ナビール祭③
ナビール祭、三日目。いよいよ最終日だ。
午前中は飽きもせず、パーヴェル・ストラーウスによる妹自慢が繰り広げられた。心なしか周りから憐れまれてるような気がする。同情するなら助けてよ。
昼休憩の時間となったことでようやく逃げることが出来た。今日はフェリシー様もいないのでオネエとサオンの三人で出店で買い食いだ。
「セリカ様、彼は一体何を?」
「妹自慢。ユーリー様と結婚させたいみたいよ」
「……それは、セリカ様に身を引けと?」
「そうかもね。でも私にその辺りの決定権も、意見を言う権利もないしね」
ストラーウス家は三位なんだし、アデュライト家より立場は上だ。私とユーリー様の婚約をどうにかできるかもしれないし、出来ないかもしれない。その辺りのルールを私は全然知らないからなぁ。
昼食も済み受付に戻るという時に、レース編みの隣の部屋から悲鳴が上がった。しかししばらく待ってみても、誰も出て来ない。
「……ちょっと行って来る」
まさか中で気絶とか……ないよね? 気になる。
音をたてないように覗き込むと、一人の令嬢が震えながら床に蹲っていた。
「大丈夫ですか?」
慌てて抱き起すと、同じクラスのご令嬢だった。まさかこんなところで接触することになるとは。
「使用人は一緒ではないのですか?」
ドーリス・シュヴァーン。正統派お嬢様タイプのライバルキャラの一人である。
「わたくし、ひとりです……」
か細い声で答えが返って来た。
「とにかく、ここを出ましょう」
「あ……」
どうやら腰を抜かしていて立てないようだ。仕方なく抱き上げて講義室を出る。
「セリカ様! そちらの方は?」
「御加減が優れないようです。救護室にお連れしますから、オネエとサオンは受付に戻って伝えておいてくれる?」
「かしこまりました」
初めての救護室は想像とかなり違った。十台以上あるベッドに救護担当の講師が三人、ぎっしり詰まった薬品棚。かなり広い。
ドーリス・シュヴァーンをベッドまで運べば、あとは講師に任せればいいだろう。
「では、私はこれで……」
立ち上がろうとすると、ローブがくんっと引っ張られた。
「あの……もう少し、ここに……」
「……私で良ければ」
なぜ引き留める。私は何も出来ないよ。むしろ怖がらせた側の人間なんですが。
「わたくし、ドーリス・シュヴァーンと申します」
「はい、存じ上げておりますわ。ドーリス様はクラスでもお美しい方ですもの。私はセリカ・アデュライトと申します」
美人というだけじゃなくて、貴族位も上位だし、知らない人がいるわけない。
「セリカ様もあの講義室にお入りになられたのですか?」
「えぇ、まぁ」
「その、怖くはなかったのですか?」
「……何といいますか、ちょっとお手伝いをですね、ソフォス講師に頼まれて……」
すっごい言い難い! でも言わないのも何か嫌! でもソフォス講師のせいにするけど!
「あれを? お手伝い?」
目を丸くして驚いている。いや本当すみません、泣かせてごめんなさい。
私はちゃんと案内図にも入り口にも注意書きあった方がいいって言ったんだよ! でもソフォス講師が必要ないって! ちゃんと許可も取ってるって!
こうなるんじゃないかなとは思ってたんだけどね。賓客が迷いこんだらどうするんだと。でも問題ないっていうし……本当かよ、と思いつつまぁいいかって思っちゃったんだよね。
「魔法基礎の担当がソフォス講師でして、その流れで……」
きっかけは私が持ち込んだ魔糸蜘蛛の観察日記だった。絵をスケッチに書いてもらって、日記通りに動かしたら面白いよね、ってただそれだけの話だったはずなのに。しかも実行するつもりはなかった。基礎の発表っぽくないじゃん。
その後お化け屋敷の話したのがまずかったんだよね。最終的に観察日記を元にスケッチが絵をつけて、最後の山場で魔糸蜘蛛が巨大化して子供を大量に産み、見ている人に向かっていくという代物に。その上ソフォス講師が本気にして講義室の手配や学園長の許可などを取り付けてくるという始末。
一応反対したけど、ソフォス講師とエフィムとメリルには勝てなかった。基礎の発表にも参加出来なくて肩身が狭いから強く出られないし。
「怖い思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」
「……魔法基礎というのは?」
あれ? 謝罪は無視ですか?
