24.ドラゴンの力(初級編)
『コルリ、ノスリは何を嘆いておるのだ?』
「うん、あの箱がね、重いから持って帰るのが大変だって」
『ふむ。では、軽くすればよいではないか』
「中身を抜くってこと? まあ、みんなで分担すれば少しは軽くなるもんね」
『そうではない。――ほれ!』
ミヤコちゃんはノスリがぼやいていることが声の調子からわかったみたい。
それで理由を説明すると、ミヤコちゃんは何か掛け声をかけた。
途端に、ノスリがバランスを崩して転びそうになる。
「ノスリ!?」
「ノスリ君、大丈夫かい?」
「あ、いや、大丈夫です。……すみません。いきなりこれが軽くなったから……」
不思議そうに呟いて、ノスリは箱をひょいっと高く持ち上げた。
今まで重そうに抱えていたのに、これってミヤコちゃんの魔法?
「ミヤコちゃん……あの箱に何か魔法をかけたの?」
『うむ。これで簡単に持って帰ることができるであろう。それとも、あの男のように空間魔法でコルリの部屋まで先に届けておくか?』
「えっと……どうだろう? 訊いてみるね」
『うむ』
そうか。さすがドラゴン。
質量魔法も空間魔法もお手の物なんだ。……ってことは、ひょっとして瞬間移動もできるのかな?
まあ、あまり深く考えても仕方ない。
「あのネ、今のはミヤコちゃんが魔法で軽くしてくれたんダヨ。それで、よければ空間魔法で家までも送ることができるっテ。どうする?」
「マジか……」
「やっぱり、さすがだねえ」
お兄ちゃんもノスリも私の説明に驚き、感心したようにミヤコちゃんを見た。
ミヤコちゃんは私の肩の上で、ちょっとだけ胸を張る。
ああ、可愛い。触りたい。絶対柔らかいよね。胸の羽。首周りのふわふわもたまらないけど。
本当に私の想像力よくやった。
「それで、この箱を長官のように空間魔法で移動もできるって?」
「うん、そう言ってクレテル」
「……マジ助かる」
「そうだよね。この後また門で検閲を受けることになっても面倒だしねえ」
「ああ、それもあったか……」
ノスリはミヤコちゃんの提案にほっとして呟いた。
それからお兄ちゃんの言葉を聞くと、顔をしかめて「あの爺さん、ちったあ考えろよ……」とぼやいていた。
それには賛同するけど、言葉遣いが悪くなってるよ。
お兄ちゃんやお父さん、お母さんの前ではけっこう気を使って話しているのにね。
まあ、お兄ちゃんも苦笑しているだけだし、いいか。
「ミヤコちゃん、お願いできる? 私の部屋にあの箱だけ届けるって」
『うむ。了解した』
ミヤコちゃんが頷いた瞬間、ノスリが抱えていた箱が消えた。
「エ?」
「マジか」
「うわー、本当にすごいね」
「ミヤコちゃん、すごいね! みんなも驚いてるよ! それにすごく喜んでる!」
『ふむ。これぐらい容易いことである』
ミヤコちゃん、ただでさえ張っている胸がこれでもかってくらいに羽がふくらんでふわふわで……ああ、もうたまらん!
『これ! コルリ! 我はか弱い鳥であるぞ! そのように掴まれると……くすぐったいではないか!』
「これでも我慢してるのー。許してー。触らせてー」
ちょっと抵抗するミヤコちゃんを掴んで頬ずりをする。
だけど、苦しいんじゃなくてくすぐったいだけなら、もっとしてもいいよね?
