17.いつもと違う朝
翌朝、眩しい光に目を開けた私は、すぐに視界にはいった美しい顔にぎょっとした。
いつの間にビスクドールが!?
一瞬、ホラーかと思って、すぐに昨日の出来事を思い出した。
そうだ。目の前の美しい顔はミヤコちゃんだ。
ただミヤコちゃん、瞬きはしようよ。瞬きなしで目の前でじっと見つめられたら怖いからね。
「おはよう、ミヤコちゃん」
『……おはよう? コルリ。もう起きるのか?』
「うん。ちょっと寝坊しちゃったみたい。……ひょっとしてだけど、ミヤコちゃんはずっと起きてたの?」
『うむ。コルリの寝ている顔を見ているのは楽しかったぞ』
「え!? 私、そんなに変な顔をしていたの!?」
『変な顔? どうかな。たまに難しそうな顔をしたり、何かもごもごと呟いてはおったが……』
「ああ、そっか……。うん、ごめんね。待たせちゃって。じゃあ、起きようか」
ベッドから起き上がると、ミヤコちゃんも同じようにベッドから出た。
それからミヤコちゃんには昨日と同じワンピースを渡して、私も着替える。
その間に精一杯自分で着ようとしたミヤコちゃんだったけど、惜しい。
ボタンを掛け違えてる。
『すまぬな』
「ううん、いいの。気にしないで。昨日の今日で、ここまでできるようになるなんてすごいよ。ボタンの掛け違いなんて、アトリはよくするし」
私たちが起きた物音を聞きつけてか、おばあちゃんがノックをして部屋へと入ってきた。
その手には洗面器があって、顔には困惑が浮かんでいる。
「やっぱり予想通り、お店には噂を聞きつけてお客さんがいっぱいやって来ているんだよ。近所の人は心配して裏口から訪ねてくるし、今日はもう一階には降りてこないほうがいいよ」
「そっか、ウン。わかった、ありがトう」
もう一つ洗面器をセッカが持ってきてくれたので、顔の洗い方をミヤコちゃんに教えてあげていると、今度はお母さんとアトリがご飯を持ってきてくれた。
西洋風にベッドで朝食を、なんてできるわけもなく、勉強机にご飯を置いて、お兄ちゃんの部屋からもう一つ椅子を持ってきて、ミヤコちゃんと一緒に食べる。
『今日は二人だけなのだな』
「朝はけっこうみんなバラバラかな? お父さんとお母さんはすごく早いし、私は学校があるから普段はバタバタしてて……。でもできる限り晩御飯はみんな一緒に食べるからね」
『そうなのか』
ミヤコちゃんは難しい顔をして頷いたけど、椅子の下で足が嬉しそうに揺れている。
お行儀悪いけど、可愛いから今は大目にみよう。
お兄ちゃんはもう役所に出かけていて、ノスリは学校に行ったとか。
うん、もうお昼前だもんね。
だけど、ご飯を食べ終わった頃になって、ノスリがやって来た。
「どうしたノ? 学校は?」
「学校はほら、体育館が壊れているし、校舎も一部使えないから、休校になった。数日は休校だな。ひと通りの調査を終えてから、再開するらしい」
「あ、ああ……」
そういえばそうだ。
体育館は潰れちゃったし、屋上のフェンスも壊れたもんね。
「俺は、昨日の状況をかなりしつこく聴かれたから遅くなったけどな」
うんざりしたように大きく息を吐き出したノスリの顔は疲れて見えて、さっきの「しつこく聴かれた」ってことがよほどだったんだなと申し訳なく思う。
「ごめんネ、ノスリ」
「何でお前が謝るんだよ。お前のせいじゃ――もちろん、ミヤコちゃんのせいでもないぞ」
言いかけたノスリはじっと見られていることに気付いたのか、ミヤコちゃんににっこり笑いかけた。
すると、ミヤコちゃんはぱあっと顔を輝かせる。
うわあ、美少女の笑顔は破壊力がすごい。
ノスリもうっと一歩引いて、私に視線を戻した。
はいはい。平凡な顔を見ると落ち着くよねー。
たぶん、ミヤコちゃんは昨日の夜からずっとむっとしていたノスリの笑顔が嬉しかったんだな。
「ミヤコちゃんはネ、もうノスリのこと友達だって思ってるカラ。いいよね?」
「お、おう。友達っつうか、妹みたいな気がするな……うん」
あ、今ノスリは妹さんのことを思い出したんだな。
確か十歳とか言ってたから近いもんね。見た目年齢は。
昨日は胡散臭そうに見ていたのに、今は守らなきゃって顔になってるよ、ノスリ。
「あ、ごめん。ノスリ座って。立たせたままで、ごめんね。私、一階に下りない方がいいから」
「ああ、ご近所さんがなんか押しかけてるみたいだな」
私が椅子から立ち上がってベッドに腰かけると、ミヤコちゃんもすぐに私の隣にちょこんと座った。
うう、ダメ。耐えろ、私。どんなに可愛くても耐えるんだ。
ノスリはどちらの椅子に座ろうかと一瞬迷って、お兄ちゃんの椅子に座った。
うん、ピンク色のクッションは嫌でしたか。
「ノスリ、ご飯は? 何か用意してもらおうか?」
「いや、お前のお母さんが用意してくれるって。なんか、悪いよな……」
「そんなことないよ。うちはこんなんだし、気にしないで。まあ、メインはパンだけど」
私が自分で用意できないのは残念だけど、お母さんがすでに用意してくれてるのか。
さすが。ちなみに私は料理はそれなりにしかできない。
ついでに言うなら、和食――日本料理なるものも一切できない。
特に食べたいとか、懐かしいって気分にもならないしねえ。
そして私は、お父さんとお母さんの焼いたパンが大好きだ。朝昼晩、パン、万歳。
「それよりも、コルリ。お前も近々聴取されるぞ」
「エ?」
「俺よりもたぶん念入りに、しつこく、お偉方に」
「聴取っテ、事情を聴かれるってコト?」
「ああ、本当は今日にでもって話だったらしいけど、今は熱を出して寝込んでるってことになってるからな。さっきヒガラさんに会ったら、そう言ってた。ヒガラさんももうすぐ帰ってくるはずだよ」
「そっカ……」
なんだかちょっと怖いな。当然と言えば当然なんだけど。
でも別に、拷問とかされるわけじゃないし……ないよね?
「コルリ、心配なのはわかるけど、今はとにかくミヤコちゃんのことだ。しっかり辻褄合わせとかないと面倒なことになるだろ」
「う、ウン」
嫌な妄想をしていたら、ノスリにちょっと厳しく言われてしまった。
そうだ。その通りだ。
ミヤコちゃんはノスリの言葉から自分の名前らしい発音を聞き取ったのか、私へと「何?」って感じで首を傾げてみせた。
うん、ミヤコちゃんを守らないとね。




