18.九尾とか
「コルリ!」
「あ、お兄ちゃん、お帰り。今日も帰れたんダネ」
「ああ、特別休暇をもらったんだ……って、そうじゃなくてな――」
帰ってきたお兄ちゃんは、ちょっと焦ったように部屋に入ってきた。
そして何か言いかけて、ノスリに目を止めてぴくりと眉を動かす。
「お兄ちゃん、何ナノ?」
「あ、ああ。……詳しい話は僕の部屋でしよう。そちらのほうが広いからな」
「うん、わかタ。――ミヤコちゃん、お兄ちゃんの部屋に行こう。お兄ちゃんの部屋はね、珍しい物があって、おもしろいよ」
『珍しい物? ふむ、興味深いな』
確かに私の部屋はベッドと勉強机でいっぱいで、四人は定員オーバーだよね。
ほとんど家に帰ってこなくなったお兄ちゃんは部屋を交換しようかって言ってくれたけど、必要ないしねえ。……面倒だってのが本音だけど。
お兄ちゃんの部屋はベッドと勉強机、大きい本棚に三人は座れるソファが置いてあって、昨日はお兄ちゃんがソファで寝たらしい。
それについてはちょっとしたひと悶着――遠慮合戦があったようだけど、まあそれはどうでもいい。
ミヤコちゃんは生まれたての雛みたいにぴったり私にくっついてるので、お客様のノスリには申し訳ないけど、私とミヤコちゃんがソファに座って、ノスリは運び直した椅子に座った。
そしてお兄ちゃんはベッドに腰かける。
その前に、お兄ちゃんは赴任先で買ってきた綺麗な石や不気味な――変わった人形、見たことのない動物の置物などを小さなテーブルの上に置いた。
すると、ミヤコちゃんは石を手に取って光にすかしたり、人形を振ってみたりする。
どうしよう。本当はこんなこと思っちゃダメなんだけど、なんだか小動物みたいで可愛い。
それはお兄ちゃんもノスリも同様らしく、ミヤコちゃんを見る目がとても優しくなってる。
昨日の警戒していた態度とは大違いだ。
「それデ、お兄ちゃん、何があったノ?」
「あ、ああ、そうだったな」
いつまでもミヤコちゃんを見ていたい気持ちを抑えてお兄ちゃんに訊くと、二人とも気まずそうに笑った。
うん、仕方ないよ。ミヤコちゃんはドラゴンだとは思えないくらいに可愛いからね。
「それが、コルリの無事を報告に行ったんだが、やはりドラゴンに攫われて戻ってきたなど奇跡だからな。あっという間に話が広がって、どうやら長官にまで伝わったらしい」
「長官っテ、まさかノ魔法長官?」
「うん、その通り。どうやら伝達魔法を使って誰かが長官に知らせたらしいね。それで、長官がコルリに会いたいとおっしゃっているんだ」
「エエ? 長官が!? 魔法長官って、この国の魔法使いの中デ一番偉い人だよネ?」
「そうだよ。しかも、さらに……」
「何? 何かあるノ?」
「国王陛下ともお会いすることになるかもしれない」
「うええ!? 嘘! そんなの無理!」
『どうした、コルリ。何が無理なのだ? 困ったことが起こったのなら、我が力になるぞ』
あまりの衝撃に、どうやら私はドラゴン語で叫んでいたみたいで、ミヤコちゃんが怪しい人形を握ったまま、頼もしいことを言ってくれた。
その人形、気に入ったんだね。
「えっと……大丈夫だよ、ミヤコちゃん。ちょっと驚くことがあっただけだから。それよりも、ミヤコちゃんは退屈じゃない? わからない言葉で話しちゃってごめんね?」
『気にすることはないぞ。我はコルリが隣にいるだけで満足である。それに友達のノスリがいて、お兄ちゃん…までいるのだから、それだけで……嬉しいのだ』
「ミヤコちゃん……」
ミヤコちゃんは答えながら俯いてしまった。
それでも恥ずかしいのか、手に持った人形がぐにゃぐにゃと歪められている。
どうしよう。きゅんきゅんが止まらない。
「コルリ、大丈夫か? お前、顔がやばいことになってるぞ?」
「ええ!? ノスリひどイ!」
「そうだね。ノスリ君、たとえ事実でも言っていいことと悪いことがあるよ」
「お兄ちゃんも何気にヒドい! だってミヤコちゃんが、退屈してるんじゃナイかって心配したラ、私や友達のノスリ、お兄ちゃんと一緒にいるだけで嬉しいって言うんだモン。もう、可愛いでしょ!」
「お、おう。そうだな……」
「お兄ちゃん、か……」
私の萌えを訴えると、二人とも納得したらしい。
二人とも十分、顔がやばいことになっているよ。
その間もミヤコちゃんはじっと私たちを観察している。
私たちが話している時は邪魔しないようにしているみたい。本当にすごくいい子だ。
「と、とにかく、コルリが国王陛下に拝謁を賜るかもしれないってことですよね?」
「あ、うん。そうなんだ。今は、コルリは熱を出して寝込んでいると上官に報告しているので、時間は稼げるが……。ここまでくると、念入りに打ち合わせをして辻褄を合せないと、ばれた時にやばい」
