26.登校
「コルリさん! もう大丈夫なの!?」
「よかったわ! みんな心配してたのよ!」
「うん、ノスリから聞いた。ごめんネ、心配かけちゃっテ。でもこの通り、全然大丈夫」
翌朝、久しぶりに登校すると、元ファンクラブの同士たちが駆け寄ってきた。
こうして心配してくれる友達がいるって、嬉しいな。
自然に顔がほころんで答えていると、ツグミさんが思い切ったように口を開いた。
「ところで、その……肩の小鳥は何なの?」
どうやらみんな、ミヤコちゃんのことは気になっていたらしく、途端にしんと静まる。
訊くに訊けなかったパターンだね、これは。
でも大丈夫。ちゃんと説明も考えてきたから。
「この子はネ、私がドラゴンに攫われて、森に落ちた時に、街へと帰る途中で見つけタの。たぶん巣から落ちちゃったらしくテ、私を親鳥と思っているみたい。私もこの子がいたから頑張って帰ることができたし……離れがたくテ」
「そうなのね……本当に色々と大変だったわね」
「コルリさん、よく頑張ったわ。それに、この小鳥、すごく綺麗!」
「うんうん、本当に。見たことない種類ね」
王女殿下に説明したように情に訴えると、みんなうるうると瞳を潤ませながら納得してくれた。
それどころかミヤコちゃんを褒めてくれて、すごく嬉しい。
よし、ここで念押ししとこう。
「この子はネ、国王陛下や王族の方々にも一緒に謁見したノ。王女殿下もそれはもう綺麗ダッテ褒めてくださって、とても光栄だったワ。それに魔法長官も傍カラ離さないほうがいいっておっしゃってくださったノ」
「まあ、そうなのね」
「すごいわ。王族の方々にお会いしたなんて……詳しく聞かせてくれる?」
「うん、いいヨ。でもね、畏れ多くて、お話はほとんどしていないの。時間もちょっとだっタし……」
わいわいと話しながら教室へと向かう。
よし。これでミヤコちゃんのことは大丈夫。女子の情報伝達能力はすごいからね。
お昼休みまでには、先生たちも知ることになるはず。
それから予鈴のチャイムが鳴って、私たちはそれぞれのクラスに入った。
「おう、コルリ。おはよう……ミヤコちゃんも」
「おはよう、ノスリ。昨日はお疲レ」
『また会ったな、ノスリ』
私を見たノスリが朝の挨拶をしてくれる。
だけど、周囲を窺いながらこっそりミヤコちゃんにも挨拶する姿がおかしい。
ミヤコちゃんは、声の調子で自分に声をかけてくれたと気付いたらしく、可愛らしい声で鳴いた。
内容はともかく、小鳥っぽい。
「それで、どうだった? 長官からもらっタ本は」
「ああ、あれなあ。すげえよ。今までの厄災出現についての研究内容がびっしり書いてあって、勉強になる。まだざっと目を通しただけだけど、それぞれの厄災の特徴や魔獣の弱点についても書いてあってさ……。ただ、何でそれを俺にくれたかってのが疑問だよ」
「うーん、確かニ。ノスリの成績とかも知ってたシ、入学動機とか学校から入手してたのカナ?」
「それにしてもさあ、俺はこの国の人間じゃないんだぞ? あの貴重な研究資料を他国の者に渡すって、問題にならないか?」
「ばれなきゃいいんじゃナイ? ほら、長官は錬金術にはまってるって噂聞いたケど、厄災について研究しているっテ、聞いたことないし……個人的趣味の研究だから、個人の遺産として、困っているらしいノスリに渡したトカ」
「遺産って、まだ死んでねえけどな。ヒガラさんは何か言ってたか? 書類について」
「ううん、何モ。よくわかんナイのかなあ? 今朝、もう寮に戻っちゃったし、週末になったら何か教えてくれるカモ」
「そうか……」
ノスリと昨日のことを話しているうちに本鈴が鳴って、授業開始。
先生はちらちらと肩に乗ったミヤコちゃんを見ていたけれど、何も言わなかった。
噂をもう聞いたわけではなく、たぶん触れないでおこうと思ったんだろうな。
ドラゴンに攫われた生徒にどう接したらいいのかわからないのかもしれない。
そんな感じで、今まで特に仲が良かったわけではない生徒たちも、私のことは遠巻きにしているだけで、近づいてこない。
今まで通りと言えばそうだけど、何となく腫れ物な気分。
そして昼休みになり、私はノスリと別れてツグミさんたちと合流した。
今日はお天気がいいから、食堂の前の広場でベンチに座ってお弁当。
まあ、りんごのカンパーニュとベーコンのエピだけど。
ミヤコちゃんはエピの硬さが癖になるとかで、半分くらい食べていた。
その小さな体のどこに入るんだろう。
みんなもミヤコちゃんの可愛さにメロメロ。
言葉は通じなくても、その好意は伝わるのか、ミヤコちゃんもなんだか嬉しそうだった。
しかもみんな、私とミヤコちゃんが会話していても普通に受け入れてくれている。
これは素直に喜ぶべきか、それだけ私は今まで変人だと思われていたのか、悩むべきところ。
『コルリ、我は喉が渇いたぞ』
「あ、そうだね。せっかくだから、ジュース買おうか。――ちょト食堂でジュース買ってくるネ」
「あら、では私も行くわ」
「じゃあ、私も」
こういう時も、女子の連帯感ってあるよね。
結局はみんなで食堂にジュースを買いに行くことになって、お弁当箱を片づけて向かう。
そこにまさかのイスカ様とそのお友達が向こうからやって来た。
ほんの少し前なら、私たちは真っ赤に頬を染め、すれ違ったあとにきゃあきゃあと喜んだけれど、今はちょっと白けた空気になってしまった。
どうやら私が休んでいる間は、みんなもイスカ様に出会うことはなかったみたい。
それにしても、この切り替えの早さはさすが女子。
ぺこりと頭を下げただけで、黙って通り過ぎようとした私たちの雰囲気が気に食わなかったのか、イスカ様はいきなり側にあったゴミ箱を蹴って倒した。
ええ? いったい何なの?
