3 覚めない夢
寝ぼけ眼を薄く開け、女は勢いよく体を起こした。
周囲を見回し、その見慣れぬ様がなぜなのか思い至らず首を廻らせ、それから「ああ」と頭を抱えて項垂れる。
どうやらまだ目は覚めない。
「朝だと思っていいのかしら? それとも、今のは昼寝としてこれは夜だと思うべきかしら?」
でも朝も昼も夜もないんじゃあ関係ないわよね、と呟いて、大きな窓を覆う分厚いカーテンを少しだけめくる。
途端、窓の向こうに広がる淡いオーロラ色の空が隙間から覗いて、体中から血の気が失せた。
(何よ。ちっとも変じゃないわ。だって、ここは不思議の国。夢なんだもの)
夢なら当然だわとひとりごちた女の顔は、その気丈な思いとは裏腹に、途方に暮れ、瞳は不安げに陰る。
ただでさえ当てずっぽうにすらどの時間だとも言い難い微妙な色合いの空には、太陽もなければ月もない。
オーロラの空は幻想的で美しいが、鈍い頭痛がどうしても止まないのは、これが幾度か眠り、幾度か目覚めた、繰り返しの朝だからだ。
お腹が空いたからと用意された豪華な食卓は、綺麗な食器が生え、絵本の挿絵をひっくり返したような魅力的で豪奢な料理やデザートが次々に芽吹き花咲くように湧いて、瞬く間に整えられた。
信憑性などまるきりなかったが、勧められて怖々口にした食事は、ちゃんと味があった。
はじめに通されていた部屋が双子が用意してくれた客室で、よくよく見てみれば絵本や童話の中身を好きなようにぶちまけて子供の法則で片づけた玩具箱のような双子の家と同じような雰囲気で、自分の夢なのが嘘のようにぐちゃぐちゃなのにどこかノスタルジックだ。
目にうるさいわけではない。可愛らしいと思う。
大小様々のドアがそこかしこにあるのも、カラクリ屋敷のようで楽しいと思う。
子供の時分にはあこがれもしただろう。
ただ、そこかしこにちりばめられた双子お気に入りの玩具は、自分の記憶にないものばかりだ。
それに―――、
「どうして、目が覚めないのかしら?」
果たしてこれは現実なのかと考えた己に気付いた女の背を怖気が走り、慌てて首を横に振る。
「馬鹿ね」
夢に決っている。『不思議の国のアリス』のアリス・リデルが逃げて逃げて夢から目覚め、あの不思議の国の冒険が全部夢だったと気づいたのと同じように、いつかは覚める出鱈目な夢だ。
女は、己の胸の内で嫌な具合に不規則な鼓動を刻む心臓にそっと蓋をすると、何かを振り切るように窓から離れた。