちゃんに訊けばよかったかな。
「た、たんまです! ちょっと待ってくだサイ! ――ミヤコちゃん、あのマンティコラを焼いた炎はなんて言うの?
『あれか? ふむ……では〝灼熱の炎〟はどうだ?』
「うわー、それいいね!」
すごい! ミヤコちゃんと私は以心伝心だ!
にこにこしながら長官を見ると、胡散臭そうな視線が返ってきた。
あ、そうだった。それに、たんまって今どき――この世界では使わないか。
「あの、やっぱり灼熱の炎で間違いないそうデス」
「ふむ。それで、国王陛下の御前でそなたが申しておった説明――その小鳥を森の中で保護したというのは嘘だったのかのお? それとも、魔獣だとは知らなんだのか?」
「ハイっ!? し、知りませんでしタ! あとで、ミヤコちゃんが魔獣だって、アノ、イスカ様たちの時に知って……その……」
「そうか。では、決して陛下を謀ったわけではないのだな?」
「ハイっ!」
「とすれば、謀ったのは、儂ということになるのお」
「ヘイっ!?」
「儂はそなたを庇うために、王城での調査ですでにその小鳥が魔獣だと見抜いていたと陛下に申し上げた。そして、その場で使い魔として縛る手伝いをしたとな。小鳥自身がコルリ殿を好いていたために、力は強かったが自ら縛られたのだと、そう申し上げた。だが、今のコルリ殿の言い様では食い違ってしまうのお……困った、困った」
「そ、それは! 私が長官のおっしゃる通りにしマス! それで通しマス!」
予想していたミヤコちゃんについてのあれこれな聴取じゃなくて、辻褄合わせの話になってしまって、私は慌てふためいた。
長官はそんな私の反応を見て、楽しそうに笑う。
これって、ひょっとしてからかわれてる?
「まあ、そう拗ねるでない。今、説明したのは事実だからの。どうか、この先は皆にそう説明してくれると有難い。そうだな、コルリ殿自身は本当にただの小鳥だと思っていた。だが、かなり力の強い魔獣だと見抜いた儂が、このまま放置するより使い魔として縛ることを提案したとな」
「はい……わかりましタ。ありがトウございます」
「使い魔というのが不満かのお?」
「イエ、そんなことは……」
渋々了承した私の気持ちをしっかり見抜いて、長官が問いかけてきた。
やっぱりミヤコちゃんを使い魔とするのは嘘でもやだなって思っていたから。
だけど、そんな私に長官は優しい眼差しを向けた。
「確かに、使い魔というとただ使役するだけで、魔法使いによっては使い捨ての道具のように扱う者もいる。そのせいでコルリ殿は不満に思っておるのであろう。ひょっとすると、この学校のヒヨッコたちにはそういう考えの者も多いのかのお? それは教育方針の誤りであるゆえ、正さねばならん。だがそれはひとまずおいて、社会に出ればわかるが、ほとんどの魔法使いは使い魔を大切にする。なぜなら、使い魔に助けられることが多々あるからの。儂は使い魔たちがおらねば、今生きていることなどできなかったであろう。気がつけば、奇跡の魔法使いだの、最強の魔法使いだのと呼ばれておるが、全ては使い魔たちのお陰。このハクセをはじめとして、儂は使い魔たちに感謝しておる。それは言葉では言い表せぬほどにのお」
「そうなんデスね……」
私が勝手に想像していた使い魔と魔法使いの関係は、全然違った。
学校で習っただけで、わかったつもりになっていた自分が恥ずかしい。
落ち込んでしまった私を気遣ってか、ミヤコちゃんが頭を私の頬にこすりつけてくる。
「ミヤコちゃん……ありがとう」
『よくわからんが、元気を出すのだ。コルリが悲しいと、我も悲しい』
「うん……もう、大丈夫だよ」
私たちのやり取りを見てか、長官がくっくと笑う。
ハクセさんは無表情のまま。
「コルリ殿と、ドラ――フェニックスは本当に仲がよいのだのお。コルリ殿はフェニックスを何と呼んでおるのだ?」
「……ミヤコちゃんデス」
「ふむ。ミヤコか……。良い名前であるな。では、フェニックスの名前を教えてくれたコルリ殿に、儂の秘密も教えてやろう」
「え……?」
今、ドラゴンって言いかけなかった?
なんだかもう気付いているよね? 気付いているけど、知らないふりしてるだけだよね?
