19.勝手にフェニックス
「お前なあ、キュウビはかなり高位の魔獣だぞ? 場合によっては、厄災認定されるくらいだ。コルリの力じゃ無理だってすぐにばれるだろうが」
「まあ、そうだヨネ」
ノスリに突っ込まれて、頷くしかない。
ミヤコちゃんのキュウビ姿は絶対神々しくてかっこいいに決まってるのに、もったいない。
「そもそも、どうしてコルリはキュウビがいいと思ったんだい? ミヤコちゃんがそう言ったとか?」
「ううん、ちがうノ。ただ、ミヤコちゃんの今の姿がとっても綺麗で可愛いから、人間に変身できる魔獣だと、このまま一緒にいられるなあって思っただけ」
「ああ……」
「そうか、魔獣だとこの家でくらいしか、人間の姿にはなれないもんなあ」
二人とも私の言葉には納得してくれたみたい。
可愛いは正義! もったいないもんね。この姿を隠しちゃうのは。
「ドラゴンの姿も恐ろしくもあったが、気高く崇高で……それを醜い魔獣に姿を変えるのはどうにも憚られるな」
「チビドラゴンも可愛かったよね」
予想外なノスリの言葉に、お兄ちゃんが昨晩のことを思い出してか、くすくす笑う。
うん、チビドラゴンは可愛いんだよ。大きさが違うだけなのに不思議。
「でも、もう今知られている魔獣に縛られることはないんじゃないですかね?」
「ひょっとして、新種の魔獣を適当に作り出すってこと? それはそれで、魔法使いたちの研究の対象になるんじゃないかな?」
「そうか……」
「それじゃあ、鶴の恩返しでいいんじゃないかな?」
ノスリの提案にお兄ちゃんが残念そうに答えた。
それから二人は考え込んじゃったけど、私はいいことを思いついた。
それで声を上げたけど、どうやらドラゴン語で話していたみたい。
『コルリ、ツルのオンガエシとは何ぞ?』
「あ、えっとねえ……むかしむかしの物語なんだ。困ってた鶴っていう鳥を助けた人間が、その鶴にお礼をしてもらうって話。あとで詳しく話してあげるね」
『うむ。楽しみにしておるぞ』
ミヤコちゃんは物分かりがよすぎる。いや、有り難いけど。
それから、訝しげな顔をしている二人にきちんとした説明を始めた。
かくかくしかじかで、とかなり端折る。
「――だからネ、要するに、ミヤコちゃんモ、ドラゴンに攫われてた魔獣ってことにしたらどうかト思うんだ。それで森に落ちて、偶然一緒に助かっただけの私のことを命の恩人だと思タって。それで魔法使いたちも手を出せないほどに魔力は強いけど、私とは仲良しでって……ずうずうしいかな?」
「う~ん、それは無理かな。それなら、コルリに命じて研究させるようにすればいいだけだからなあ」
「そうですね。そうなるとコルリの自由を奪われてしまうことになる。やっぱりミヤコちゃんのその姿は、この家だけにしてもらって、外では何か……たとえ新種でも魔法使いたちが見向きもしないような弱い魔獣にしたほうがいい」
私の意見は残念ながらまた却下。
そうか。所詮、私は魔法学校生。いや、学生じゃなくても国王陛下や偉い人の命令には逆らえないもんね。
ここは個人の人権が認められていた日本とは違う。
「ごめんね、ミヤコちゃん。せっかく自由に暮らしていたのに、私たちの都合でミヤコちゃんには不自由な思いをさせちゃう」
『むむ? 何を言っておるのだ? 我は別に自由も不自由も感じたことはないぞ。我はただコルリの傍におることができればいいのだ。皆がこうして賑やかにしているのを見るのは楽しいぞ』
「……そっか。うん、ありがとう」
『はて? お礼を言うのは我のほうだ』
ああ、ダメだ。なんだか泣いてしまいそう。
たまらなくなって、ミヤコちゃんをぎゅっと抱きしめると、ミヤコちゃんは『これ、苦しいぞ』とか言いながら嬉しそうに笑っていた。
「……もうさ、いっそのこと普通でいいんじゃないかな?」
「普通?」
「ミヤコちゃんが人間の姿になるのは、やっぱりこの家だけと割り切って、わざわざ魔獣にならなくても、普通に何か……小鳥とかに変化してもらってさ、森でコルリになついたってことにすれば? コルリがたまに一人でぶつぶつ何か言ってるのはいつものことだし、その相手が小鳥でも、今さらみんな驚かないだろ?」
