手伝い
ナビール魔法学園に、下駄箱はない。校舎内も靴のまま入るからだ。よって、果たし状が入っていたのも下駄箱ではなく、ロッカーの中だった。
鍵はかけているけど、隙間から差し込まれていた。執念だな。
果たし状は昼休みに倶楽部棟の裏にて待つというものだ。面倒だけど、行かないとさらに面倒そうなので行くことにする。
「よく逃げずに来たわね」
腕を組み、私を睨みつけるアカネ・アマミヤ。
「で?」
「決まってるでしょ! コジロー様に付き纏わないで!」
「だから付き纏ってないと」
面倒な女だな!
「私に言わずにコジローに言えば? 食堂であの席を使わないでくださいって」
いきなり私があの席を使わないようになったら、何か感じ悪いじゃん。
「とりあえず聞きたいんだけど、アンタはコジローに異性の友人を作らせたくないの?」
「コジロー様の傍にいてコジロー様を好きにならないはずがないじゃない!」
うわぁ……。
「いや私婚約者いるし、好きにならないから」
「口では何とでも言えるでしょ!」
「そう言うと思った。なので、ちょっと付き合ってもらう」
「え?」
「力尽くで」
「え?」
「大丈夫大丈夫、怪我はさせないから。たぶん」
仕込んでおいたロープを取り出す。魔力を通し、自由に動く魔道具のロープだ。
「ゴー」
ロープが戸惑うアカネの背後に回り込み、体に巻き付き始める。
「えっ!?」
まさかそんなことをされるとは夢にも思っていなかっただろう。というかそういうロープを知らなかった可能性もあるな。抵抗する間もなく、いとも容易く捕獲完了。
ふはは、楽勝楽勝!
「しばらく黙っててね」
にっこり笑って布を噛ませた。
うわぁ、目立つ。すごく注目されてるけど、誰も話し掛けようとはしない。そりゃそうだ。こんな怪しい人に話し掛けようとは思わないわ。
助けてもらえないアカネ、カワイソウ。
「何をやってるんだ?」
「今日からこの子も一緒にどうかなと思って」
「縛り上げて無理矢理連れてくるのは感心しない」
「無理矢理じゃないから大丈夫。コジロー、解いてやってくれる? 私は二人分の昼食持ってくるわ」
「~っ!?」
「コジローが解きやすいように、大人しくしててね」
二人分の食事を持ってテーブルに戻ると、アカネは観念したのか大人しく待っていた。顔を真っ赤にして俯いている。ストーカーは純情らしい。
「お待たせ。日替わりにしたけどいいわよね」
有無を言わさずトレイを押し付けると、私はアカネの隣に座った。
「二人は同郷よね? 顔見知り?」
「多少は。とはいえ、挨拶程度だが」
幼馴染とかではないのね。
「なら自己紹介は必要ないわね。東ノ島通りの話が出来る人は貴重だと思って」
「確かにそうだな」
アカネはコジローをちらちら見ながら、大人しく食事をしている。コジローがいれば絡まれないし、面倒じゃなくていいな。
「別に今まで約束してたわけじゃないけど、どうせなら人数は多い方がいいし。アカネもこれからここで食べましょうね?」
「それはいいな。せっかくの同郷だ」
コジローに肯定されれば断れまい。これでしばらくは大人しくなってくれるだろう。
私は無事平穏を手に入れた。
と、思っていたら私の後をつけてくる人物がいる。
隠れているのかいないのか、よくわからないけどバレバレだ。曲がったふりをして待ち伏せた。
「何か御用かしら?」
「あ……」
スケッチ少年だった。
先週いじめちゃったから、もう話し掛けて来ないと思っていたので予想外だ。
「…………」
早く言えよ。
「倶楽部に行く途中なので、用事がないなら行きますよ?」
「あっ……」
「はい」
「…………」
「うっぜぇ。早く言え」
つい手が出た。ちょっと頭を力込めて掴んだだけだけど。眼鏡が落ちてないからセーフだ。
