23.タダより高いものはない
「さてと、ひと通りの流れは、報告書にて読んだので省くとして、問題はコルリ殿がドラゴンに攫われてからの話じゃのお。そもそも、なぜドラゴンはコルリ殿を攫ったのか……。今までの文献を読み漁っても、ドラゴンが街を破壊することはあっても、人間を襲ったとか攫ったという記述は見当たらなかった。それで興味を引かれたのじゃ」
先ほどの王様からの質問は、ドラゴンに攫われて怖かったかとか、食べられそうになったのかとか、興味本位なだけの質問だったから、素直に答えることができた。
だけど、長官の質問は単純なようでいて、その鈍色の瞳はとても鋭く、適当な誤魔化しはできないと告げている。
大丈夫。こういう時は下手に嘘を吐くより事実を告げればいいだけ。……途中までだけど。
「あの、これはあくまデモ私の感じたことなのデ……確かではナイんですけど……」
「かまわん。教えてくれんか」
「はい、えっト……ドラゴンはたぶん、私をたまたま見つけて、興味本位で連れていったんだと思うんデす」
「興味本位?」
「そうです。最初は私も食べられるノカと怖かったんですけど、前足で握られている時には潰れナイように気を使ってくれていたようで、だから知能もすごく高いと思いまス」
「ほう……。ドラゴンに知能があると?」
「だ、ダッテ、そのコボルト――ハクセさんにだってあるじゃないですか。だからドラゴンもただ言葉が通じないだけで……気まぐれなんだと思います。それで今までも気まぐれデ、人里にやって来たり、私を攫ってみたりしたダケで……。前足の力がゆるくて、私がすぽっと落ちちゃった時も、ドラゴンは気付いたはずなのに、振り返りもせずにそのまま飛び去っていきました。気まぐれだから、どうでもよかったのかモ……」
うう、コボルトのハクセさんも、長官と同じように鈍色の瞳でじっと見てくるからやりにくいったらない。
コボルトの能力に嘘を見抜くってなかったよね?
しかも手に持ったペンをずっと動かしている。
手元も見ずに書けるなんてすごいな。
「なかなか面白い説じゃな。では、ノスリ殿だったかね? 君はどう思う?」
「はい、僕もコルリの言う通りではないかと思います。コルリはお聞きの通り、発音にちょっと癖があると言うか……変わっているから、ひょっとしてドラゴンの耳に届いたのかなと後で気付いたんです。あの時、コルリは夕陽に向かって叫んでいましたから」
いーやー! やめて!
そんな真面目な顔して、本気な口調で「夕陽に向かって叫んでいた」なんて!
私、思いっきり痛い子じゃん!
笑って! 誰か笑って、この空気をどうにかして!
『わっはっは。どうだ? 笑ったぞ、コルリ』
「あ、ありがとう、ミヤコちゃん……」
私の強い気持ちが伝わったようで、ミヤコちゃんが笑ってくれた。
なんかもう居たたまれない。
「おや? コルリ殿はまるで、その小鳥と話をしているようであるのお」
「ハイ!?」
しまった! ついミヤコちゃんに答えてしまっていた。
ノスリやお兄ちゃんからの視線が痛い。
そうだよ。私の独り言は周囲は知っていても、長官は知らないから変に勘ぐられないよう気をつけろって言われてたのに。
そして何より、長官とハクセさんの視線が怖い。
『コルリ、どうした? この者たちをやっつけるか?』
「ダメ! 絶対ダメ!」
「コルリ殿は先ほどから何を言っておるのじゃ? まさか本当にその小鳥と話をしておるわけではないよのお? 高位の魔獣でもあるまいし」
「ハ、はい! 私、さっきもノスリが言っておりマスたが、変な癖があって――」
「コルリの独り言は昔からなのですよ、長官。発音も苦手なために、小さい頃から苦労していて……一人遊びも上手になりました。ですが、魔法学校に入学してノスリ君というパートナーを得てからは、ずいぶんコミュニケーション能力も上がったので、安心していたのですが、やはり幼い頃からの癖というのは、なかなか抜けないものですね」
「そういえば、儂のひ孫もおままごとで人形相手に何役もやっておるのお。四歳じゃが」
お、お兄ちゃん、ナイスフォロー。痛い内容だけど。
長官にとっては四歳児と同レベルか。まあ、それでいいです。
どきどきしながら、無理に笑みを浮かべたら、笑顔が返ってきた。
「とても賢そうな鳥よのお。きっとコルリ殿の助けになろうから、傍から離さぬことじゃな」
「ハ、はい! ありがとうございます!」
やった。認めてもらえた。
ほっとひと安心していると、長官は次にお兄ちゃんに笑顔を向けた。
「ところで、ヒガラ殿」
「はい」
「そなたは水管理局に勤めておるのだったかな?」
「その通りです」
「ふむ……。水魔法が得意で、学校での卒業成績は下位クラスの優だったか……。勤勉実直なのはよいことじゃが、この世の中、もう少ししたたかに生きたほうがよいぞ」
「はい?」
「それと、ノスリ殿」
「――はい」
「君は学校での成績は中位クラスの優らしいのお」
「そうですが……」
「努力が足りんのじゃないかね? それとも、手を抜いておるとか?」
「エ?」
長官の言葉に反応したのは私。
どういうこと? ノスリって、本当はもっと実力があるってこと?