ミヤコちゃんが鋼より強固でよかった。それなのに、この触り心地。
ノスリからの冷たい視線も、お兄ちゃんの羨ましそうな視線も気にしない。気にならない。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「いっそのこと、俺たちもぱぱっと帰れたらなあ」
「いや、それはたとえできてもダメだよ。入った限りはちゃんと出ないと」
「そういえば、そうですね」
お兄ちゃんたちの会話が入ってきて、仕方なくミヤコちゃんを解放する。
確かにミヤコちゃんに頼めば、私たちさえも空間魔法で帰れるような気がするけど、それはやっぱりやめておこう。
今まで瞬間移動をした魔法使いの話は聞いたことがないし、なんていうか考えすぎかもしれないけど、進化の過程をふっとばしたらダメな気がする。
いつかきっと、どこかの偉大な魔法使いができるようになるだろう。うん。
そして私たちは、また来た道を帰ったわけだけど。
門があるたびに検問を受けながら思う。
ノスリじゃないけど、長官マジ気が利かない。
あれはきっといわゆる研究馬鹿ってやつだ。
悪気があるわけじゃないんだろう。
王城に呼び出したことも、さらにはそこまでして聴いてきた内容がアレでも、庶民を下に見ているわけでもなく、ただただそこまで気が回っていないんだ。
私たちが馬車を気軽に使えないことや、だから重い荷物を持って帰ることになるとか、荷物なんて持ってたら検閲を受けることになるとか。
ようやくお城の大門を抜け出た時には、みんなほっとした。
それからまた歩いて家まで帰ったわけだけど、今度はご近所さんに王城はどうだったかなんて呼び止められて、なかなか前に進まない。
その間もミヤコちゃんは肩の上でずっとおとなしくしてくれていた。
ごめんね、ミヤコちゃん。
ああ、誰か私に平穏をプリーズ!
それでもどうにか家の前まで来ると、ご近所さんから聞いたのか、騒ぎを聞きつけてか、お父さんとお母さんがお店の前に出て待っていてくれた。
アトリとセッカも。店番はおばあちゃんだな。
「コルリ! ヒガラ! ノスリ君も無事に戻ってよかったよ」
「ああ、本当に。疲れたでしょう? お茶を用意しているけれど、ゆっくり休みたいならもう休んでいいからね」
「姉ちゃん、お城はどうだった!?」
「お帰り、お姉ちゃん。お城のことは気になるけど、明日でもいいからね。アトリのことはほっといて」
「んだよ、セッカ。いい子ぶるなよ!」
「うるさい、アトリ! 少しは気を使いなさいよ!」
「……ただいま、みんな。アトリ、セッカ、ケンカはやめなさい。ちゃんと話してあげるから」
「お父さん、お母さん、心配かけてごめんね。でも大丈夫だタ。ただいマ」
お店の前で家族団らんを繰り広げてしまって、ノスリはちょっとだけ距離を置いてしまっている。
しまった。ここにいてもご近所さんが集まってくるだけだし、早く家に入ろう。
普段は裏口から入るけど、今日はお店から入っておばあちゃんに「ただいま」と伝える。
すると、おばあちゃんもほっとしたように「おかえり」と言ってくれた。
やっぱり家が一番だなあ。
申し訳ないけど、店番はそのままおばあちゃんにお願いして、私たちはキッチンでお茶を飲みながら簡単に説明した。
歩いて帰ってきたから喉も渇いていたしね。
アトリとセッカは国王陛下や王族の方たちにもお会いしたというと大興奮だった。
でも詳しい話はまた明日ということで、私たちは私の部屋へと入ると、ミヤコちゃんが送ってくれたあの箱が、でんと中央に鎮座していた。
「ありがとう、ミヤコちゃん。本当に届くんだねえ」
『む? コルリは我を疑っていたのか?』
「ううん、そんなことはないよ! ただ空間魔法は今回初めて見たから驚いただけ」
『そうか。ならば、これからもいくらでも見せてやるぞ』
「うん、ありがとう。必要な時はお願いするね」
ミヤコちゃんにお礼を言って、箱へと手を伸ばす。
えっと、開けるのは私でいいのかな?
お兄ちゃんもノスリも何も言わないから、そのまま開けた。
すると中には装飾された小さな木箱がちょこんとあって、たぶんこれが私への指輪だ。
他には書類らしきものが、束になって紐でくくられている。
そしてたくさんの本、ノート。これは確かに重いはずだよ。
私はそっと小さな木箱を開けた。
「あ……これっテ、金……カナ?」
木箱の中はとても素朴で、そこにコロンと一つ、指輪が転がっていた。
だけど、少しくすんでいるとはいえ、金でできているように見える。
恐る恐る指輪を取り出すと、陽の光を浴びてキラリと輝いた。
「たぶん金だろうな」
「ずいぶん古いものに見えるが……間違いなく金ですよ。それに、何か紋様が入っている」
指輪は宝石で装飾されたようなものではなく、ノスリの言う通り重厚で何か紋様が入っていた。
「長官の家の家紋……なわけナイか。何ダろう?」
「見たことのない紋様だな」
「……いや、これはひょっとして……」
言いかけて、ノスリは黙り込んでしまった。
何、何なの? 気になるー!