「実は、ハクセもまた、本当は使い魔などではないのじゃ」
「そうなんデスか!?」
「ああ、ただの友達じゃ」
「友達……」
「コルリ殿とミヤコ殿と同じじゃな。ハクセはコボルトの中では異質な存在だった。それゆえずっと一匹で暮らしておったのじゃ。儂はある鉱物の採掘のためにとある山に入り、ハクセと出会った。正確に言えば、ハクセに助けられたのじゃ。無理をして崖から滑落した儂を、ハクセは救助し、自分の小屋へとあの小さい体で運び、看病してくれたのじゃから」
「ハクセさんっテ、すごくいい人――いいコボルトなんデスね!」
うわー。ちょっと目が怖いとか思っててごめんなさい。
ハクセさんを見て、声には出さなくても、ちょっとだけ頭を下げて謝罪する。
「儂とハクセは長い時間一緒に過ごして、友達になった。しかし、問題は言葉が通じぬこと。身振り手振りでは限界があるからの。ところが、ハクセは人間の文字を覚えたのじゃ。これにはさすがに驚いたがのお」
昔を思い出すように笑っていた長官は、私に視線を戻してふと真面目な顔になった。
どきりとして姿勢を正す。
「ハクセは儂のために、力になりたいと言うてくれる。儂もまたハクセのために力になりたいと思う。空間魔法に自分を使って実験してくれと言うた時には、さすがにケンカになってしばらく顔も合わせなんだが……友達だからの。仲直りをした」
「それで……」
今まで生物が空間魔法で移動したなんて聞いたことがなかったけど、やっぱりあの晩私の部屋に現れたハクセさんは長官の空間魔法でやって来てたんだ。
あの時は呆気に取られていたけど、あとで考えて怖くなって、腹を立てたのは内緒だ。
てっきりハクセさんを実験に使ったんだと思ったから。
「コルリ殿、今回のことで、そなたが自分を責める必要はないぞ」
「エ?」
「ミヤコ殿はコルリ殿が喜ぶだろうと思ってやったこと。コルリ殿は素直に喜んで、ミヤコ殿にその気持ちを伝えればよい」
「で。デモ! それでミヤコちゃんが危険な目に遭ったラ、私……」
「その心配はわかるが、正直なところ、それは無用であろうな。何せミヤコ殿は……ドラゴンに並ぶくらいの力の持ち主であるのだから」
「そ、それはそうですケド……」
「コルリ殿も自分にできることで、ミヤコ殿が喜んでくれたら嬉しいであろう? それと同じことじゃ」
「そう、なんデスかね……」
長官の言っていることはわかる。
遠回しだけど、ミヤコちゃんはドラゴンで、この世界でミヤコちゃんに勝る力の持ち主はいないっていうのは、ミヤコちゃん自身も言ってたから。
それでも、簡単には割り切れないよ。
「コルリ殿は、ミヤコ殿のことを信じることじゃな。そして、素直に喜べば、ミヤコ殿も喜ぶ。……それでも心配だと言うのなら、もう一つ、とっておきの儂の秘密を打ち明けよう」
「そんなに秘密は抱えられマセん」
そう答えると、長官は楽しそうに笑った。
笑い事じゃないのに。
だって、この国の魔法使いの中で最高峰の魔法使いだよ? 今、この世界の人間の中で最高峰と言ってもいいくらいだよね?
「先ほど、コルリ殿は訊いてきたのお。儂に先見の力があるのかと」
「アレは……すみませんでしタ」
「いや、正直に言えば、儂にその力はない。ただな、実はこのハクセにあるのだ」
「ええ!?」
びっくりしてハクセさんをもう一度見る。
心なしか、ハクセさんは胸を張っているような……?
「コボルトにそんな能力がアルなんて……すごいですね! 知らなかったデス」
「いや、先ほども言うた通り、このハクセはコボルトの中では異質なのじゃ。それで迫害されてしまったらしい」
「そんな……」
「今、ハクセには儂という友達がおる。たまにケンカもするが、それもまた友達だからじゃ。お互いのためにと思うことが相手を傷つけることもあるからのお。仲直りには苦労するが、せずにはおられん。友達とはそういうものであろう? だからこの先、今日のようなことが起こったとしても、コルリ殿は素直に喜んでやればよい。それがきっとミヤコ殿の望みなのだから。コルリ殿はミヤコ殿の望みを叶えてやるがよい」
そう言うと、長官はさっと立ち上がった。
途端にハクセさんの姿が消える。
「では、今度こそ別れを告げよう。もう直接会うことはないそうだからの。コルリ殿、ミヤコ殿、達者でな」
「あ、あの! ありがトウございました!」
深く深く頭を下げる私に、長官はもう何も言わず、説教部屋から出ていってしまった。
そのまま残された私は、長官に言われたことを整理するのに大変だった。
そして出た結論は、ミヤコちゃんに素直に甘えようってこと。だって、ミヤコちゃんにも甘えてほしいから。
それでいいんだよね?