だけど、ノスリはいつものちょっと不機嫌そうな顔のまま長官をまっすぐに見つめて答えた。
「何をおっしゃっているのか、わかりません。僕は今まで精一杯やってきたつもりです。でないと、高い学費を出してくれている…両親に申し訳ないですから」
「ほう、そうか……。それはすまなかったのお」
全然、すまなく思ってなさそうに言って、長官は笑った。
なんだろう、この感じ。もぞもぞする。
「儂ももっと若かったら、そなたらと共に学びたかったがなあ。実に惜しい。だがまあ、年寄りには年寄りなりに、無駄な地位と財産はあるからのお。そして有り難いことに知識と人脈もある」
そう言うと、長官はパチンと指を鳴らした。
途端にテーブルの上にぱっとひと抱えの箱が現れる。
『ほう……』
ちょっとだけ感心したように、ミヤコちゃんが呟いた。――他の人にはたぶん小鳥が鳴いたように聞こえたはずだけど。
ミヤコちゃんが感心するのもわかる。
今のは空間魔法だ。扱えるのは世界中でも一握りの魔法使いだけ。
「これをそなたたちに譲ろう。きっとこの先、役に立つだろう。中に入っているノートや本はノスリ殿に、細かい書類などはヒガラ殿に。それと、指輪が入っておるが、それはコルリ殿にだ」
「あの、とてもありがたいのですが、私どもが頂くわけにはまいりません。それに長官のご家族は……」
「それは気にせずともよい。あの子らには十分に必要なものを残す予定であるし、これはそなたたちに必要なものであるからのお。まあ、老いぼれの自己満足と思って受け取ってくれ」
長官は笑っていたけど、その顔には有無を言わせない何かがあった。
断りかけたお兄ちゃんも仕方なく座ったまま頭を下げる。
「……それでは、遠慮なく頂戴いたします。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとございマス」
何だかよくわからないけど、お土産をもらっちゃった。
ノスリも渋々といった様子だったけど、受け取ることにしたみたいだし、いいよね?
もらえるものはもらっとこう。
「ただ、最後に一つだけよいかの?」
:
きた! やっぱり、タダより高いものはないんだ!
でももう、お礼言っちゃったし。
どきどきしながら鈍色の瞳をちらりと見ると、ばっちり目が合ってしまった。
うえ? 私か! 指輪が一番高価なものだから!?
「コルリ殿」
「ハイ!」
「ここは――この国はコルリ殿の故郷。それは何があっても変わらぬことを、どうか忘れないでほしい」
「? はい、それはもちろんデス」
「ノスリ殿、そなたも苦労するだろうが、まあ頑張りたまえ」
「お言葉ですが、言われなくても頑張ります」
「ほお? まあ、せいぜい男を見せるがよい」
ノスリの言葉は生意気だったけれど、長官はにやりと笑って立ち上がった。
その間、コボルトはずっと何かを書いていてちょっと気になる。
「それでは、これで失礼する。では、達者での」
「あ、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「さようなラ」
長官は最後にミヤコちゃんに手を振って、出ていってしまった。
ミヤコちゃんは応えるように首を傾げたけれど、最後までじっと見ていたコボルトに対してはつんと横を向いた。
あれ? ちょっと意外。
それにしても、長官はいったい何を言いたかったんだろう。
これでもかってくらいに根掘り葉掘り聴かれると思ったのに、聴取もずいぶん簡単だったし……。
「っうお! 重いじゃねえか、これ!」
「ああ、本が入っているみたいだからね」
「くそっ、嫌がらせじゃないですかね?」
長官が出ていったあと、ノスリの声にはっと我に返った。
ノスリはお土産の箱を持ち上げて文句を言っている。
うん、その大きさの箱に本が詰まってるとしたら、お兄ちゃんの言う通り重いよね。
「……今度は、それを持って帰らないといけないんだね」
「んだよ! 送っていけよな!」
「う~ん、せめてこれだけでも後日届けてくれればよかったのにねえ。ノスリ君、途中で交代するよ」
「……お願いします」
はあっとため息を吐きながら、ノスリはお兄ちゃんの言葉に答えた。
あの「男を見せろ」って、こういうこと?
長官はよくわからない人だったなあ。




