狩り
長袖のハイネックにチェック柄のパンツ、革のブーツ。深緑の薄手のポンチョを身につけて出来上がり。今日はダーヴィトお兄様と乗馬である。
サンドイッチの入ったバスケットを持って領地内にある草原へ行く。近くに少しだけモンスターのいる雑木林もあるのでついうっかり迷い込む所存である。クフフ。
「お嬢様ご機嫌ですね」
「ええ! すごく楽しみなの!」
モンスターとの初戦闘がな!
基本的に部屋付きではなく階付きで、ベルがなれば順番に出動するらしい。今日はちょっと年配でふっくらとした女性である。金髪の巻き毛で天使とお揃いだ。レースのカチューシャはメイド服とセットなのかな?
「ダーヴィト様がいらっしゃるので大丈夫だと思いますが、お気を付けて」
「はいっ、行って来ます!」
待ってろよモンスター! 剣の錆にしてやるぜぇ!
厩舎から馬を引き、敷地外へ出てから馬に跨る。よく調教された馬なので初心者でも心配ないそうだ。馬に乗るのは久しぶり。学生時代は毎年夏休みに遊んでた。
程よいスピードで、風が心地良い。自然が多いからか草の匂いがする。ヘルメットもしてないし帽子も被っていないから、髪の毛すごいことになってるだろうな。
ダーヴィトお兄様の馬のスピードが落ち、ゆっくりと止まる。何の指示を出さなくても、私が乗っている馬も同じように止まる。優秀だ。
「ここがいつもの休憩場所だよ。ほら、テーブルと椅子がある」
平べったくて大きな岩と切り株が二つ。馬を繋ぐ木もあって、なぜかハンモックも吊るされている。
「お昼にはまだ早いね。どうする? もうちょっと遠くに行ってみる? ハンモックで昼寝してもいいし、弓も持って来てるよ」
「弓が良いです!」
「そう? 意外だな。てっきり読書って言われるかと思ったよ」
いや本なんて持って来てないけど。もしかしてセリカって本好きなのかな。そのわりには部屋に十冊くらいしかなかったけど。もしかして図書室があるとか?
「あの木に的があるんだよ」
たぶんこれで弓術スキルが手に入るはずだ。わくわくしながら矢を射る。
「当たった!」
ビギナーズラックだろうけど、的に当たった。ど真ん中。
「お、上手い。セリカは弓術の才能があるのかもしれないね」
馬術のスキルも増えてるし、馬術と弓術で狩りが出来そう。遠距離攻撃はあまり好きじゃないんだけど、弓でモンスター引き寄せて近接戦ってのもいいかもしれない。
「お兄様、あの雑木林に行ってみたいです」
「え? うーん……一応モンスターがいるからなぁ」
断られても後で迷い込むけどね。ここでOK出してくれた方が穏便にすんでいいんだけど。
「お兄様がいれば平気でしょう? 行ってみたいです!」
「まぁいいか……絶対に俺から離れないようにね?」
「はい!」
妹に甘い兄で良かった。それともよっぽどモンスターが弱いのか、お兄様が強いのか。
「草食系のモンスターしか見たことないからたぶん大丈夫だよ。その短剣の出番はないだろうね」
大丈夫じゃなくて良いです、モンスター来いよ! 短剣の出番くれよ!
「あぁ、いるね。草食だから襲って来ないけど、ほらあれ」
鹿だ。角が黒くてすごくでかい。目つきもどことなく鋭い気がする。
「あんまり近付くと襲って来るからね。これ以上行っちゃダメだよ」
近付きたい。すごく近付きたい。
でもここで誘惑に負けると後後困りそうだし、我慢だ我慢。
「あ、あっちには兎がいるよ」
すごい。毛の色が緑だ。何か気持ち悪い。草をもしゃもしゃやってるのはかわいい気がする。だけど緑だ。
「あとはー……あっちに蜘蛛とあっちに芋虫」
「お兄様、何かモンスターを見つけるコツがあるんですか?」
そんなにぽんぽんよく見つけられるな。私も見つけたい。
「あぁ、気配察知だよ。そういうスキルがあるんだ」
スキルか! 気配察知ね。いいなぁ、私も欲しいけど、気配察知の取得出来る行動って何だ? 帰ったらスキル大全で確認しよう。
「あ、どんぐりが落ちてる。拾って帰ろうか」
「どんぐりをですか?」
「うん。どんぐりパン結構好きなんだ」
え? どんぐりって食べられるの? え? ファンタジーだから?
「ほしの実もなってるね。ほらセリカ」
手のひらに濃い茶色の金平糖のようなものが二粒。ダーヴィトお兄様がそのまま口に運ぶのを見て、同じように口の中にいれた。チョコレート味だ! しゃりしゃりとした食感が面白い。さすがファンタジー。見知った食べ物の方が多いけど、こういうのもあるんだな。
「あ、ちょうどいいのがいるけど、狩ってみる?」
「はいっ!」
よくわからないけどたぶん鳥だ。足と首の短いダチョウ?
