103.怒ってないよ
『コ、コルリ?』
「何、アウル?」
『火鼠の皮衣とは……』
「その火ネズミの皮を剥げばいいんじゃないかな? 火の中にくべても燃えなくていいんだって」
『そ、それはそうなのだろうが……』
『コルリが望むのなら、我がこやつの皮を剥いでやるぞ』
『やめてください! ごめんなさい! もうしませんから!』
「コルリ、何があったのかはよくわからないが、ひとまず落ち着け」
「ノスリ? 何のコト?」
「お前がその笑顔のときには、すげえ腹を立ててるってことだろ? 怒りは判断を誤るぞ」
むむむ。ノスリが言う笑顔ってどんなの?
気にはなるけど、腹を立ててるのはノスリの言うとおりだから、ここはひとまず落ち着こう。
驚いてるアウルから暴れる火ネズミを見て、それからミヤコちゃんに感謝の笑みを向ける。
「ありがとう、ミヤコちゃん。皮を剥ぐかはとりあえず保留にするね」
『うむ。わかったのだ』
ミヤコちゃんが頷くと、火ネズミはぺたりと力を抜いて動かなくなってしまった。
よくみると目を閉じてるし、何かの魔法を使ったのかな?
とにかくダイニングに向かおうとして、権兵衛とジャッキーが私を変な目で見てた。
「何? どうかした?」
『コルリは怒らせると恐ろしいな』
『吾輩は気をつけるようにする』
「やだなあ。ジャッキーには怒ってないよ。むしろ感謝してる。火を消してくれてありがとう」
『と、当然のことであるから気にするでない』
『コルリ、俺様は……?』
「忘れてた伝言のこと、ちゃんと聞かせてくれるかな?」
にっこり笑顔で訊いたのに、権兵衛はのけ反った。
何なの? 私は笑顔ですけど。
『お、俺様はただ伝言を受けただけだそ? 火の王がコルリに会いに来るようにと言っていたと。だが、こうして火の王がここにいるということはもうよいな? では、さらばだ!』
「あ、権兵衛!」
言い逃げだよ。
別にそこまで権兵衛には怒ってないのに。
ただもう少し早く伝えてほしくはあったけど、権兵衛に期待しても無駄だからね。
「火の王様はジャッキーや権兵衛みたいに人型じゃないんだね」
「いや、それはミヤコが無理矢理に炎の中から引きずり出したからだろう。普段は人型にもどのような姿にもなれる。ドラゴンはどの魔法も規格外なほど強力に操れるが、ミヤコの場合は特に火属性だからな。火の王はミヤコの眷族でもあるのだ」
私のふとした疑問に、アウルはお父さんたちにもわかるように答えてくれた。
ミヤコちゃんやジャッキーにはわざわざ説明する必要もないからかな。
当の火の王様はテーブルの上で意識を失ってるのか、ごろんって仰向けに転がってる。
そんな火ネズミな王様にジャッキーは大きな水泡を押し付けて遊んでるよ。
「あら、風の精霊王さんは帰ってしまわれたのね」
「あ、ウン。用事を思い出したみタイ」
「それは残念ねえ」
お母さんはそう言いながらおばあちゃんと一緒にみんなにお茶を淹れてくれた。
相変わらず呑気なお母さんとは違って、お父さんは何か真剣に考えてる。
さすがにお店が火事になったのはつらいよね。
能天気なお父さんにこんな顔をさせるなんて、それもこれもこの火の王様のせいだよ。
意識がないらしい火の王様はそれでも水泡から逃れようともがいてるけど、気の毒になんて思ってあげないんだから。
「おじさん、今度のことは非常に残念です。ですから、僕も再建に協力させてください」
「ダメだよ、ノスリ。ノスリはチャムラカ王国へ帰っテ、やらないといけナイことがいっぱいあるんだカラ」
「そうだよ、ノスリ君。気持ちはありがたいけど、みんながノスリ君を待っているんだから。私たちも店を再建できたらすぐにあとを追うよ。手伝えなくて悪いね」
「そんな、ヒガラさんが謝罪なさる必要はありません。今までも十分にしてくださったんですから。やはりこれ以上甘えるわけには――」
「よし、決めた!」
「……お父さん?」
ノスリの気を遣ってくれた言葉から、私だけでなくお兄ちゃんも大丈夫だって言って押し問答。
遠慮しすぎなんだよ、ノスリは。
チャムラカ王国の復興にすぐに手を貸せないのは申し訳ないけど、ノスリは自分のことを優先させるべきだからね。
って言おうとしたら、お父さんが膝を叩いて立ち上がった。
今度は何だろう。
こういうときのお父さんは何か面白いことをしようとしてるんだよね。
「この際だから、みんなでノスリ君の国へ移住しよう!」
「へ?」
「あら、素敵」
「名案だねえ」
「確かにいいね」
お父さんは高々と宣言したけど、これまた予想外だよ。
だけどお母さんもおばあちゃんもお兄ちゃんまでも簡単に賛成した。
ああ、うん。そうだよね、そうなるね。
「ち、ちょっと待ってください! そんな、そんな簡単に決めてもいいんですか!?」
「ああ、そうか。ノスリ君の国が受け入れてくれるとは限らないもんなあ。人口も減ってるって聞いたから安易に考えてしまったけれど、やはり何か特別な許可がいるのかい?」
「いえ、それは……特に今は必要ありませんけど、そうではなくて、この国を――祖国を離れることになるんですよ?」
「祖国と言ってもなあ……。住み慣れた土地は離れたばかりだし、ここにはそこまで愛着もないからなあ。それよりもノスリ君の国は人手が多いほうがいいだろう? 何せコルリまで連れて行きたいってくらいだからな」
「それは……」
「お父さん、その言い方はヒドイ。私だっテ、少しは役に立てるヨ!」
驚くノスリにお父さんがあっさり答えたまではいいよ。
これは予想内だから。うん、お父さんだからね。
でも私のことをそんな役立たずみたいに言わなくてもいいと思うんだ。
意地悪い笑顔なんか浮かべちゃって、ノスリだって困ってるよ。
「ノスリ、もう諦めタほうがいいヨ。これはもう決定事項だカラ」
「うんうん。ノスリ君、ちょっとばかり気苦労をかけるかもしれないけれど、これからも家族みんなをよろしくね」
「私も……ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「そんナノ、当然だヨ!」
「そうだよ、ツグミさん。わざわざ訊くまでもないことだから……って勝手に決めてしまってごめんね」
「いいえ! 嬉しいです!」
ノスリの背中をぽんぽんと叩いた。
もうそろそろうちの家族のことは諦めてね。
お兄ちゃんも笑いながらノスリに手を差し出して握手を求めた。
すると、ツグミさんが遠慮がちに言うからびっくり!
もう家族だってさっきお父さんたちも言ってたんだから、気を遣わなくていいのに。
というか、勝手に移住を決めちゃってごめんだけど、ツグミさんは本当に嬉しそうだからいいか。
ミヤコちゃんはアウルから聞いたみたいで、私たちを見回すと嬉しそうに笑った。
可愛いなあ、ほんと。
目の前の火ネズミ王様のことは忘れてる気がしないでもないけど。
さてと、後の問題は引っ越しの準備と火の王様。
火の王様は未だに水泡にぐいぐい押されて苦しそうにうなされてる。
ジャッキーってば、意地悪だな。




