バレンタイン
帰りもまた転移の魔方陣を使ったので、冬休みがわりと残った。今は私のソロDランクの試験しか受けられないけど、どうせすぐにポイントが必要になってくる。時間がとれるうちにクエストを受けた方がいいだろうと、毒蛇狩りを二回受けた。毒系は高ポイントなので私の毒無効の特性的にかなりおいしい。
しかもゴーレムの迷宮の近くの依頼。私が毒蛇、三人は迷宮とかなり無理矢理なことをした。毒持ち相手に一人は危ないと散々止められたので、毒無効の話もばらしてしまった。スキルの自由設定はもう知ってるんだし、今更一つくらい増えても大丈夫でしょ。ただ外傷死亡なしは言ってない。さすがに人間やめてる感が強い特性だし、拒絶されても困る。
ともかく二手に分かれたことでポイントとお金が効率よく得られたと思う。
「このポイントでソロE試験、一人なら受けられるね」
全員が受けるならあと二人分とパーティEランク試験、私のソロDランクとまだまだたくさんポイントが必要だ。
「スケッチが受ければ良いですね」
「え? 僕よりオネエさんの方が先にレベル上がるんじゃない?」
「あたしとサオンはソロランクを上げる必要性がないですから、ポイントがもったいないだけですよ」
まぁ必要性はないよね。これから先も二人はソロで依頼を受けたりしないと思うし。それならパーティランクだけ上げてればいい。
「オネエに受けてもらってスケッチが見学して対策を練るってのも考えてたんだけど、スケッチが受かるまで受けた方がいいよね」
一発合格がいいけど、もし駄目でも再挑戦出来るんだし。
二人のソロランクはポイントに余裕がある時に上げればいいかなぁ。私とスケッチが最優先。
「スケッチのソロとパーティどっちが先にするかわからないけどね。とりあえずポイントは貯めておいた方がいいよね」
パーティを先に受けた方が練習になるかな? どっちにしろレベル上げとポイント稼ぎか。
長かった冬休みも終わり、二ノ月。閑散としていた寮内も賑やかになった。
「セリカ」
「あ、アカネ。久しぶり」
寮内で偶然会うのは珍しい。学園寮は人数も多いし広いし出入口は二か所あるしで、会うことがなくても全然不思議じゃない。
「ねぇ対校戦見に行かない?」
「対校戦? あ、サービオとの? 今月末だっけ」
「そう。講義は終わってたわよね? 魔法実技と実技は一日くらい休んでもいいでしょ?」
まぁ差し当たって不都合はない。興味はあるし一日くらいサボってもいいか。学園規定ではサボりにはならないわけだし……。
「でもアカネが私を誘うなんて珍しいね。コジローは?」
「もちろんコジロー様も行くわよ」
「だよね。私邪魔なんじゃない?」
「邪魔じゃないわ! むしろいてよ!」
アカネの取り乱しぶりにちょっと引いた。
「あああコジロー様と二人っきりだなんて耐えられない……!」
なんでだよ。
普段から迷宮二人で行ってるじゃん……。
「迷宮はいいの! 戦ってる時は意識しなくて済むから!」
アカネは私の思ってることがわかったのか、きっと顔を上げた。
さいですか。まぁいいけどね。
「アカネが邪魔じゃないって言うならいいよ」
サービオの実力ってどんなものなのかね。楽しみだ。
「コジロー様のために情報収集よ! セリカもしっかり分析してよ!」
あ、そういうことか。
分析とかやったことないけどナビールには勝って欲しいから真面目に分析してみるか。
倶楽部活動や一人で迷宮へ潜ったり、週末はコジローとアカネ、スケッチの四人で虫の迷宮へ罠解除の練習に行ったりと過ごしつつ、バレンタインデーがやって来た。
クリスマスパーティーと同じく、ゲームだとヒロインちゃんは三人までならチョコレートをプレゼント出来る。あくまでゲームのルールだし現実となった今は別に何人にでも渡せると思うけど、この世界は日本に比べ義理チョコが浸透してないのでそれはないかな。
好感度の低い一年目のチョコレートはほぼ受け取ってもらえない。そもそもバレンタインに食べ物を渡すのは平民の習慣だからだ。好感度が低い状態だと好き好んで食べ物を受け取ることはない。
私はもちろんユーリー様にだけ渡す。今年はループタイだ。スケッチの分、自分の分とすでに二回作っているのでかなりうまく出来たと思う。色は綺麗な水色で、もちろん切り札的機能付き。
放課後ダーツ倶楽部の活動があるので、帰りに渡す予定だ。アカネはコジローと過ごしたいらしく、欠席。一緒に過ごすと行っても鍛錬ですけどね……。何だかなぁ。
いつも通りサオンを入れて三人で勝負していると、珍しい来訪者があった。――ヒロインちゃんだ!
わくわくしながら見守るが、残念ながらユーリー様はヒロインちゃんのチョコレートを断ってしまった。
好感度が足りないのか、私がここにいるからか。それともゲームじゃないので規則に従っているのか。
ゲームでは婚約者が近くにいないときに、二人っきりで渡すことが出来る。もちろん好感度、新密度は関係してくるわけだけど。クリスマスパーティーのダンスはチョコレートの受け取りよりも好感度が低くていいから、何が原因かわからない。
しかし婚約者の目の前でチョコを渡そうっていうのは中々度胸あるなぁ。
私は徐にヒロインちゃんに近付き、つまみ食いした。
うん、美味しい。ちゃんと普通のチョコだね。
「あら美味しい」
「ありがとう……」
いきなりチョコを取られて怒るかと思いきや、お礼を言われてしまった。
「ユーリー様も」
びっくりしているユーリー様の口に、チョコレートを放り込んだ。ついでにサオンにも。
「美味しいですぅ~」
「……美味しいよ」
ユーリー様はちょっとおざなりな感じがあるが、ヒロインちゃんは嬉しそうだ。
でもねぇ……。
「シルヴァン様にも差し上げたのかしら?」
「え? ううん……断られちゃった……」
「上位の貴族の方は、あまり手作りを食べ物を好まないから仕方ないわ。食べ物以外のものにした方が、受け取っていただけると思うの」
ヒロインちゃんが不思議そうに私を見る。
「中央の上位の貴族、特に王族は毒見が必要なのよ。いくら親しい人でも、作る前の材料に毒物が混入する可能性もあるじゃない?」
今気付いたと言わんばかりの表情だ。
ゲームでちょっと出て来ただけのエピソードだし、私もこっちに来てからそんな話聞いた覚えないけど。まぁ王族は個人的に料理人連れてるから知らないだけなのかも。
「ごめんなさい……」
「大丈夫よ、ユーリー様もシルヴァン様も、あなたが何かするとは思ってないわ。ただ規則だから受け取れないって残念だわ」
実際毒物は入っていない。だからこそユーリー様の口に放り込んだわけであるが。
「ありがとう、あなた優しいのね!」
ぱあっと花開くような笑顔。好みではないが中々かわいいじゃないか。
ヒロインちゃんが去った後、ユーリー様がぽつりと呟いた。
「うちは毒見とかしないけどね」
それは失礼しました。




