特訓
夜中に人目を避けてひっそりこっそり手洗いした結果。洗濯と隠身のスキルを取得した。隠身は予想外だったけど、有用そうだ。こそこそ何かすれば良いってことかな。その逆の気配察知も、扉越しや壁越しの様子を探っていれば取得できた。 鍛えるのも同じことの繰り返し。読書しながらでも出来るので、じわじわ上げていこう。
朝食後、神ノ書を読んでみた。タイトルで何となく想像はついてたけど、これ、スタッフの日記じゃん……。夜食の内容とかどうでもいいです。あ、でも裏設定とかもある。何か良い情報あるかもしれないし、神聖魔法も上がるし、一応読んでおくか。
四分の一ほど読んだところで、アンジュお姉様がセバスチャンを連れて訪ねて来た。
「セリカ、今日からダンスの練習を始めるわよ」
「ダンス、ですか?」
ハンターに役立ちそうにないスキルはいらないんだけど。
「ユーリー様との婚約が決まったから、もう逃げられないわ。今年からクリスマスとニューイヤーパーティーは必ず出席させられるでしょう。今から練習しておかないとね」
パーティーとな……。マジハンはファンタジー世界だけど乙女ゲーなせいか、無理やりイベントを入れてきている。クリスマス、ニューイヤー、バレンタイン、ホワイトデー。卒業式なんかホワイトデー当日だし。
ダンスなんて面倒だけど、いらない恥は掻きたくない。
「今日から特訓よ!!」
何でそんなに気合入ってるんですかねぇ……。顔には出さないけどうんざりしつつ、よろしくお願いします、と返した。
ダンスの練習を始めてすぐにスキルを取得したので、こっそり設定しておく。ステップと礼儀作法も微上昇したので、ちょっと嬉しい。ステップはジャンプとダッシュの複合派生で軽業を覚えることが出来ると書いていたので早くあげたいのだ。壁走りとかしたい。部屋の角を使ったインチキ壁走りじゃなくて。出来なかったことが出来るようになるってのがこの世界の醍醐味だと思うんだよね。魔法然り。
昼食の時間まで続き、これからクリスマスまで午前中は毎日のように特訓するらしい。やめてくれ……。
昼食はいつものトマトクリームスープ、フランスパン、肉料理だった。リオンお兄様とダーヴィトお兄様は仕事で不在、テーブルには四人しかいない。両親は元々一緒に食事をとらないのか、初日の夜以外会っていない。
ダーヴィトお兄様は今日の朝食後に出掛けたのだが、一週間は戻らないらしい。一週間も狩りに連れて行ってもらえないとは残念だ。
午前中はダンスの練習、午後は下に響かないかどきどきしながらジャンプとダッシュ、休憩がてらにお茶、その後読書しつつ部屋の外の気配を探ったり、隠している布で拭き掃除したり。夜は気配を殺しつつ手洗いで洗濯し、また読書という生活サイクルが出来上がってきた。
部屋の本は読み終わってしまったので、お父様の書斎の本を拝借している。一度読んだ本よりも読んだことのない本の方が、パラメータの上昇が早い。神聖魔法はついさきほど10になり、祈りを覚えた。祈りは自分の体力や魔力を微量回復するという、正直あまり役に立たない代物だ。ただ本を読むだけよりも祈りを連発した方がパラメータの上昇が早いので祈りまくる予定だ。ゲームだとぽんぽん上昇してたのに、この世界の上昇率は悪い。特に最初の10までが、長い長い。あれか、もしかして才能ないってことか……?
「お嬢様、今日はご機嫌ですね?」
「えぇ! ダーヴィトお兄様が帰って来たのよ!」
狩り! 狩りに行ける!
「すっかりダーヴィト様に懐いておられて……。兄妹の仲が良いことはよろしいですが、お気を付けて」
何を気をつけるの? わかってない私を見かねて、巻き毛メイドは言い難そうに口を開いた。
「その……ナシカ様は、ダーヴィト様のことをあまりよく思われていないので……」
ナシカ様とは初めて聞く名前だ。兄姉の名前じゃないんだから、たぶんお母様なのだろうけど。
「エリザーベト様とダーヴィト様と親しくされるのは、ナシカ様に知られない方が良いでしょう。幸い兄弟仲は悪くないので、ナシカ様の耳に入る可能性は少ないとは思いますが……」
そうなの? よくわからないけど内緒にしておけばいいんだな。
「わかったわ。気をつける」
ほっとしたように息を吐くのを見て、質問する。
「でもどうしてお母様は、お兄様達と親しくするのを嫌がるの?」
メイドさんの目が点になった。なぜ。
「お、お嬢様、あの……。あの……ク、クラーラ様をご存知ですか……?」
誰それ。でも聞いてくるってことは、知らなくてもおかしくないと思ってるってことよね? たぶん。
「……どなた?」
「そ、そうですよね……今までほとんど誰ともお話にならなかったですし……あの、エリザーベト様とダーヴィト様のお母様で、別邸に住んでいる第二夫人でございます……」
あー……。異母兄妹だったんだ?
「念の為に申しておきますと……デュー様、アンジュ様、リオン様は前第一夫人のご子息でございますので、ナシカ様がお産みになったわけではございません」
あー……。そっちも異母兄妹だったんだ?
「この際です。何か聞いておきたいことなどございませんか?」
「あ、お父様やデューお兄様はどんなお仕事をしてらっしゃるの?」
「……イグナーツ様は領主でございますから、大雑把に言えば領地経営でございますね。デュー様はいずれ跡を継ぎますので、現在は補佐についています」
取説には世界の常識はあれど、家庭内の常識は載ってなかったもんなぁ。
「あの、私、何も知らないみたいだから、何かあるたびに知らないものと思って色々説明してくれると助かるわ」
「かしこまりました。お任せください」
おぉ、頼もしいな。
昼食後、ジャンプとダッシュ後、サオンとお茶休憩をとっていたら、ダーヴィトお兄様がお土産を持って来てくれた。どんぐりのパンだ。
「メンバーに料理スキル持ってるやつがいるから、作ってもらったんだ」
「ありがとうございます」
さっそく一口。おぉ、柔らかい……。ドライフルーツがたっぷりと入っていて、甘い。フランスパンが主流だから、柔らかいパンを食べるのは久しぶりだ。
「ふあぁ、わたしまでいただいてしまって、申し訳ありません。でもおいしいですぅ」
サオンが幸せそうにパンを頬張っている。かわいいなぁ。よしもっと食え。
「二人共美味しそうに食べてくれて嬉しいよ。あいつも料理人冥利に尽きるだろう」
「料理人って……ハンターでは?」
「ハンターなんだけどね。珍しい食材を手に入れるためにハンターになったようなやつだから」
ハンターと言っても色々か。
「明日明後日は用事があるから、明々後日かな。セリカさえ良ければ遠乗りでもどうかな?」
「行きたいですっ!」
遠乗りと言う名の狩りですね、わかります。
明々後日はダンスの練習をお休みにしてもらおう。たまには気分転換が必要だよね。
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