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2-12.夜と朝

(今、何時くらいだろう?)

 ソファの上に横になって、天井を見上げながら少年はボンヤリと思った。


 相変わらず、お嬢さま……いや、()()()()()()()()()()()()()は、鍵のかかった部屋の扉をぽとっ、ぽとっ、ぴちゃ、ぴちゃ、と叩き、「ルッグ、開けて」と弱々しく言い続けていた。


 しかし何故(なぜ)か分からないが、部屋の外にいるだろう黒い粘液状の怪物たちが隙間から侵入して来る気配は無かった。


(僕は、ずっと閉じ込められたままなのか?)


 どろどろした怪物だらけの屋敷で、なぜかここだけは安全らしい喫茶室に一人取り残されて、外に出ることも出来ず、餓死してしまうのか?

 ルッグは力なく立ち上がり、何か食べるものは無いかと、部屋中を物色して回った。


 廊下から聞こえる声は、できる限り意識しないように努めた。

「聞こえない、聞こえない、聞こえない」と(つぶや)きながら、食器棚を(あさ)り、本棚を漁り、書きもの机の引き出しを漁った。


 菓子の一片(ひとかけら)も、一滴の水も見つけられなかった。


 ルッグはソファに、どさりと体を投げ出し、両手で顔を覆った。

 早くも、生存の意思が(くじ)けそうになる。

(いっそ、あの扉を開けて怪物どもの餌食(えじき)になったほうが、せいせいするかも)

 半べそ顔で、鍵をかけた部屋の出口を見ながら思った。

(こんな所で、たった一人でじわじわ餓死するのを待つよりは、いくらか()()かも知らん……)


 もう一度、ソファの上にゴロンと横になった。

(やっぱり飢え死には嫌だ。どろどろした(くさ)い怪物に食べられるのも嫌だ……)


 少しでも体力を温存しようと、ソファの上でジッと横になって目を閉じた。

 そして、いつの間にか眠ってしまった。


 * * *


 目を覚ますと、夜になっていた。

 部屋の中は真っ暗で、何も見えなかった。


 相変わらず、扉の向こうからは「ルッグ……開けて」という声が聞こえていた。

 その声の方向と記憶を元にして、いま自分が居る場所を頭に思い描いた。


(そうだ。ここは喫茶室で、僕はソファの上に横になっている)


 自分の居場所が分かると、少しだけ安心できた。前も後ろも右も左も上も下も分からないまま真っ暗闇の中で怯え続けるよりは、水も食料も無い部屋に自分は閉じ込められていると分かったほうが()()だ。

 少し安心して、目を閉じた。

 また、いつの間にか眠っていた。


 * * *


 最初に感じたのは尿意だった。

 目を開けた。

 部屋の中は明るく、広いガラス窓を見ると霧は大分(だいぶ)薄れていた。完全に晴れたわけではなかったが、それでも庭の様子が分かる程度になっていた。


 尿が()まって、膀胱が張っていた。しかし、部屋の外へ出る訳にはいかない。仕方なく、食器棚にあった大きめの水瓶(みずがめ)を部屋の隅に持って行って用を足した。


 ひとまず生理的欲求が収まり落ち着いて、初めて、部屋の外が静かになっていることに気づいた。

 ミイルン(あるいはミイルンに似せた()())の「開けて」という声が聞こえない。


 そうっと扉に近づいて、耳を当てた。

 扉板の向こう側、廊下は、しんと静まり返っていた。


(誰も……何も居ないのか? 怪物は……)


 外へ出てみようかと一瞬迷ったが、結局その勇気も無く、日中ずっと部屋の中で何もせずに過ごした。

 そして日が沈み、窓の向こうの世界に闇が降りると同時に、()()()()()()()()()()()()


 ルッグ……開けて……と。


 少年は、昨日の夜と同じように耳を塞ぎ、目をしっかりと閉じてソファの上で眠りについた。


 * * *


 三日目の朝、部屋の外に出ようと決心した。

 空腹は、まだ我慢しようと思えば出来ないことは無い。

 しかし喉の渇きは、もう、どうしようもなかった。

 水瓶に排泄した自分の尿を飲もうかとも思ったが、放置されていたそれは、あまりに(くさ)く、鼻を近づけただけで諦めるしかなかった。


(どうせ、このままじゃ死んでしまう。喉の渇きに(もだ)え苦しみながら死ぬくらいなら、いっそ怪物に食われて死んだ方がましだ)

 半ば()()になって出口へ向かった。

 昨日と同じように扉板に耳を当ててみたが、昨日と同じように何も聞こえなかった。

 鍵を回すための取っ手を掴む。

 最初は躊躇(ちゅうちょ)した。恐ろしかった。

 しかし、最後は肉体の欲求が精神の恐怖に打ち勝った。

 これ以上、喉の渇きを我慢することは不可能だった。

 鍵を回し、扉を開けた。


 ……誰も、何も、いなかった……


 お嬢さまもメイドも居なかった。

 黒い粘液が流れた跡さえ、全くなかった。

 廊下は、朝の光の中で静まりかえっていた。

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