「痛い痛い痛いですっ、言いますから言いますからあああああ」
「で?」
「う、うぅ……こ、この前、返り討ちにしたいなら、手伝ってくれるって……」
頭を押さえ呻きながら、ぼそぼそと話し始めた。
「あぁ、あれか。手伝うって言っても私は直接手を出すつもりはないわよ? 特訓の手伝いならするよってだけで」
「特訓の手伝いって、その、アデュライトさんは……」
「セリカでいいわ。とりあえずスケッチはどうなりたいの? 私で手伝える特訓ならいいんだけど、目指すものが違うと手伝えないから」
手段を選ばないならいいんだけど、正攻法オンリーとか言われると困る。
「僕は、剣術が全く駄目なんだけど、弓も槍も苦手で」
あぁ、うん、苦手そうだよね。
「潔く魔法一本に絞れば?」
ここは騎士学園ではなく、魔法学園だ。
剣術が苦手でも問題ない。実技は馬術や杖術もあるんだし。
「魔法の才能、あればいいんだけど……まだ習ってないからわからないし」
入学試験は魔法の才能は関係ないしね。魔力量は量られたけど、それだけだ。
「とりあえず、最終目標は何? 何を目指してるの?」
「騎士に、なりたい……」
「実技からっきしなら魔法からアプローチしないと無理よね。魔法だけで騎士になることは可能なの?」
レベルが上がれば身体能力が上がるというわけではない。スキルパラメータが上がれば補正が掛かるものはあるけど。
「魔法だけじゃ無理なんだ。前は魔法士団と騎士団が別だったけど、今の騎士はどっちも出来ないと駄目だから……」
そうなるとやはり実技は必須か。
スケッチの剣術を見る限りじゃ、かなり厳しい。
「剣、槍、弓以外じゃだめなの?」
「入ってからはわからないけど、入団試験にまずそれがあるから」
避けて通れないわけか。
「あ、ハンターから騎士になるケースがあるじゃない?」
「え、うん」
「それと普通に騎士になるの、どっちが可能性高い?」
「どっちも、難しいと思う……」
「難しいと思う理由を述べよ」
「親が騎士なら、在学中にハンターのEランクまで上がったら、騎士になれる制度は確かにあるよ。でも、Eランクなんて無理だよ」
Eランクか……。私の目標よりも低い。ハンターはDランクで一人前、Eランクだとあと一歩。学生でEなら充分なんだろうけど。なので在学中にEランクは不可能ではないと思う。私自身はいけると思っている。
「Eランクってソロ?」
「うん」
やっぱりソロか。パーティランクならいけると思うんだけど、ソロだと厳しいかもしれない。前衛のソロと後衛のソロってだいぶ違うし。支援だけ出来てもソロのランクは上がらない。
「まぁ何事もやってみないとね。ハンターの方なら、手伝ってあげられるけど、条件があるわ」
「どんな……?」
「私の秘密を教えるわ。それを黙っていることが一つ。もう一つは、あの二人に絡まれたら言い返すこと」
「え?」
「口約束じゃ信用出来ないから忠誠の指輪を使う」
「え」
「忠誠を交わすわけじゃなくて、契約書代りに使えるから」
「いやそれは知ってるけど……。あれ、すごく高いよね?」
「ハンターになったらどうにか稼げるから大丈夫」
訝しげな様子のスケッチに、きっぱりと答える。
「それに、言い返すって……」
「それはもっと簡単。剣が下手って言われたら他の方法で騎士になるって宣言して。貴族位持ち出して来たら校則知らないのかって言って」
「そんなこと言ったら……」
「まぁ喧嘩売ってるような言い方しなくていいわよ。柔らかい言い方に変えてもいいけど、我慢して受け入れるのはやめて」
「……わかった。頑張るよ、僕」
少し迷いながらも、スケッチはぎゅっと拳を握り込んだ。




