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1 プロローグ 異質なる客人

「ぼくらの広場で眠っているだなんて、もちろん当然、いないにきまってる。断固、絶対」


「そうとも、兄弟。ぼくらの広場で眠っているだなんて、そんなのあべこべ、おかしいよ! まさに奇々怪々、つまりありえない話さ」


 言い切った双子のその声に、だけれど、隠せない困惑が滲む。


「「なのにどうして『これ』は眠っているんだろう!」」


 示し合わせたわけでなく、二つの声が見事に重なる。

 不思議の森の広場の中央。

 すやすやと眠るその安らかな寝顔を見るにつけ浮かぶのは、ただ果てのない困惑。どうしたものか、と、そっくり同じの青の双眸を見合わせる。


 狂気の双子の、終わりなき遊びに精も根も尽き果てるほど付き合わされるこの無法地帯で無防備に寝入る阿呆は、イカレ野郎の三月ウサギかチシャ猫くらいだろうに。


 無論、『これ』が『あれら』と同類だと言いたいわけではないが。


「ルイスだっけ。あれとにているね。当然、なんとなくさ」いや、全然似てはないのだけれど、でも、例えばこの安穏として不可解なところが。


「にていないなんて、あべこべだよ。もちろん、それとなくさ」いや、全然似ていないのだけれど、でも、例えばこの不思議で独特な雰囲気が。


 全く同じタイミングで、鏡のように対象に首を傾けた双子の、真っ直ぐに切り揃えられたヒヨコ色の前髪がさらりとゆれる。


 いつぞやに別の世界から迷い込んできたのは、帽子屋が被っているようなシルクハットがよく似合う、長身の男だった。

『これ』は前のよりもいくぶんーーーいや、ずいぶんとーーー小さいが、それでも自分らに比べると倍はありそうに見える。


『素晴らしい! すっかり騙されたよ!』


 蝋人形ごっこをしていた双子が動いたのを見て、心底驚いた風に双子よりも少し色素の薄い青い目を真ん丸に見開いて喜んでいたのが、ついこの前のことのようだ。


 確か、名をルイス・キャロルといった。

 とてもおかしな『もの』だったから玩具箱にしまっておきたかったのに、化け物烏に追われている間にいつの間にかいなくなってしまっていてとても残念だったのを、珍しくもよく覚えている。


「だけどおなじ世界からきただなんて、そんなのあべこべ、おかしいよ! つまり、道はとじたと王の夢がつげたからさ」


それに、ルイスは自分たちと同じような服を着ていた。


「断固、絶対! そうにきまってるよ。もちろん当然、王の夢は不思議の国で鏡の国は王の夢だからさ。だけど、ーーーにているね、兄弟はそう思わないか?」


そう、例え、服装は多少おかしくとも。


 いい加減、そろそろ起きてもよさそうなものなのに、眠り鼠よろしく規則正しい寝息を立てるばかりの女は、未だ目を覚まさない。


「ところで、兄弟? 王の夢に『こんなの』は、いなかった。断固、絶対! 兄弟はみたか?」

「いいや、兄弟。みおとすなんて、ありえない。まさに言語道断。ありえないことさ。ぼくも王の夢に『こんなの』はみなかった」


 口の端がにやりと上がる。シンメトリーに片側ずつ。


「夢にないなら、ぼくらのものだね。ぼくらの広場にある、ぼくらの玩具。かわいそうに。きっとすてられたんだよ。いいこは『かわいそうな玩具』とあそんでやらなけりゃ、そんなのあべこべ、おかしいよ」


「もちろん当然、そうすべきだね! でも、『かわいそうな玩具』はよくないよ。ルイスの教訓もわすれちゃいけないとおもうんだ」


 ルイスは『玩具』と言われても嫌がりはしなかったけれど、『玩具箱へしまわれて』はくれなかった。


「きっと玩具箱にしまわれるのがいやだったんだよ。『玩具は玩具箱へ』。その規則はまもられるべきだからね、断固、絶対守るべきさ」

「……『玩具』じゃないなんて、そんなのあべこべ、おかしいよ! ぼくらのものにできないなんて! 兄弟はおしくないのか? しんじられない!」


「ちがうよ、兄弟。ぼくら、『玩具をひろう』んじゃなくて、『お客人をまねく』んだ。王のものでもなく、玩具でもないなら、それはお客人ということになるとおもうんだ。ぼくらの領域のお客人は、断固、絶対ぼくらのお客人だ。そうだろう? 兄弟」


 見合わせた瞳は双子自慢の同じ色。期待と歓喜と、この不思議の国らしい狂気に満ちた硝子玉が目配せをし合って、にやりとする。


「お客人はねぼすけみたいだ。目をあけるのをまっているなんて、断固、絶対もてなしに欠ける。それって、ぼくらが歓迎していないみたいじゃないかな? ぼくは誤解されないか心配だ」


「そんなのあべこべ、おかしいよ! 困ったことだね、兄弟。ぼくらときたら、まさに賓客歓待。だいかんげいなのにさ。 そうだ! さいしょのもてなしは安眠にしよう! 女の子は安眠がだいじなんだ。そうだろ? 兄弟」


「もちろん当然、断固、絶対そうすべきだね。つまり、いいこは女の子の安眠をさまたげないものだからさ」


 招待状が前後するくらいなんでもない、後から渡せばいいとくすくす笑った双子が、その異質なお客を抱え上げる。


女は目を覚まさない。抱え上げられた様はまさに人形のようだ。


矢印だらけの森の小道。家を目指す子供たちの常にない軽やかな足取りが、まるで鼻歌のように鬱蒼と茂る木々の彼方に吸い込まれていった。




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