8 女王の招待状5 薔薇の迷路
「あ、やっぱりついているよ、兄弟! 到着だ」
「もちろん当然、そうにきまってるよ。だって、兎車がちっともうごかないんだからね」
両脇からぴょこりと飛び出した双子が辺りを見渡して首を傾げる。
「まだおりないの?」
…
「そうね。降りましょう」
男に当てられて、すっかりぼんやりしてしまった。
双子に支えられながら思いの外背の高かった馭者台から降りる。
地面に足がつくとようやく周囲を見まわす余裕ができて、女はほうっと感嘆の息をつく。
「すごく綺麗なお庭ね」
兎に踏み荒らされたのだろう。多少荒れているのは否めないが、それを差し引いてもよく手入れされている。
薔薇の枝は綺麗に剪定されているし、芝生は青々として、蔦薔薇からオールドローズまで見渡す限り赤薔薇しかない。艶やかな赤い花びらは、ともすれば強くなりすぎそうな色味だが絶妙なセンスで配置され、むしろ華やかさが際立つ。
派手でありながら、高貴で、単調さもない。
絶妙に完璧な庭だ。
見て回りたい。勝手に見たら怒られるだろうか。
まあ。そうよね。(怒られるわよね)
頬に手を当て、残念そうに目を伏せる。
せめてと薔薇の香気を胸いっぱい吸い込んで、女は薔薇にアレルギーがある体質じゃなくて良かったとうっとりと息を吐いた。
△
うっとりとたたずむ客人の後姿をじっと眺め、ディーとダムもまたたたずむ。
「お客人はなんだかうっとりしているね、兄弟。ぼくはバラくさいよ」
「そうだね、兄弟。ぼくだってバラくさい。断固、絶対そうにきまってるよ。でももうちょっとまとうよ。あんなにうっとりしているんだもの」
どうせ、そのうちどこを見ても同じ花が咲き乱れ、どこに行っても同じ匂いが同じように香ると気づくだろうから。
なにしろ、庭中どこもかしこも赤薔薇だらけなのだ。変わり映えもなければ、発見もない。
もしかして、今日の庭のこれは薔薇ではないのかもとまじまじ花を嗅いでみて、やっぱりどれもこれも薔薇だと確信して鼻をこする。
「これはバラだね。断固、絶対ただのバラだよ」いつも通りのただの薔薇。「お客人はバラがすきなのかな?」
「さあね。 でも、女の子はこういうのがすきだってきいたことがあるよ。そういう風にできてるんじゃないかな?」
「へえ? ぼくらにはわかりそうもないね、兄弟。断固、絶対」
「そうでなけりゃあべこべだよ。つまり、ぼくらは女の子じゃないってことさ」
「それっていいこと?」
「さあ?」
双子は息を吐いた。薔薇の香りでむせてしまいそうだと思いながら。
△
薔薇、薔薇、薔薇、そして、また薔薇。
どこまで行っても薔薇の木がつづいている。
ゲートの向こうは迷路だった。
双子の3倍はありそうなほど大きく育てられた薔薇の木々に挟まれた道が通路になっていて、ーーー凝った造りをしている。
(誰が手入れしているのかしら?)
考え、やはりトランプの兵隊がせっせと苗を植えているのだろうかと頭に浮かび、首を傾げる。
(なんとなく、庭造りには向いてなさそうな気がするのよね…)
たぶん、赤薔薇の庭に白薔薇を植えてしまい、隠蔽工作として白い花びらを赤い絵の具で塗りたくる暴挙に出て、あげく首を切られたシーンがあったのを覚えているせいかもしれない。
当時は、そんなことくらいでそんなに怒るなんてひどいと思ったが、この庭を見た後ではそりゃあ怒るのも無理はないといくらか納得がいく。
これほど見事に調和し統一感がある庭だ。
不用意に植えられた白薔薇が庭全体の雰囲気を台無しにし悪目立ちしただろうことは想像に難くないし、まして絵の具で色を塗り替えた花びらはみすぼらしく見劣りがしただろう。
会えるものなら会ってみたいと考えながら、天を仰ぐ。
さまよいはじめてどれほど経っただろうか。
同じところをぐるぐる回ったり、出口だと思ったら入り口だったり。
そもそも、今進んでいる道は正しいのだろうか?
わかったのは、迷路といえば片側の壁に手をつけて、離さずにたどればいずれ出口にたどり着くものと相場がきまっていると思っていたのに、ことこれに関しては当てはまらないということだけだ。
招待されたから来たというのに、どうしてこんなことをしているのだろうか。
セットしたはずの髪はほつれ、慣れない靴のせいで足は痛いし、ドレスだって乱れてしまった。
救いは見事な庭だけだ。
二人は疲れないのかしらと目をやろうとして、女の耳に『カチッ!』と時計の針が重なるような音がした。
誰が手入れをしているのだろうかと歩きながら考えていた生垣が割れて、パクリと二人を左右に呑み込んでしまって目をむく。
ディー! ダム!
声を上げるより、手を伸ばすより早く、生垣から突き出た二人の足が平行に走って遠ざかっていってーーー腰が抜けた。
なんなの…?