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しあわせバトン

しあわせは道端に落ちている

作者: 三稜 諒

直接的な性的描写はないですが、ほのかに匂わすのでR15にしています。

自己判断でお願いします。

 会社帰りに一杯呑んで、気持ちよく家へと向かう途中で男を拾った。

 家に帰って一時間。お風呂から上がり、冷たいペットボトルの水を飲んで一息ついたところで段々アルコールも抜けてきて、状況を整理するために取り合えずその男にはお風呂に入ってもらっている。

 どうしよう。どうしようどうしよう!

 拾っておいて、我に返ったから「はい、出てって」って訳にも行かないし、今日はもう泊めるしかないだろう。でもちょっと待って。アラサーとは言え、性別女。このまま泊めても良いものだろうか。

 でもちょっとカッコよかったし?

 そんな問題でもないけれど、完全には酔いが醒めていない頭では考えもまとまらない。

 ……まぁ、いっか。

 結局、酔っ払った頭では何も解決策もないままこたつで眠りに落ちてしまった。



 次の日は起きるとベッドの上だった。

 そして男はというと、サチが寝ていたこたつで横になっていた。

 そっと脇を通って洗面所へ向かう。

 サチが顔を洗ってリビングに戻ると、すでに男は起きていた。

「……おはよう」

「あぁ。おれが居ても驚かないってことは、記憶は飛んでないんだ?」

「あー、うん、まぁ……」

「大丈夫。別に手なんか出してないよ」

「いや、まぁそんな心配もしてないんだけど……」

「そう?ところで、寒くない?」

「え?」

「いや、おれがこたつ占領してるから入れないのかと思って。あぁ、泊めてくれたお礼にご飯作ろうか?」

「いやいや、大丈夫……」

「まぁ、遠慮しないで」

 遠慮をしていた訳ではないのだが、肩を軽く押されてこたつへ誘導された。あぁ、あったかい……。

 こたつの中で若干うとうとしてきたが、幸い今日は土曜日。

 会社は休みなのでそのまま何気なくテレビを見ていると、ピザトーストとオニオンスープが出てきた。

「ごめん、勝手に冷蔵庫の中の物使わせてもらった」

「……いや、ありがとう」

 冷蔵庫にあったものでピザトーストが作れたのか。

 お酒のつまみのカルパスとチーズ。それに使いかけの玉ねぎとケチャップ。

 料理はほとんどしないため、冷蔵庫にもあまり物が入っていない。玉ねぎがあったのが奇跡なくらい。

 その玉ねぎも一週間前に半分使ってそのままラップに包んで放置されていたものだ。

 ピザトーストもオニオンスープも美味しかった。

 お腹が満たされたところで、ぼんやりとその男を観察してみる。

 若いけど、一体いくつだろう?路上で寝てるくらいだし、無職だったりして。寝起きでちょっと髪はボサボサだし髭もうっすら生えてるけど、まぁやっぱりカッコいい。というか、可愛い?

「……聞いてもいい?」

「ん?なに?」

「なんで、道に転がってたの?」

「あー…。ふられた?そんで家追い出された、みたいな?」

「あぁ……。一緒に住んでたら困るよね」

「そうなんだよ。まぁでも、彼女の家だったからしょうがないんだけど」

 ということはやっぱりヒモ?

「年は?仕事は?……それ以前に名前、聞いたっけ?」

「年は二十三歳。職業はパティシエ。名前はユウ。優雅に生きるで優生。サチさん質問攻めだね?」

 と、笑った。

 あぁ、やっぱり可愛いわ。ちょっと眉毛が下がるんだ。

「あたしちゃんと名乗ってたんだ?」

「うん。三十二歳、独身。彼氏募集中。しめすへんに羊と書いて、祥……でしょ?」

「そう。──よく覚えてるね」

 しかし何だ。彼氏募集中って!そんなことまで言ってたのか。

 とりあえず穴掘って埋まってしまいたい気分でいっぱいになりながら次に発する言葉を探していると優生から驚くべきことを提案された。

「彼氏が出来るまでの暫定彼氏。どう?」

「……は?」

「言ってたじゃん。前の彼氏と別れて二年。寂しいって」

 なんてことを!酔ってたとは言え、友達にも言ってないのに!

