虎獣人、つがいを見つける
俺は虎の獣人でありながら、たてがみをもっていた。珍しがられることはあったが、自慢のたてがみだと思っている。黄色い毛並みに茶色がかったたてがみは、ふわっふわっで触り心地は抜群。なんでも曾祖父がライオンの獣人だったそうだ。俺って百獣の王の血が入っているのか。知った時には誇らしかった。他にも俺のような隔世遺伝の獣人がいるらしい。
そんな俺は麓の村まで来ていた。山菜を売るためだ。山菜を売り払い懐も温もったところで、人と獣人が入り乱れる市場を散策する。人と共存している村は意外性のあるものが生まれやすい。おもしろいものを求めて何気なく左を向く。そこで彼女を見つけた。赤い髪を三つ編みにして、髪と同じくらい赤い林檎を屋台で売っていた。目にした瞬間、体温が一気に上がった。目の瞳孔が大きくなる。直感で分かったのだ。
(これ、俺のつがい! めっちゃ可愛い! いちゃいちゃしたい! 家に連れて帰ろう、そうしよう!)
彼は彼女をひょいと担いで、彼女を家に連れ帰ることにした。
「え、え、え!?」
山の中腹に彼の家がある。そこまでずっと彼女を連れて運んだが、とても軽かった。むしろ彼女を抱えることで身体中から力が湧くようだった。か弱い人間である彼女を歓迎するためにクッションを敷き詰めて、ベッドに降ろす。頭の中はつがいたい気持ちで埋め尽くされている。
しかし、そんな彼の鼻腔を血の匂いがくすぐった。彼女を連れてくる際に怪我をさせたのだろうか。彼女の脇に手を入れて、前を確認する。異常なし。左右も問題ない。そして後ろを見ると、お尻に赤いシミが滲んでいた。
大変だ、怪我をしている! 人の娘は軟弱と聞く。このような場所に怪我をしたら、致命傷だろう。彼女に気遣って、そっとベッドに降ろした。
「痛くないのか? このように出血しては辛いだろう。尻を出すといい。よく効く軟膏を塗ってやる」
傷薬を用意していると、彼女はスカートを確認していた。ああ、怪我をしているのだから動かない方がいいだろうに。
「えっ? 怪我なんてしたはず……、あっ生理がきちゃったんだ」
「さぁ、尻を出せ」
軟膏片手に彼女へ近づくと、彼女は抵抗するように強く腕をつっぱり棒のように伸ばした。
「無理無理無理! そういう怪我じゃないから!」
「だが、出血をしている。一刻を争うだろう」
「では、私の家の戸棚にピンクの小箱がありますから、それをとってきてくれますか?」
「了解した。場所を教えてくれ」
彼女が場所を伝えると、彼は急いで出て行った。その背中を見送りながら彼女が思うのは、生理である意味よかったということだ。あの勢いなら、今頃襲われていたに違いない。もう一つ助かったと思ったのは彼が優しかったことだ。こちらの言い分を聞いてくれる。獣人は荒々しいと思っていたが、そんなことはないようだ。考えにふけっていると、騒がしい足音がして彼が帰ってきた。
「分からなかったから、ピンクのものを手当たり次第にもってきた。足りるか?」
お使いできなくてごめんねとばかりに耳を伏せてしょげる彼が、彼女には可愛く見えた。彼の手から小物や衣服を受け取る。服まで持ってきていることから、動搖しているのがよく分かる。思わずクスリと笑みが零れた。
「替えの服も下着も持ってきてくれたみたいですし、ありがとうございます」
生理用品と替えの服、下着とそろったので着替えるのにちょうどいい。着替えてくると、彼が尻尾を揺らして正座した状態で待っていた。
「もう大丈夫だろう? 性交するぞ!」
「いや、あの……ですね」
「何だ?」
