ナルな攻略対象に転生しましたが、フェードアウトしたい所存でございます。
「私は私を愛さずにはいられないっ!」
――ふと、“俺”は我に返った。
どこかで聞いたことがある台詞だな、と。
数分後、頭を抱える私が目撃されたが、それは天井の上に潜んでいる隠密行動が得意な使用人たちだけの秘密である。
鬱々としながら部屋から出れば、心配そうに目をうるうるとさせる父上が居ても秘密は守れているものだと思い込む。年齢不詳の父上にはにっこりと笑っていれば全て解決である。わあ、とっても単純すぎて騙されないか心配になるチョロさ。
まあ、そんな父上のことは絶対零度の母上がお守りするだろうから何も心配する必要はない。父上は母上にベタ惚れだが、それ以上に母上は父上にベタ惚れなのである。父上を陥れようとした自身の父親は傀儡にし、父上を殺そうとした父上の弟――叔父からは記憶を奪った。そして、父上に一目惚れして誘惑しようとしたどこぞの令嬢らは島流しか奴隷ルートへGOだったことは語るべくもない。母上こわっ。
いや、そうではなくて。
ふらふらと彷徨い歩きながら庭へと降り立つ。薔薇の咲き誇る、父上が大切に育てている薔薇の園。綺麗だな、と思いつつ薔薇をひとつ包めば、指先にぷすりと刺さるトゲ。痛い。
「……“回復”。」
たった一言。それを唱えるだけで、選ばれた人々は魔法を使える。
“俺”――今現在、リォエイラ・シルヴェイシアスという名を持つ私は、ある国の王族の血を汲む子息だ。父上は上級貴族であり、そんな父上に夜会で一目惚れをした母上が権力と美貌と持てる全てで口説きおとした結果、私という子供が産まれた。母上は王族の血筋であり、しかも現国王の妹である。つまり、一国の王が私にとっては伯父という存在になるのだ。え、恐れ多い。
そして、母上の冷え冷えとした美貌と、父上の儚さと柔らかさを掛け合わせた綺麗な容姿。その全てを遺憾なく受け継いでいる私は、誰もが見惚れる顔立ちをしている。ちなみに教え込まれた教育は厳しく、立ち居振る舞いや仕草も全て洗練されたものだ。“俺”は普通で平々凡々とした低スペックだったというのに―――私とは、まったく違う。
それでも確かに“俺”の記憶は確かに私のものであり、私の“前”の人生のもの。
そして私――“リォエイラ・シルヴェイシアス”とは、“俺”の姉がどハマりしていた乙女ゲームの攻略対象キャラクラーの一人である。
“リォエイラ”のような攻略対象は複数人いて、流れとしてはだいたいが王道だったように思う。
一人は孤高の王太子。一人は親無しの天才。一人は落ちこぼれの努力家。一人は盲目のピアニスト。一人は元気一杯の騎士。一人は闇を抱えた情報屋。そして、私は自己陶酔しがちなナルシスト――あ、自分で言って傷付いた。泣こう。
まあ、それぞれキャラクターには過去があり、傷があり、それを癒し、支えてくれるのがヒロインに課せられたルートである。ちなみに私はあまり人気のないキャラクターで、何故かと言えば攻略があまりにも不可解なキャラだったからだ。自分に酔っているかと思いきや、自分を傷付けては幸福そうに目を細め、流れる赤い血液に恍惚と微笑む。とんだ病みキャラじゃないか! しかもこのキャラ、いや私だが、“リォエイラ”のハッピーエンドルートはハッピーエンドではない。何故なら“リォエイラ”は決してヒロインと結ばれることはない。ヒロインに心を許し、愛を囁くことはない。“リォエイラ”にはバッドエンドはヒロインの意識不明の重体エンドで、トゥルーエンドは自分大好きな“リォエイラ”をヒロインが微笑ましげに見守るという謎のエンドだった。いや、そういうものなのか? いやいやいや。
ところで、攻略対象キャラクターたちはもれなく病みキャラになりそうな設定盛りだくさんだが、姉は嬉々としてプレイしていた。姉は病みキャラというものが好きで、例えばある小説が虚ろな目をした少年で表紙を飾っていたのならば「萌えるわ。」と一言言い放ち、いそいそと購入するの人種だ。基本的にアニメも漫画も小説も、キャラクターが病む瞬間がどうしようもなく好みらしく、それ見たさにどんなにクソゲーでも進んで購入するバカだ。バカ女だ。姉はそれらの趣味を他人に打ち明けることが出来なかったのかしなかったのか、暇そうにごろごろとしている“俺”の側に寄っては延々と語り部をしていた。お陰さまでタイトルすら覚えていないが、少なくともこの世界が乙女ゲームの世界であることは思い出せた。
取り敢えず、私は攻略されるつもりはない。いや、というか。正直何にも関わらずにフェードアウトしたい! もう回避不可能なことは承知の上で。
回避不可能。そう、もう、この世界でゲームは始まっている。何故なら、先の台詞はキャラクター紹介の一コマだったからだ。オープニングでさらりと流されただけの映像ではあるが、これはつまり始まりを示す。ということは、だ。もう舞台は、整ってしまっているのだ。回避不可能。なんということだ、オウマイゴット!
