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12、竜人族の妻

 門衛たちが城門の中に消えて(すぐ)に、(ほり)の外側に鬱蒼(うっそう)と生えた木々の陰から、一人の男が出てきた。


 身長百九十センティ・メドールの灰色のマントの男。


 男が鋭く口笛を吹くと、街道の霧の中に待機していた粕毛(かすげ)の馬が駆けて来た。


 灰色の男……ゾル・ギフィウスは、粕毛の背中に縛り付けた荷袋の中から丈夫なロープを二束とり出し、そのうちの一束の端を、左肩に乗った黄金のトカゲの口元に差し出した。


「これを堀の向こう岸の跳ね橋に引っ掛けてきてくれ」


 トカゲが「キキッ」と小さく鳴いた。


「……また、『これは貸しにしておく』か……がめついトカゲだ……心配するな。今夜中に〈妖魔〉を一匹食わせてやる。さあ、早く」


 金の(うろこ)を持つトカゲは、ロープの端を口にくわえると、背中からコウモリに似た金色の翼を生やし、パタパタと羽ばたいて堀の向こう側へ飛んで行った。そして、跳ね橋を支える柱の一つの周囲を半周し、また堀の外側に戻ってきて、ゾルの肩に着地した。

 これで、堀の内側と外側がロープで(つな)がれた格好だ。


 ゾルは、手近な木の幹にロープをまわして縛り付け、一、二度ギュッ、ギュッと体重をかけて強度を確認した。そして、粕毛の馬に「明日の朝まで、ここで待っていろ」と言い残し、もう一束のロープを肩に掛け、堀の上に渡したロープにぶら下がってスルスルと向こう岸まで渡った。


 堀の内側に着地し、肩からロープの束を抜いて先ほどと同じようにトカゲの口元へ持っていき、「こんどはこっちだ」と(ささや)いた。


 トカゲはロープの端を持って城壁の向こう側へ飛んで行き、(すぐ)に戻って来た。


 ゾルはそのロープを手掛かりにして城壁を登り、壁の内側に着地した。


 堀と城壁……かつては盗賊防止に使われ、今は〈妖魔〉の侵入を(はば)む二重の障害を、灰色の剣士はロープと空飛ぶトカゲを使って短時間で越え、日の暮れたカールンの町の通りを隠れもせず堂々と歩いた。


「既に俺の手配書は回っているだろうが……まあ、誰かに目をつけられたら、その時はその時だ」


 ……突然、明かりも少ない町の通りを歩くゾルに、肩のトカゲが「キキッ」と呼びかけた。


「ああ……分かっている……俺の左薬指に()めた指輪が、光っていると言うんだろう? ええ? 手袋を脱げ、だと? この通りでか?」


 トカゲが「そうだ」というように「キキッ」と鳴く。


 仕方なくゾルは、そこそこ広い町の通りを外れて(せま)い路地に入り、路地奥の行き止まりまで行って誰も見ていないのを確認し、左の手袋を脱いだ。


 剣士の左薬指に(はま)った指輪の輝きが、一瞬周囲を照らす。


 輝きは(すぐ)に収まり、気がつくとゾルの目の前に美しい一人の女が立っていた。


 年齢(とし)は二十代後半……二十六か、七か、それくらいだろう。

 すらりと伸びた長い手足。尻まで伸ばした深緑色の髪。黄金(きん)色の瞳。

 爬虫類の革のマントに、同じく爬虫類の革のブーツ。

 丸く豊かな乳房と尻を持っているのが、マント越しにも分かる。


「元気にしている? 愛しの旦那さま?」

 女が美しい唇に妖艶な笑みを浮かべて、灰色の剣士に言った。


「なんだ……何か用か?」


「まあ、『何か用か』とは、ずいぶん、ごあいさつね……用が無かったら、妻が夫のいる場所を訪ねては駄目なの?」


「別に……そういう訳じゃない」

 人間離れした剣技を持つ身長百九十センティ・メドールの剣士が、路地裏で、この美しい女に気押(けお)されていた。


 女が、ふうぅ、と()め息をついた。

「〈竜骨剣〉の使い手は、代々、竜人族の女を妻にするって聞いて、人間の男にも興味があったし、あんまり深くは考えずに結婚を承諾したけど……まさか新婚ほやほやの妻を置いて、ぶらりと一人で旅に出るような『放浪癖』のある男だったとは、ねぇ……」


「ぶらり放浪が好きなのも、〈竜骨剣〉の一族の血筋だ」


「まあね……お義母(かあ)さまも、そんなこと言ってたわ……若い時は、お義父(とう)さまの放浪癖に随分(ずいぶん)手を焼いた、って」


「それに、この結婚指輪にお前が勝手に仕込んだ『遠隔幻影会話の魔法』のお陰で、こうして好きな時間にいつでも会話が出来るのだから良いではないか……まあ、俺はそんな魔法は使えないからな……この場合の『好きな時間』というのはリュウリン、(もっぱ)らお前の『好きな時間』に、という意味だが」


「遠隔幻影は、しょせん遠隔幻影……離れ離れの者どうしが相手の居る場所に(まぼろし)を投影して疑似的に『会った気分になる』だけの魔法よ……実際に会って、お互いの息づかいを感じながら会話をするのとは、全然違うのよ」


 ゾルは、目の前の美しい女……リュウリン……の言葉を聞いて、試しにその豊満な胸の頂点をマント越しに突っついてみた。


「きゃっ!」

 突然、胸の先端を触られ、リュウリンが驚いて跳びあがる。

「な、な、何するのよ! 突然!」


(まぼろし)にしては、柔らかい触感があったぞ……()()()()()()()()()()()、な……それに、どうやらお前も()()()()()ようではないか。(まぼろし)のくせに」


「だ、だ、だから、それくらい『高性能な』魔法ということでしょ! そういう所まで忠実に再現された(まぼろし)なの! でも、全然違うの! (じか)に会うのとは、全然違うの!」


「そうなのか……」


「そうなのか、じゃないって……もう! ……とにかく、冬が始まる前には一度、屋敷(うち)に帰ってきてよね! 今年の冬至祭りには、竜人界(じっか)のお父さまとお母さまが態々(わざわざ)冬眠から抜け出して人間界(こっち)に遊びに来るんだから! 娘の(とつ)ぎ先に来てみたら、婿(むこ)どのは嫁を一人置いて放浪の旅に出ていました、なんて恥かかせないで!」


「わかった、わかった」


「返事は一回!」


「わ、わかった……」


「じゃあ、そろそろ『遠隔幻影の魔法』を切るわ……またね」

 そう言ったか言わないうちに、ゾルの新妻……リュウリンのからだ全体が弱い光に包まれ、光の中で彼女の輪郭が徐々に薄くなっていった。


「あ、そうだ……言い忘れてた……お義母(かあ)さまからの伝言。『嫁の産卵期が始まるまでには帰ってきなさい、早く孫の顔が見たいから』と、おっしゃてました。じゃあね!」

 そう言い残して、美しい女は闇の中に消えた。


「やれやれ……まったく……うちのお袋といい、嫁といい……竜人族の女には調子を狂わせられる」


「キキッ」

 トカゲが鳴く。


「ええ? 所帯持ちでありながら、独身時代と変わらず放浪ばかりしているお前が悪い、だって? うるさい」


 それっきり灰色の剣士も金色のトカゲも口を閉ざし、(せま)い路地を小走りして大通りに戻った。

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