「おっと、君たちが邪魔で足が当たってしまったよ。ちゃんと片づけておいてね」
「え……」
「何か文句でもあるのかな? 君たちは僕たち高貴な者のために尽くすのが当然なんだから、これくらいは喜んでしてね」
信じられない行動に、信じられない言葉。
本当に何なの? この人はいったい誰?
呆気に取られている私たちとは逆に、イスカ様のお友達は大笑いしている。
この人、この間から馬鹿笑いしかしていない。
お友達に受けたのが嬉しいのか、イスカ様は私を見てさらに続けた。
「君、国王陛下に拝謁を賜ったそうだね? でもそれって、物珍しさからなだけだから、調子に乗らないでほしいな。嬉しそうに朝から触れ回って、恥ずかしいったらありゃしない。僕だって当然、陛下にもお会いしたことはあるし、王女殿下のお茶会にご招待頂いたことだってあるんだ。もちろん、ちゃんとした立場でね」
何だ、これ。小さい男だな。
こういう男って、絶対×××のあとに「俺、どうだった? すごかっただろ?」とかって大したこともないのに訊いてくるタイプだ。――って、私は何を考えてるの!?
やだ、怖い。
なんだか心が荒んでる! いったい前世の〝私〟に何があったんだ!
思わず自分に頭の中で突っ込みながら、こんな考えをミヤコちゃんに知られたらとぞっとして、ミヤコちゃんを急いで見下ろした。
だけどミヤコちゃんはどうしたの? とばかりに首を傾げる。
よかった。私の邪な考えは読まれていなかったみたいだ。
ほっとした私の視線を追ってか、イスカ様がミヤコちゃんを見てふんっと鼻で笑う。
「なんだよ、その下品な鳥は。よくそんな魔獣でもない小物を連れているな。やっぱり君って馬鹿なの?」
「いや、そもそも使い魔でもない動物を学校に連れてくるなんておかしいだろ? 教師たちはどうして注意しないんだ?」
あ、お友達がしゃべった。
なんて私が呑気に考えていると、我慢できなくなったのか、ツグミさんが反論した。
「この小鳥は王女殿下もとても綺麗だとおっしゃってお褒めになったそうです。さらには、あの魔法長官様も傍から離さない方がいいと助言をくださったそうですもの。先生の許可も必要ないかと思います」
「はあ? お前、何で俺に口答えしてんの? 何様なの?」
「そ、それは……」
まさか私のせいでツグミさんが責められるなんて。
そもそも全部が私のせいだよね。
予想外に乱暴な口調の卿士の子息の言葉に、ツグミさんは口ごもり、顔を赤くしている。
このままではまずいと、私は慌ててゴミ箱を起こし、いくつかこぼれていたゴミを拾って捨てた。
「すみまセン。私がご通行の邪魔をしてしまったカラ……」
だから、ゴミ箱を倒しちゃったんだよね? っていう、私なりの精一杯のフォロー。
これでイスカ様たちが引いてくれると思った私が馬鹿だった。
いつの間にか私たちのやり取りを遠巻きに他の生徒たちが見ていることに気付いてか、イスカ様はとてもいやな笑みを浮かべた。
「君は先日から無礼にもほどがあるよ。まさか僕に手紙を渡そうとするなんて! そして今日は僕の前に立ちはだかって、何を言うつもりだったのかな? ひょっとして、国王陛下に拝謁を賜ったことで、僕と同等になれたとでも思ったの?」
少し大きめの声のイスカ様の言葉は、辺りに響き、周囲がざわつき始める。
これは恥ずかしい。色々な意味で恥ずかしい。
ああ、私の黒歴史をみんなに知られてしまった……。
あまりの恥ずかしさに顔を伏せた私を誤解して、ツグミさんがまた勇気を出して庇ってくれる。
「確かに、お手紙を渡そうとしたのは事実ですが、あれは私たち全員からです! それに、内容はあくまでもイスカ様へ感謝の気持ちだっただけで――っ!?」
「お前は関係ないだろ! 目障りなんだよ!」
「ツグミさん!」
まさかイスカ様のお友達が、ツグミさんを突き飛ばすなんて!
男子として、紳士として、人間としてあり得ない!
一気に私の怒りが燃え上がり、その一瞬後、私は我に返った。
今までおとなしくしていたミヤコちゃんが、私の怒りに感応してしまったから。
私の肩から飛び立ったミヤコちゃんは高く舞い上がり、私が以前想像した通りのフェニックスへと姿を変えてイスカ様たちに襲いかかる。
「ミヤコちゃん、ダメ!」
私の制止する声は間に合わず、フェニックスの成鳥になったミヤコちゃんの口から青い炎が吐き出された。
そして炎は、腰を抜かして怯えるイスカ様たちを包んだ。