……なんて、現実逃避をしていても何も始まらない。始まってしまったものを塞き止めることは不可能。だが、しかし。だからといってシナリオ通りに攻略される謂れはない。そもそも舞台になる学園は休学してしまえばいいのでは? いや、駄目だ。無用な心配と気苦労を懸けてしまう。それならば、悉くフラグを折っていくのはどうだろうか。ナルシストなキャラ、“リォエイラ”とは、元々愛されたいが故に自分を愛することで代償行為としているという設定だ。故に、髪をよくいじる。褒められたい、が故に。
“リォエイラ”の父母は相思相愛だ。ベタ惚れ合いをしている砂糖夫婦だ。しかし、そのせいで私は――“リォエイラ”は幼少の頃より捨て置かれることが多々あった。どれほど優秀な成績を叩き出しても、教師に誉められたとしても。互いに愛し愛される二人の間に、“リォエイラ”は必要とされていなかった。二人の、互いに向けられる愛情の一欠片でも示されていたのならば、或いは。しかし事はそうではなかったから“リォエイラ”はナルシストとして自分で自分を愛さずにはいられなかった。寂しいと枕を濡らしても、覗く人はいなかった。褒めて、と呟いても聞いてくれる人はいなかった。流した涙が冷たくなってカピカピになっても、頬を撫でてくれる人はいなかった。その頃、私は四歳だった。
やがてその一年後。弟が産まれて、ようやく自分たちが親であることを思い出した二人だったが、彼らの愛情は真っ直ぐに弟だけに向くことになる。何故なら、その頃にはもう、“リォエイラ”は彼らに対してひどく冷めた態度を取るようになったからだ。いや、一定のラインを保った親子関係、と言えばいいのか。最低限の関わりは果たすが、それ以上は互いに求めない。そうして静かに、ゆっくりと荒んでいった“リォエイラ”は、自分しか愛せない青年へと成長したのである。基本的にはポジティブで、物腰柔らかな好青年。マナーやルールはしっかりと遵守し、何事にも中心的に関わることはなく一歩引いたところでにこやかに見守っているポジ。いや自分で言うのも何だが、驚くほど信頼関係が誰とも成り立っていない人物である。“リォエイラ”――私は、両親のこともあって誰かを信頼する心持ちにはなれなかったのだ。どうせ、自分に愛情などといった暖かな感情が向けられるはずもないから。
そんな“リォエイラ”を攻略するのが、ヒロインである。正直どのエンドを思い浮かべても、“リォエイラ”は攻略されていないようにしか思えないのだが。設定担当者、“リォエイラ”の設定、練りすぎだろう。お蔭でヒロインの入り込む余地が無さすぎる! いや私にとっては良いことだが。有り難い。
ぐだぐだ、延々と語り部を務めてはみたが、そろそろ現実を直視しなければならない。喜べ私。明日から待ちに待った(そんなはずはない)二学年の始まりである。今すぐ引きこもりたい。
しかしどれほどごねても、引きこもりなんて許されるはずもない。じわじわと寒さに震え始める躯に腕を回し、考える。どうすればいい。どうすれば、私は、――――――ついでにこの家からも出ていけるのだろう。
この家庭に、不満があるわけではない。
ただ、“リォエイラ”はどうか知らないが、少なくとも今のリォエイラである私としては、今すぐにでも出ていきたいのが本音である。出ていった先で野垂れ死のうともそれが本望。叶うのならばどこか世界の片隅で働いて生きたい。パン屋さんに通いたい。花屋さんは通り過ぎて、喫茶店でアルバイトしたい。料理教わりたいです店長。
温もりのない家族に、未練はないのである。
それに、どうせ溺愛されているのは弟。家督を継ぐのも弟で良いだろう。なにせ、弟には才能もある。羨ましいことだ。私には何も無いというのに。ちなみに弟は私の五つ下で、十二である。そして私たちの通う学園は魔法学園。適性があれば、十を越えていれば学園にて学ぶことが許されている。とは言っても、基本的には皆十五、六で学び始めるのが普通である。そこで例外。私の弟は、十から入学し、そして私もまた弟と合わせて入れられたので同学年だ。年の差五年の兄弟だというのに。設定班、何してくれやがったこの野郎。
いやまあ、まあ。弟の精神年齢は実年齢よりも上に育ったので良いのだろうが。それは置いておいて。
もうなんか何でもどうでもいいから、私は私を辞めたくてたまらない。――私は、王太子やほかの上級貴族に全てを隠しながらにこやかに対応するのが苦痛でたまらないのだ。思い知っている。私に、――“俺”に、贅沢三昧や優雅なお貴族生活は無理だ、と。ただでさえ違和感は昔からあって、それは徐々に明確になっていった。合わない。合わない。合わない。――“俺”は、素朴な味がとっても恋しいです!
ということで。
フェードアウト計画を練ろうと思います。
まずその一。実家は頼りません。
その二。それなりに会話をしていた王太子と関わることを辞めます。
その三。弟と顔を合わせることも極力減らします。むしろ王太子と弟を互いに押し付ければいいのでは?
その四。ナルシストであることを辞めます。代償行為はもう必要ありません。
その五。ヒロインとの接触は出来得る限り避けます。巻き込まれたくありません。
その六。平民、庶民と呼ばれる人々の暮らしを学びます。
その七。天井に潜む使用人を撤去させます。幸いにも気配には鋭いのでとことん追い出します。
その八。いずれ長ったらしい髪を切るのでその練習も兼ねて、剣による鍛練に一層の努力をします。
その九。思い付かない……こんなものだろうか。
よし、まあ、取り敢えずはこれで行こうと思う。色々諸諸まだ有りそうだが、貧相な想像力では今はこれが精一杯だ。
薔薇の庭園で、私は一人、この世界からフェードアウトすることを決めた。
お疲れ様でした。
読了ありがとうございます。