ちょっと復活したのか、声が凛として来たぞ。
「属性魔法を選択する前にあった講義ですわ。あれを延長してもらっているのです」
「わたくしはそんなこと初めて聞きました」
「え……はい。表立って募集はしなかったようですので」
「基礎というのは、昨日の午後にあったあの発表のことですわよね」
「はい、基礎の発表は午後に時間を頂いております」
魔法の発表は集会場で行われている。毎日朝から順番に発表していて、基礎は最後から二番目なのだ。
「昨日、拝見致しました」
「さようでございますか」
「基礎のクラスに入るのはどうすればよろしくて?」
「え……あの、次の選択は二年になってからだと……」
「そんなことわかっています。わたくしは今から入りたいのです」
知らねぇよ!
私に言ってもどうしようもないだろう、それ。
「担当はソフォス講師ですから、ソフォス講師に伺ってみては?」
「そういたします。基礎は何人いるのですか? あれは誰が考えたのですか?」
「基礎の生徒は一年生が四人です。皆で話し合って考えたものですわ」
え? 何? もしや魔法オタク三人目か?
そんな設定に覚えないですけど!?
「そう……基礎に入ればアレが出来るようになるのね?」
アレってどれよ。
「降り注ぐ色とりどりの火の矢……とても美しかったわ……」
そんなうっとり語られましても。
結局基礎の出し物は、小さな火の矢をたくさん出して的に絵を描くように撃つ。それに色を付けただけだ。人数が少ないので魔道具でカバーして。
他の属性の方が大技で来てるだろうから、飛び抜けて派手というわけではなかったと思うんだけど……。
「火に色を付けること、形を作ること……そして最後のサイン」
最後のサインというのは、炎自体でナビールと書いただけだ。これは結構難しくて、魔道具の力を借りている。これ今言った方がいいのかな。何か夢を壊すみたいで嫌なんだけど。
「……あの、魔道具の補助もありますから、基礎のクラスが優秀というわけではございませんよ?」
「でもアレを考えて実行したのは貴女方でしょう?」
「それはそうですが、すべてが実力というわけではございません」
「かまいません。夏から秋の短い期間しかありませんでしたもの。つまりこれから先時間があれば魔道具の補助は不要になるし、さらに上も目指せるということですわ」
えー!? それはどうかなぁ。飛躍しすぎじゃないですかね。否定するのも面倒になって来たし、別にいいけど。頑張れば出来る人もいるだろうし、嘘ではない。
ドーリス様すごく元気なんでもう戻っていいですかね。
とりあえず蜘蛛部屋の装置、回収して戻ろう……。
悲報。パーヴェル・ストラーウス氏、休み。
とうとうシモナ・ベナークに捕まった。もう話すことないんだけど。
「話す気にはなったかしら?」
「いえですから、神の奇跡以外に心当たりはございません」
何なのこれ。何回言えば通じるの?
いや通じてないんじゃなくて、信じてないだけか。なら信じられるようにすればいい。
でもここに天使呼ぶの? というか天使呼んだら今度は寄越せって言われそう。
「嘘。散々逃げ回って、疾しいことがあるからだわ!」
「ねぇよ……」
サオンとオネエがどうしていいかわからず、狼狽えている。オネエが狼狽えるところなんて初めて見た! レア! サオンはわりといつも狼狽えてるけどね。
「メンドイ」
何でこんなに絡まれないといけないのか。
シスコン野郎とか狂信者とかどっちも要らないんだけど。ウザイ。
シモナ・ベナークの声がキンキンと頭に響く。あーうるさい。……うるさい。うるさい。
「黙れ」
声が止まった。良かった、静かになった。
「私、煩いの嫌いなのよね。あと面倒なのも、うざいのも」
シモナ・ベナークを見ると顔色が悪く、震えている。
「私に絡むの止めてくれる? 顔色悪いし、救護室にでも行ったら? もう戻って来なくていいし」
最終日だし、そんなに人手いらないでしょ。それぞれお供もいるんだしさ。
「卑怯よ……!」
掠れた声で叫ぶ。
「何が卑怯? そんなのどうでもいいし。それよりも早く救護室行けば?」
行かないというのなら仕方ない。送って行ってあげようではないか。
私は手持ちの魔道具に魔力を送り込んだ。
「ひっ……!」
私の背後から、一匹の巨大な蜘蛛が現れる。次々と子供を産み、そして……。
「ひいやあああああああああ!」
「いってらっしゃい」
子蜘蛛たちに追い立てられ、シモナ・ベナークは救護室に辿り着けたことだろう。
静かになって良かったね。
あれ? スケッチとサオンの顔色が悪い。ごめん、サオン、忘れてた。