「エ? 事実だケド、ノスリひどい!」
「ああ、確かに……最悪、ドラゴンに攫われた後遺症ってことにすれば――」
「お兄ちゃんモ、ひどい!」
文句を言いながらも、それもいい案かもと考える。
魔獣じゃなくて、普通の小鳥なら魔法使い――魔法長官も特に気にしないだろうし、最悪もし陛下に謁見することになっても、ちょっと変な子扱いで終わるかな。
そもそも国王陛下は何のために私に会うの? どう考えても物珍しさだよね。
うーん、でも小鳥か……。
ミヤコちゃんは最初、ピーチク鳴く鳥ではないって否定してたしなあ。
とはいえ、不死鳥――フェニックスってかっこいいよね。もちろんドラゴンもかっこいいけど。
「そもそも、どうしてノスリ君は小鳥がいいと思ったんだい? 他にも小動物はいるだろう?」
「いや、何となく森だし、木だし、ミヤコちゃんがコルリの後をついて回るのが、雛みたいで……」
「確かに、ミヤコちゃんはコルリを親鳥と認識した雛みたいだよねえ」
「それに学校の銅像を思い出したんです」
「ああ、そういえばあったね。過去の偉大な魔法使いの銅像の中に、肩に小鳥乗せてるおじさんの像が」
「あれ、なんか微妙ですよね。おっさんに小鳥って。他はみんな魔法書を持ってたり、使い魔を足元に侍らせているのに」
「チョット! 勝手に話を進めないデ! ちゃんと、ミヤコちゃんの意見も訊かナイと」
「ああ、そうだね」
「すまん」
私もあの銅像のおじさんは微妙だと思ってたけど、小鳥なら肩にいっつもいても重くないし、可愛いし、いいかも。
あとはミヤコちゃんの意見だ。これが大切。
「ねえ、ミヤコちゃん」
『うむ、何だ?』
「あのね、これから私が学校に行く時とか、ずっと一緒にいるためには、今の人間の姿じゃなくて、他の動物に変身してもらわないといけないんだけど。……いいかな?」
『もちろん、かまわない。コルリと一緒ならば、我はカナブンにでもなるぞ』
「いえ、それはけっこうです。って、虫はさすがになくてね、その、前に言ってた……小鳥でもいいかな?」
『む? あのピーチク鳴く鳥だな? うむ。コルリと一緒にいるのならかまわんぞ。どんなのがいい? ロック鳥か?』
「いやいやいや、ちょっと待って。それ、確かすごく大きいから。あー、でもねフェニックスとかかっこいいと思うんだよね。フェニックスの雛とか?」
『フェニックス……とはどんな鳥だ?』
「うーん……それを訊かれると困るんだよねえ。赤紫……いや、虹色? 尾は長くて、鶏冠があって……でも可愛いのがいいなあ……」
お兄ちゃんとノスリは、ミヤコちゃんと会話している間はずっと黙っていてくれる。
そして、ミヤコちゃんは私がぶつぶつ言っていると、しびれを切らしたのか、私の手を握った。
『コルリ、説明はよいから、そなたの頭の中で想像してみてくれ。我はその姿に変化しようぞ』
「え? 本当に? うわ、責任重大だ……ちょっと待って……よし、どうぞ」
すごいことをミヤコちゃんは簡単に言ってのけたけど、細かいことは気にしない。
だって、ミヤコちゃんはこの世界で一番魔力が強いって言われるドラゴンで、この世界はファンタジーに溢れているから。
フェニックスって、言い伝えではどうだったかな……。
私の頭の中で想像したフェニックスの雛は、ヒヨコをベースに、尾はバラ色と青色が混じった少し長いもの。首の周りには金色に輝くふわふわの羽毛で頭の上にはクジャクのような鶏冠。体は薄紫かな?
目を閉じて想像していると、ミヤコちゃんの声が聞こえた。
『コルリ、これでどうだ?』
「……か」
『か?』
「可愛い!」
抱きしめたいけど、小さすぎて、抱きしめたら潰れちゃう。
私、頑張った! 想像力を駆使したよ!
私的フェニックスの雛になったミヤコちゃんは、それはもう可愛い手のひらサイズの小鳥になっていた。