「首を吊ることになるでしょうね」
「ヤダ! ノスリ、怖いコト言わないでヨ!」
「じゃあ、いっそのこと本当のことを話すか?」
ノスリの言葉に恐怖がこみ上げてくる。
簡単に考えてミヤコちゃんを連れて帰っちゃったけど、大事になっちゃったよ。
このままだと家族を巻き込んでしまう。
でも……。
ノスリの問いかけに、私たち三人はミヤコちゃんを見た。
視線に気付いたミヤコちゃんは、どうしたの? とばかりに首を傾げる。
「……ダメだ。絶対にダメだ。そんなことをしたら、コルリもミヤコちゃんも国にいい様に利用されてしまう」
「そうですよね……」
お兄ちゃんは力強く否定して、ノスリもはっきりと頷いた。
うん、そうだよね。
私は最近、軍に入ることもぼんやり考えていたからいいけど、ミヤコちゃんだけはダメ。
「コルリについては、一晩で歩いて帰ってくることができる距離を考えて、チョウライの森でドラゴンから逃れ、幸い木に引っかかって助かったということにしてあるんだ」
「ああ、確かにそれが一番無難ですね。あの森なら背の高い木も多いし、狂暴な魔獣もいないはずだから」
「うん、わかタ。星を見て、方向を知ることも私はできるカラ、それで家を目指したってことにスル」
王都から西に延びる街道の少し先にあるチョウライの森なら、確かにミヤコちゃんが飛んでいった方向とも合ってるから不自然じゃない説明だ。
森を抜けるのに時間が少しかかって、街道から戻るには人通りがない時間になっていたってことだね。うん。
「それで問題はミヤコちゃんの設定だ。言葉が話せるなら同じ攫われた人間で通るんだが、二人の会話を聞いていても、どうにも……人間の言語には聞こえない。王城には何ヶ国語も操れる賢者が何人もいるはずだから、未知の言語となると、なぜコルリが話せるのかって問題になるしなあ」
「そうですね。俺も数ヶ国語は知っていますが、やはりそれらとは全然違う」
「エ? ノスリ、数ヶ国語も話せるノ?」
「……話せるとは言っていない。知っているだけだ」
「あ、なるほド」
そういえば、ノスリの出身国ってどこだっけ?
前に聞いたんだけど、忘れちゃったな。とにかく遠いってことだけは覚えてる。
「やはり、ノスリ君の提案通り、魔獣ということにするのが一番なんだろうが……問題は何にするかなあ……」
「魔法で縛ることによって、魔獣の言語を操れるようになるのは稀にいるらしいが……それって、かなり高位の魔法使いと魔獣での間のことだったはずだから……。それを学校で中位クラスのコルリがってのは、怪しくないですか?」
「う~ん、そうなんだよなあ。やっぱり人前では、コルリとミヤコちゃんが会話をしないっていうのが一番か……」
二人の話を私もおとなしく聞きながら考える。
ドラゴンの時のミヤコちゃんの声は頭の中に直接聞こえてきたんだけど、今はミヤコちゃんも声を発しているから、みんなにも聞こえているらしい。
ただ意味がわからないだけで。
ひょっとして魔獣に変身してもらえば、またミヤコちゃんは念話ができるのかもしれないけれど、私が声を出さない自信がない。
ただでさえ、今まで一人でぶつぶつ怪しい言語を口にしていたらしいし。
それに、この可愛い姿を魔獣に変えちゃうってのも惜しいよねえ。
ドラゴン以外に人間に変身できる魔獣っていなかったかなあ。
日本の化け狐みたいな……。
「って、そうだ! 九尾だ!」
『キュウビ? そういえば、そんな小物がおったな』
私が思わず叫ぶと、ミヤコちゃんが反応した。
そうそう、この世界でも確かキュウビって魔獣はいるんだよ。
この国にはいないけど、確か遠い国に。授業で習ったもん。……全然、小物じゃなかったけどね。
「ミヤコちゃんは、キュウビを知っているの?」
『ふむ。直接出会ったことはないが、知識として知っているぞ。昔、かなり暇だったので、住処をしばらく離れて、世界中を旅したことがあったからの』
「へ~、そうなんだ。世界中だなんて、さすがだねえ」
それはさぞかし当時の人々は戦々恐々としただろうな……。
ひょっとして、世界中でドラゴンが一番恐れられているのって、その旅での出来事が原因なんじゃ……。
そうは思ったけど口には出さず、ミヤコちゃんににっこり笑いかけると、ちょっと自慢げな笑みが返ってきた。
褒められるのも嬉しいみたいだなあ。
「ねえ、お兄ちゃん、ノスリ。ミヤコちゃんはキュウビってことにしたらダメかな」
「ダメだろ」
「それは無理だなあ」
私の提案は二人にすかさず却下されてしまった。残念。