彼は頭をかしげた。がっしりした肉体でその振る舞いをされると妙に可愛い。彼女はキュンとしていた自身を冷静にするため、頭を振る。違う、今は説明をしなければ。
それから彼女は羞恥をこらえながら、彼に生理とは何かを説明した。彼はそれを聞いて、よかったと言った。
「生理があるってことは、成人してるってことだろ。まだ成人前のガキを連れてきてたらどうしようかと思ったが、よかったよかった。それで、いつ性交できるようになるんだ? 五分先か? 半日後か? 明日か?」
「少なくとも一週間後です」
彼はどれだけ楽しみにしているのだろうと思いながら、おおよその日を言う。先伸ばししなければ、自分の身が守れないからだ。すると彼は突っ伏してしまった。
「やっとつがいを見つけたと思ったのに。つがいに体が反応するのに……。一週間オアズケとかそりゃないぜ。仕方ない。先に寝ててくれ」
「どうかされました?」
「ちょっとスッキリしてくる」
キョトンとした彼女に、彼はアケスケすぎたかと思い、気まずそうに耳の後ろをかく。彼が言い直そうとすると彼女は強く頷いた。
「分かりました。スッキリしてくるんですね。どうぞスッキリしてきてください! スッキリするのは大切だと思います!」
彼は急速に下半身の熱が冷めていくのを感じた。むしろ、彼女に言われたことで罪悪感も感じた。こんなにまっすぐ見送られると虚しい。
「いや、もういい」
「えっ、行かなくていいんですか。トイレに」
「う、まぁ……もう、いいから」
「でも我慢はよくないですよ」
彼は泣きたくなった。理解がありすぎて辛い。
「我慢すると便秘になりやすいですよ」
ここで彼は気づいた。彼女は理解をしているのではない。勘違いをしているのだ。つがい、可愛い!
彼は彼女の純粋さに興奮しつつも、我慢して隣で寝た。
翌日お腹を冷やしたのか、腹痛に体を丸める彼女がいた。人間はやっぱり弱い生き物なのだと彼は再認識した。心配になって傍によると、彼女は力なく「おはようございます」と言ってきた。彼も挨拶を返し、彼女にできることは何だろうかと考える。
「ぽんぽんが痛いのか。大丈夫か。撫でてやろうか」
彼のさすさすと撫でる手は真摯なもので、彼女は少し笑う余裕ができた。
「これは生理痛ですから仕方ないです。お水をいただけますか」
彼女は痛み止めを飲んだようだ。人の体は何と難しいのだろう。彼女の体が冷えないように毛布を敷きつめ、痛みが和らぐことを願って抱きしめる。すると彼女がお願いがあると言ってきた。苦しそうにしているつがいの願いなら、何でも叶えたい。
「どんな願いなんだ?」
「そのたてがみを触らせてもらってもいいですか? 触ると、痛みも和らぎそうな気がするんです」
自慢のたてがみが役に立つのなら、いくらでも触ればいい。
「好きにすればいい」
「ありがとうございます。まぁ、なんて柔らかいのでしょうか。触っていると痛みが和らいでいきます。気持ちいいぐらいです。ふふっ」
彼女は満面の笑みで彼の首に手を回し、たてがみに頬ずりをしてきた。頭上の耳が彼女の柔らかな笑い声を拾う。嗅覚が彼女から立ちのぼる果実の甘い香りと鉄の香りを間近で嗅ぎとる。あぁ、今彼女が生理でなければすぐに押し倒していたのに。一週間後のいちゃいちゃを夢見て、彼はひたすら耐えた。彼女のお気に入りとなったたてがみを差し出して、彼は彼女に尽くしていったのだ。
それから、家に帰ろうとする彼女をいつでも帰れるからと彼は押し止める。彼女が果物を売りに行く時は心配そうについて行った。そのかいあって、彼女も彼を少なからず想うようになり、彼はツヤツヤとした日を迎えるようになる。彼は出会った頃よりも深く思っている。つがい、可愛い! と。