北方旅行①
「どうしてそうなった」
「うぁ……」
北方旅行の、その当日、朝。
青い顔したスケッチの後ろに、満面の笑みで立っているエフィム。私に向かって片手をあげて上機嫌。
「やぁ! 君たちが魔動車で北方に行くと聞いてね! 私の実家は北方にあるので一緒に連れて行ってもらおうかと! おもしろそうだから!」
「レンタルした魔動車は見ての通り小さくて……申し訳ないんですが、四人でいっぱいですわ」
「無理は承知だよ! なので魔動車のレンタル代は私が持とう! 運転も半分受け持つ!」
「お任せください!」
「セリカ様……」
サオン、そんな目で見ないで!
狭い車内がさらに狭くなるが、運転手が一人増えるのは嬉しい。今回は私が寝ている間は止まるしかなかったのだが、それがなくなるのだ。しかもレンタル代タダとか。タダか、いい響きじゃないか。
「食料足りる?」
「大丈夫でしょう。それに最初の町はそんなに遠くありません」
魔動車や馬車で移動する人がいるため、ちょうど良い位置に町があることが多い。そしてその町には旅人向けのお店も揃っているのだ。特産品が楽しみである。
連れは先に帰したらしいからエフィム一人。一人ならまぁ大丈夫だろう。スペース的にも食料的にも。
エフィムは運転手をかって出た癖に、運転操作がわからないらしい。どういうこと。
魔力量はけっこうあるし、とりあえず運転操作を教える。実際の私の操作を見ててもらって、あとでちょっと運転して見てもらえばいいか。
一応戦闘もあるかもしれないからパーティの戦力も説明しておく。移動中は出来るだけ戦闘を避けるけど、万が一いい獲物がいたら狩りたいし避けられない戦闘もあるかもしれない。
「四人もいるのに一人も盾を持っていないとは珍しいな!」
「そうなのですか? 私は一応持ってますが、今使っているのは刀なので……。盾は意外と使わないと言いますか……扱いが下手だから活用が難しいのです」
受けなくても避ければいいじゃん! がモットーです。私は片手剣じゃなく両手剣愛用なので盾は使わない。エフィムは魔法バカかと思いきや剣術も嗜んでいて、盾も扱えるらしい。
盾かぁ……そのうち練習してみるか……。
「街道沿いはあまりモンスターも出ないし、戦闘はほぼないだろうね!」
街道沿いはその領地の巡回もありモンスターの出現率が低いのは、各地共通だ。まぁまともな領主じゃなかったりよっぽどの田舎なら何とも言えないけど。
「君はどうして北方に?」
「北方に嫁いだ姉にご挨拶と、海月素材の買い付けですわ」
今回の目的地は二番目の姉の嫁ぎ先でもある。北方の海ならどこでも良かったんだけど、ダーヴィトお兄様にどうせならと勧められたのだ。エリザーベトお姉様とあまり話したことないけどね。
一通り運転操作を教えたので交代してみたが、問題はなさそうだ。街道はしばらく直進だし。器用なのか何なのか飲み込み早い。さすが奇人変人天才キャラ。
東ノ島通りで購入したオニギリを交代で食べる。具は鮭と梅干と昆布。ツナマヨが食べたい。エフィムは梅干と昆布が苦手だったようで眉間に皺が寄っていた。ええい、我慢しろ! いきなり参加するのが悪いのだ!
エフィムにおにぎりを回した分、スープを追加。ショートパスタを茹で干し肉や干し野菜を入れた簡易スープだ。
「私は仮眠を取りますので、魔力が少なくなったら起してくださいね」
スケッチと場所を交代。魔糸蜘蛛に果物をあげてから横になる。今回は日程も長く留守番もいないため、クラウドも連れて来ているのだ。籠に入ってるしカバーもついているので、サオンも安心だろう。たぶん。
起こされたのは最初の村へ着いた時だった。時刻は夕方。
「買い物が終わったら出発するわ。別に疲れてないし夜通し走れそう」
「あの揺れなのに熟睡でしたね」
余裕だ。
確かに前に乗った魔動車に比べれば揺れるけど、乗り物には強い方だし。
夕食用に食べやすいサンドイッチと明日用の保存の効く食料を買い足す。
「泊まらないんですか?」
「泊まるのは私の限界が来た時だけでいいかな。どうせなら向こうでゆっくりしたいし」
途中で無駄に時間を使うより、目的地でゆっくりしたい。せっかくの海なんだし。
ただ海水浴は一般的じゃないんだよねぇ。ゲーム中に夏祭りイベントもなかったし、そうなると花火もないだろう。せっかくの夏休みなのに何を楽しめばいいのか。課題がないだけマシだけど。
特に大きな村でもないので買い物はすぐに終わった。
私とサオンが操縦席に乗り、残り三人が後ろで眠る。サオンが警戒していればモンスターが来れば対処できる。
仮眠したおかげか余裕で朝を迎えた。まだイケる。すれ違う馬車もあまりいないし歩行者はさらにいないしで、事故率低そうでいいなぁ。
昼過ぎに少し大きな町に到着した。一日掛からない位置ごとに村や町があるので、普通の馬車の旅でもそんなに悪くなさそうだ。魔動車に比べて時間が掛かるのは難点だけど。所要時間だけで考えると転移の方が良いけど、場所は限られるし金額がバカ高い。一人なら転移の方が安上がりだったりするが、人数が多いと馬車の方が安い。
「あ、これかわいい」
「本当ですねー」
エリザーベトお姉さまに渡す品物は王都で用意してあるけど、それとは別にお菓子を見繕う。サオンも食べたそうだし二箱だ。
「一つはおやつにしようね」
町の名産である花を使った鮮やかな焼菓子だ。砂糖漬けの花はあまり好きじゃないけど、この世界だとけっこう一般的みたいなんだよね。
他にも同じ花を使ったお茶やサシェを買う。
「ここでも泊まらないんですか?」
「うん。ちょっとエフィムに代わってもらって仮眠する」
また食材を買い足して、出発。
結局一度も狩りをすることなく、順調に数日間走り続けた。




