21.珍獣見学
どきどきしながらお城の門を通って、さらに王城まで歩く歩く。
このどきどきって息切れなんじゃ……。
なんだかなあ、呼び出しといてこの扱い。
『我の魔法でぱぱっと進むか?』
「ありがとう、ミヤコちゃん。でもそれじゃ、ばれちゃうよ」
『ふむ。それもそうだな』
はあはあ言ってお城へと繋がる上り坂を歩いていると、肩にとまったミヤコちゃんが心配してくれた。
くそう、ノスリは息も切らしていない。お兄ちゃんも平気そうだ。
おかしい。運動不足ってわけでもなし、ノスリが特に運動しているふうでもないのに、何が違うんだろう。
だけど、馬車が通るらしい道の脇に歩道があり、お城まで続く道はとても綺麗に整えられてて、花々が目を楽しませてくれる。
まあ、最初の門から二回、検問があって、そのたびにお兄ちゃんが許可証を見せてたんだけど。
その横を立派な紋章が入った馬車が素通り。
何だかなー。わかってはいたけど、つらいな階級社会。
日本ならタクシーで入り口まで乗り付けて、領収書もらって、長官に請求してやるのに。
しかも! どうにかお城について部屋に通されたというのに、待たされた!
呼び出しといて待たせるとか。
たぶん、学校で一限分の授業は受けられたくらいに待たされたね。
そこでようやくノックの音がして、いよいよかと思いきや。
お兄ちゃんが対応して、すぐに部屋の中に戻ってきた時には困惑顔になっていた。
まさかキャンセルとか言わないよね?
「コルリ、ノスリ君、どうやら国王陛下の拝謁を賜ることになったようだよ」
「え?」
「エエ!?」
やっぱり長官だけって話だったのに、そんな……。
さすがにノスリも驚いて、ミヤコちゃんは小さく首を傾げた。
ああ、今のすごく小鳥っぽい。
『どうしたのだ? 何か困ったことか? コルリを困らせる者がいるなら、我がその者を塵と化してやるぞ』
「あ、違う違う。大丈夫。ありがとう」
いつも以上に物騒なことをミヤコちゃんが言うのは、たぶん私が変に緊張しているせいだ。
その気持ちが伝わっているんだね。
だから落ち着かないと。――って、思ったのに。
「しかも、王妃陛下と王太子殿下ご夫妻、それに第二王子殿下ご夫妻と王女殿下もご臨席されるらしい」
「それって、王族全員じゃん! 私は珍獣か!」
おっと、思わず突っ込んでしまったけど、危ない。ドラゴン語でよかった。
じゃないと、こんなところで今のを聞かれたら、不敬罪で牢屋行きだよ。
にしても、まさかこんなことになるなんて……。
ノスリは諦めたようにため息を吐いて、すっかりぬるくなったお茶を飲んでいる。
『うむ。確かにコルリは珍しいな。我と言葉が通じるのだから』
「あ、うん。そうだね……」
う~ん、やっぱりミヤコちゃんはお留守番してもらうべきだったかなあ。
言葉が通じなくても、家族の中にずいぶん馴染んでいたから大丈夫かとも、ちょっと悩んだんだけど。
学校にまた登校する前に、ミヤコちゃんの存在――肩に小鳥をのっけている姿を周知させておいたほうがいいってノスリの助言もあって、連れて来たんだけど不安になってきた。
万が一、学校で小鳥を連れてきてはいけないって先生に注意された時、王城では許されましたって言えば了承してもらえるはずだからって。
「そう心配するなって。見物人がちょっと増えたって考えればいいだけだろ? 俺たちは学校でちゃんと礼儀作法の授業も受けてんだ。授業通りにすればいいだけだよ」
「そうだよ、コルリ。確か、礼儀作法の授業では成績も優だったろう?」
「うん……そうダネ」
国の機関で働くことが前提の魔法学校では、貴族の方たちに接する機会もあるということで、礼儀作法の授業もあるんだよね。
まあ、マナーは身に着けて損なことなんてないからいいんだけど、イスカ様のような方のためにと思うとちょっと腹立つ。
もちろん、立派な方たちが多いのも知ってる。
今の王様は国民のことをしっかり考えてくださっているらしい。
税金は安くはないけど、その分けっこう還元されているんだよね。
大きな街には国の診療所があって、私たち国民でも払える金額で診てもらえる。
あとは孤児や浮浪者、盗賊がすごく少ないってことかな。
これは特に気にしていなかったんだけど、ノスリに聞いて知ったこと。
他の国はもっと治安が悪いって。
でもそれって、厄災の出現が少ないからで、ノスリの説が正しければ、ミヤコちゃんのお陰ってことだよね。
『どうかしたのか? コルリは緊張とやらをしているのか?』
「ううん、大丈夫だよ。だって、ミヤコちゃんが傍にいてくれるもん。それにお兄ちゃんとノスリもいるからね」
『ふむ、そうか』
私の不安をミヤコちゃんに悟らせてはダメだ。
たまに物騒なことを言うミヤコちゃんが、冗談ではなく本気なのはわかってるから。
しかも、それをきっと難なくやってのけるんだろうなあ。
ミヤコちゃんは友達。だけどドラゴン。
私たちの――人間社会の常識を教えるっていうのは、すごく傲慢なことで、本当は自由に考えて自由に生きてほしいとも思う。
だって、私が生きていられるのは、それこそ長くてもあと七十年で、それはミヤコちゃんにとってお昼寝の時間と変わらなくて。
たぶん前にノスリが言っていた、七十年前の厄災はミヤコちゃんのことだよね?
だから、私がいなくなってもミヤコちゃんが寂しくないように、いっぱいお友達ができればいい。
それでも、人間に利用されてほしくない。
ああ、もう難しいなあ。
『……コルリ、我はコルリが好きだ。だが、コルリが言葉が通じるからというだけではない。コルリだから好きなのだ。だから心配はいらぬ』
「ミヤコちゃん……」
失敗だ。どうやら私の考えは筒抜けだったらしい。
ミヤコちゃんに余計な心配をかけて、余計な気を使わせてしまった。
「ありがとう、ミヤコちゃん。私も大好きだよ」
『うむ。我は知っているぞ。友情に時間は関係ないのだ。コルリは出会って間もないが、我の親友なのだ』
「うん! そうだね!」
純粋無垢でまるで子供のようなミヤコちゃんは、やっぱり大人で。
私が心配することなんてなかった。
ああ、ミヤコちゃんが女の子で本当によかった。でないと、もう恋なんてできないところだったよ。
「ミヤコちゃん、大好き!」
『うむ、我も大好きなのだ』
もう一度、友情を確かめ合っていたら、またノックの音がして、今度こそ私たちを呼びにきた侍従の人だった。
そうだった。これから国王陛下と王族の方々にお会いするんだった。
うん、すっかり緊張も解けた。
大丈夫。こっちだって、珍獣を見る気分で臨んでみせるんだから!