「おれなら心の隙間埋められるよ?まぁ、その代わりちょっとの間居候させて欲しいんだけど」

 あぁそういうこと。

「そんなこと言われても……」

「お願い、祥さん。彼女のうち追い出されたばっかりで、家がないんだ」

「簡単にハイとは言えないよ……」

「暫定でいいから!祥さんに好きな人出来たらすぐ別れて出て行くから!」






 結局優生に押し切られ、そのまま居候生活は続いた。

 ──なんと三年も。

 我に返れば祥は三十五歳。一方優生は二十六歳。このままでいいはずもない。

 去年最後の独身仲間だった子の結婚式から帰って「結婚かぁ、いいなぁ」と口走った時に知らん顔していたから、優生が結婚にあまり興味がないことも知った。

 当たり前か。まだ二十六だもんね。

 今日こそ別れを切り出さないと。

 ──私もそろそろ結婚とか考えないと。

 親もうるさいが、子供も欲しい。

 優生の傍は居心地が良すぎてずるずると一緒にいたけれど、別れるなら早い方がいい。しかし優生のご飯で慣らされてしまった胃はどうしよう。

 ──絶対、贅沢になりすぎてるよ……。

 独りに戻って暮らしていけるか若干の不安は残るが将来への不安の方が大きい。

 うん、やっぱり今日こそ別れを切り出そう。

 決意をしたその瞬間。玄関で物音がした。

 帰ってきたんだ。

「祥?いないの?」

「……おかえり。あの、優生。話があるんだけど──」

「うん、おれからも祥に話あるんだ」

「え?」

「おれね、店決めてきた」

「……は?」

「独立をね、考えていたんだ。だから資金を貯めるために祥には悪いけど、ずっと祥に甘えて居候させてもらってた」

 あぁ、あたしから別れを切り出さずとも優生は出て行くのか。

 お店を決めてきたということは、そういうことだろう。

 ちょうど良かった。でも何だか肩透かしを食らった気分。

「だから、ね。おれのお嫁さんになって?」

「……はぁああああ?」

 いま、なんていった?

 そもそも今日別れを告げる気であたしは……!

「祥、実はそろそろ焦ってたでしょ?」

 ばれてるし!

「去年も何か探り入れられたし。でも独立を考えてるなんてまだ言える段階でもなかったし」

 お、覚えてたのか。しかも探りって!

「おれも慌てたよー。まぁ資金は半分くらいは貯まってたからまぁなんとか?あ、でも結婚式をする資金までは貯まってないから、はい」

 紙を一枚渡された。

 おぉ、現物初めて見た。これが婚姻届というものか。

「ごめん、とりあえず入籍だけにさせて?」

「え、いや……」

 結婚資金はあたしが貯めてますとも言えず。どうしたものか。

「うーん、ご両親への挨拶には来週伺うってことでいい?」

 いつになく強引な優生はさくさく事を決めていく。あの、あたしまだ返事してませんけど。

「祥の実家どこだっけ?」

「ひ、広島……」

「あぁ、地元なんだ。じゃあ来週伺いますって連絡しておいてもらえる?」

 だから、返事!返事してないんだけど!!

「おれの実家、九州なんだよね。うーん、どうしようか?先に祥の実家に挨拶に行ってその足でうちの実家に向かう?」

 急に色々言われても!頭回らないよ!

 ていうか、なんでそんなに結婚を急いでるの?今までずっと何も言わなかったのに。

「祥?さっきから固まってるけど大丈夫?」

 あ、やっと優生があたしの状態に気づいたみたい。

「ていうか、祥。──気づいてないの?」

「な、何に……?」

「あぁやっぱり気づいてないんだ。あのね、多分……祥、子供いるよ?」

「はぁああああああ?」

 いきなり何を言い出すんだ、こいつは!

「じゃ、前回生理来たのはいつか覚えてる?」

 あれ?そう言われてみれば……。

「最近体調よくないよね?」

 そりゃそうだけど……。

 俄かには信じられず、呆けているとまた「はい」と小箱を渡された。

 ……妊娠検査薬?

「優生、これ男が買うもんじゃないよ……」

 思わず脱力してどうでもいい事を口走ってしまう。

「だって必死だったから。出来てるなら早くしないと!って」

「本人が全然自覚してないのに……」

「いいから、早く検査してきなよ」

 促されるまま検査結果を待つこと一分。

 あるし。縦ライン。

「?!!!!」

「はい、おめでとー。明日ちゃんと産婦人科行って来てね。あとさっきも言ったけど、ご両親には来週挨拶に伺うから、ちゃんと連絡取っといてね?」

 どうやら優生を拾った時にあたしの一生は決まってしまったらしい。一体どっちが拾われたのか。

 まぁいいか、こんな人生も。


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― 新着の感想 ―
[一言] こんな幸せもありだと思いました。 いいですよね!
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