25.秘密結社とか
「ノスリ! もったいぶらナイで教えて!」
「あ、ああ……」
我慢できなくなった私は、ノスリを急かした。
すると、ノスリははっとしたように頷く。
「俺、三年前にこの国に――この王都に来るまでに故国から旅をしてきたんですけど……」
「うん、知ってルよ。まだ十二歳だったのに、頑張ったよネ……」
急かしておきながら、つい口を挟んでしまった。
だって、すごいことだよ。十二歳で遠くの国から一人で旅をしてやって来るなんて。
「それはともかく、時々見たんですよ。この紋様。たぶん、間違いないと思う」
「時々って、どこでだい?」
お、ノスリが珍しく照れてる。
意外と褒められると弱いよね、ノスリって。
と、どうでもいいことを考えていたら、話が進んでいた。
「特に決まりはなかったと思うんですけど、宿屋だったり、普通に鍛冶屋だったり、ちょっとした民家だったりの入り口にその紋様が小さく刻まれていて……たまたま気付いただけですし、逆に何だろうって気になっていたので覚えていたんです」
「……それって、要するに何かのギルドということかな?」
「ギルドならきちんとした公認の印があるはずです。ですから、今考えると……秘密結社と言ったほうがいいかも」
「秘密結社!?」
何それ? やばい臭いがプンプンする!
なぜそんなものを私に……。
私の不安に気付いたのか、ミヤコちゃんが肩から降りて指輪の周囲を飛び回る。
『コルリ、心配しなくても、この指輪に怪しげな魔法はかけられてはおらぬぞ』
「あ、そうなんだね。ありがとう、ミヤコちゃん。――ミヤコちゃんが言うには、この指輪に変な魔法ハかけられていないっテ」
「ああ、それならひとまずは安心だね。でも何か、ヒントになるものはないかな……」
「そうですね」
お兄ちゃんとノスリは、箱の中を再び覗いた。
そして書類の束をお兄ちゃんが、ノスリは本を数冊取り出してぱらぱらとめくって、二人とも動きを止めた。
「――これは……」
「お兄ちゃん、何かわかったノ?」
「いや……はっきり言って、意味がわからない」
「ええ!?」
期待したのに! 何かすごいことかとわくわくしたのに!
だけど、困惑顔のお兄ちゃんを見ていると、当然文句も言えない。
そして、ノスリはというと、すごく真剣な顔でノートを読んでいた。
「……ノスリ、それっテすごいことが書いてアルの?」
「あ? お、おう。なんかすげえ。正直、マジでこれもらってもいいのか、不安になるくらい」
「本当に? スゴイね」
「あの爺さん、何を考えてんだろうな。でもまあ、じっくり読ませてもらう」
「うん、そうだね。では、僕もこの書類に真剣に目を通したいから、部屋に戻るよ。ノスリ君もそれを持って寮に帰ったらどうかな?」
「あ、はい。そう、ですね……」
お兄ちゃんが書類を持って立ち上がると、にっこりノスリに笑いかけた。
そうだね。いつまでも引きとめても悪いし、そんなにすごいものなら自分の部屋でゆっくり読みたいだろうからね。
でも……。
「ノスリ、それ寮まで持って帰るの大変だよね? 手伝おうか?」
「いや、大丈夫だよ。質量魔法がまだ効いてるみたいだから」
ひょいとノスリが箱を持って立ち上がった。
心配したけど、大丈夫だと断られてしまったところに、ミヤコちゃんが首を傾げる。
『ノスリはその箱をまた運ぶのか? 我がまた送ってやるぞ?』
「え? でもノスリの寮の部屋の場所はわかる?」
『うむ、わからぬな。だが、ノスリが部屋に戻って声をかけてくれれば、その時に送ってやろう』
「……声をかけるって、大声で叫ぶの?」
そうだ、ノスリも夕陽に向かって叫んで恥をかいてしまえばいいんだ。
意地悪にもそう思った私だったけど、ミヤコちゃんは可愛く首を振った。
『いや、以前も言ったが、我はとても耳がよい。そうだな、ノスリの声で我の名を呼べば、音で聞き分けられるぞ』
「へ~。やっぱりすごいねえ~」
夕陽に向かって叫べ作戦は残念ながら中止になったけど、ミヤコちゃんの言葉をノスリに伝えると、すごく喜んでいた。
するとミヤコちゃんもちょっと自慢げになってて、可愛いから許す。
裏口までお兄ちゃんとノスリを見送り、また明日と別れる。
いつまでも学校を休むわけにもいかないし、明日には登校するつもりだから。
それからしばらくして、アトリとセッカと一緒に、美少女姿に戻って遊んでいたミヤコちゃんは、ぴくりと顔を上げた。
どうしたのか一瞬わからなかったけど、ひょっとしてと思ってちょっとだけその場から抜けて私の部屋に入ると、あの箱がなくなっていた。
すごいよ、ミヤコちゃん。
お兄ちゃんはすっかり部屋に籠ってしまって、アトリが晩御飯だよって呼びに行くまで出てこなかった。
結局、書類の意味はわかったのかな?
明日からお兄ちゃんも水管理局の寮に戻るために、晩御飯はちょっとだけ豪華だった。
ミヤコちゃんは珍しい料理が嬉しかったらしく、テーブルの下で足をぶらぶらしている。
すっかり我が家に馴染んでいるミヤコちゃんを見ながら、これからもこんなふうに日常が続くんだろうなって思ってた。
それがどんなに甘い考えだったことか……。
翌日、久しぶりに登校した学校で、私は思い知ることになった。