「ただし一射だけだよ。当たっても外れても俺が追撃するから」
弓を構え、慎重に狙いをつける。さっきの的までの距離と変わらないから、届かないはずはない。
風を切って矢が飛ぶ。当たった!
瞬間、お兄様が飛び出した。長剣で鳥の首を刎ねる。血飛沫が上がった。周囲に潜んでいたのか、何かが遠ざかっていく音がする。
鳥の脚を持ち逆さに吊るしながら、お兄様が戻って来た。
「おめでとう、セリカ。セリカの獲物だよ」
トドメを刺したのはお兄様だけど、嬉しい。戦闘とは言えないけど、初だ初。
「休憩場所に戻って解体して食べようか。持って帰ったらここに来たことがバレるからね」
外出禁止にされたら困るしね。けどこれって食べられるんだ? 手伝ったら料理スキル取得出来るかも。
休憩場所まで戻り、さっそく準備に取り掛かる。解体からやってみたいとお願いして、やり方を教えて貰った。とりあえず羽を毟るのが面倒だった。解体して食べやすい大きさに切り分けたものを直火で炙る。味付けは塩。それから臭みを消すためのハーブ。
「この鳥は半生くらいが一番美味しいんだ」
それは楽しみだ。
持って来たサンドイッチと新鮮な鳥の炙りでお昼ご飯。自然豊かな場所で初の獲物を食べる。いいね!
「すごく美味しいです!」
「良かった。料理スキル持ってたら熟成でもっと美味しく出来たんだけどね」
このレア具合、たまらん。日本酒持って来てー。
しかし料理スキルはやはり必要だな。ハンターになれば野営なんて日常茶飯事だろうし。
「いやぁ、弟がいたら狩りとか教えたかったけど、出来ないし。まさか妹に教えることになるとはなぁ」
弟欲しかったんだよね、とつぶやく。妹でごめんね。しかも中身別人でごめんね。
「ところでお兄様は、どんなスキル構成にしてるのですか?」
「え? うーん、気配察知、解体、弓術、槍術、罠解除、神聖魔法、風魔法、火魔法、馬術、回避、かな」
「長剣は設定してないのですね」
さっき使ってたのは剣だったから、てっきり。
「スキルなくても使えるしね」
「でも技とか補正がありますよね?」
「スキルの数に制限がなければ設定したいところだけど。パーティメンバーに剣の使い手が多いから、バランスが」
「パーティメンバー?」
「ハンターの仲間の六人中三人が長剣で、杖が一人、錫杖が一人。で、俺が槍と弓ね」
お兄様まで長剣だと六人中四人か。パーティの人数はやっぱり六人ね。学校の班もそうだったから、そうじゃないかとは思ってたけど。
というかハンターだったのか。先輩だ。
「レベルはいくつなんですか?」
「18だよ」
「18! リオンお兄様より高いんですね」
「そりゃそうだよ。兄上は警邏だから対モンスターより対人の方が多いし、捕縛が多いから」
実戦というより、相手を倒さないとレベルが上がらないってことかな。つまり処刑人は……。
「私もレベルあげたいです」
「うーん……けっこう難しいかもね。この鳥レベルだと百近く狩らないとレベル上がらないと思うよ」
「そんなに!?」
「そんなに。レベル上げるのって苦労するよ。まぁハンターでもない限りレベルなんて必要ないけどね」
「ハンターにレベルが必要なんですか?」
「ハンターにはランクがあってね、そのランクを上げる条件にレベルが必要なんだ。たとえば下から一つランクを上げるなら、パーティメンバー全員のレベルが三以上っていう条件」
「ソロだと上がりやすい?」
「いや……ソロだと逆に厳しいんじゃないかな。やっぱり人数がいた方が倒すの楽だし」
経験値の分配とかどうなるのかな。いやそもそも経験値っていう概念があるかどうかすら怪しい。
「セリカはハンターになりたいの?」
「そうですね、興味あります」
本当はめっちゃなりたいです。
「それでスキルも気にしてるんだ?」
「はい。まだ一年先ですけど、今から勉強しておこうと思いまして」
「なるほどね。それで馬に乗りたいだなんて言い出したんだ。いや言い出したのは俺だけど、セリカはいつも引きこもってたし、俺のこと嫌ってるのかと思ってた。こんなにたくさん話したのは初めてだし」
えっそうなの? まずった? 食事の席で皆友好的だって思ったのはもしかして勘違いだったか。いや逆に良かったのか? 引き篭ってたおかげであんまりバレないかも? ちょっとアクティブになりすぎて驚かれるかもしれないけど、それは神の奇跡が~でごまかしておこう。そうしよう。
しかし十三年間兄妹やっててあんまり話したことないのってすごくない? 元々兄弟いなかったからただのイメージだけど。
「嫌ってるだなんて、そんなことありません。またこうやって狩りを教えてくれますか?」
「もちろん!」
残りの時間は弓と槍の練習をしたり、ハンモックで昼寝したりして過ごした。血で汚した服は夜中にこっそり手洗いして、洗濯スキルをゲットだ!
変動があったもの馬術3・弓術4・槍術2・解体1・料理1・洗濯1