入学式
紺色のスカートに白のブラウス、タイとローブを身に着けて鏡の前でくるりと回ってみた。うん、美人は何でも似合うね! ちょっと地味だけど。
いよいよ今日は入学式だ。クラス発表も今日。Aクラスじゃなかったらお母様になんて言われるか。どうかAクラスでありますように。ついでにユーリー様もAクラスでありますように。
ショルダーバッグに筆記用具と生徒手帳と財布を入れて、いざ出発。サオンは講習があるので今日は一人。お供がいないとちょっと浮くかもしれないけど仕方ない。
ドキドキしながらクラス発表を確認する。
良かった! Aクラスだ!
ついでに見知った名前がないか確認。ユーリー様ともう三人の名前を見つけた。これで一安心だ。帰ったらお母様に報告の手紙を書かないと。
教室に向かう途中、足元に一枚の紙が飛んで来た。おぉ、上手い! 魔糸蜘蛛だ。鉛筆で描かれたもので、左下にサインが入っている。
いいなぁ、これ。欲しい。部屋に飾ったらサオンが泣くかなぁ。
「ア、ル、スかな?」
辺りを見回すと、眼鏡の男子生徒が転んで紙が散乱している様子が見えた。それを男子生徒が二人絡んでいる。お供はいないようで、止める人もいない。
何か面倒くさい感じがする。なぜ拾った私。いやなぜ私の方に飛んできたんだ、絵よ。
「アルスまたお絵かきか? だから剣がうまくならないんだよ」
「何だこれ?」
紙を拾い上げ、笑っている。
「おいおい、何だよこの絵!」
何で笑われているんだろう? モンスターの絵だから悪趣味とか?
拾った絵を渡したいけど、渡すタイミングが掴めない。このままだと教室に辿り着くのが遅くなる。後で届けるにしてもクラスも知らないし。そっと置いて行くのも何か後ろめたさを感じるというか。
とりあえず全部拾っちゃうか……その間に終わらないかなぁ。
「おい、何だよお前!」
ちっ、やっぱり見つかったか。
「絵を落としてしまったのでしょう? 私の方に飛んできたのです」
すべて拾い集め、束にして渡す。
「大丈夫? 怪我はない?」
「だ、大丈夫です」
少年は立ち上がり頭を下げた。
オリーブ色の髪の毛を後ろで一つに束ねている。頭を下げた拍子に立ち上がって、揺れた。
「入学式に遅れてしまいますわ。皆様教室に向かいませんか?」
「関係ない奴は引っ込んでろ!」
「それは申し訳ございません」
すごい。これが十五歳か。クールキャラなユーリー様しか知らないから、一般的な十五歳がわからない。高校時代ってこんなだったっけ? 覚えてないなぁ。
さて用事は済んだ。面倒だし退却しよう。
「では私は行きますね。遅れないようにお気をつけて」
さっさと教室に行かないと。ユーリー様はもう来ているだろうか。
二人組の声がでかくて、会話筒抜けなんですけど。周りもざわついている。でも誰も介入しようとはしない。別に私は正義感が強かったり、弱いものイジメなんて、と思うタイプでもない。
あぁ、何か二人組の方が貴族位が高いみたいだね。六位と七位か。近所に住んでてとろい眼鏡少年をちょっといじってるていうか、親の身分を笠に着て子分扱いっていうか。日本の有名アニメにもあるように、わりとよくあることだと思うけど。
別にね。私には関係ないんだけどね。
でもさぁ。関係なくても、気に食わないことって、あるよねぇ。
「まだ終わんないの? 本当に遅刻するんだけど」
頼むから私の見えないところでやってくれないかな。私はこう、うじっとしたのが嫌いなのだ。
この場合、親の立場とかあるんだろうしある程度仕方ないことなんだろうけど。
「なっ……!」
「あ……」
「ここで騒ぐの、やめてくれる? 目障りなんだけど」
「お前に関係ないだろ!」
「関係あるわよ。ここは学園でアンタの私有地じゃないのよ。目障り耳障り公害レベル。さっさと教室行きな」
二人組がびくりと体を震わせた。表情に怯えが見て取れる。何だかんだで坊ちゃんなんだろうし、口が悪すぎて怖がらせたんだろうか。よし、もっと怖がれ。
二人組が走り去るのを見送り、少年に向き直る。
「僕はアルスケッチ・ファーマーです。助けてくださって、ありがとうございます」
小さくて眼鏡で一人称僕。これで女の子だったらメイド戦隊にぴったりだったんだけどなぁ。
「いや、かえって迷惑掛けそうな気がする。余計なことしてごめん。私はAクラスのセリカ・アデュライト。私のことであいつらに絡まれそうだったら連絡くれる?」
「いえ、そういうわけには……」
「でも私のせいで被害が大きくなるのは嫌だし、ちょっと大人しくさせるだけだから。で、スケッチは何クラス?」
「D、です。あの、僕はアルスって呼ばれてて」
「絵上手いし、スケッチってぴったりだよね。違うクラスなのが残念だなぁ。……あ、今度、絵を見せてくれない?」
「え?」
「魔糸蜘蛛の絵、描いてたでしょ。私飼ってるの」
「飼ってる……? えっと、僕なんかの絵で良ければ……」
「ありがと。じゃあまた今度」
一年生の校舎の一階にAクラスの教室はあった。向かいには使用人の控室があり、そこから教室内が見える仕様になっている。使用人は三人しかいないみたいだし、サオンを連れて来なくても浮かないかも。
席順は自由なようなので、どこに座ろうかと教室内を見渡す。荷物がなくて、後ろの方の席がいいな。
その中で、やたらと目立つ三人組が見えた。ゲームに出ていたキャラクターだと気付き、はっとする。輝く金色の髪に碧眼。絵に描いたような王子様。王子の従兄弟で幼馴染の、燃えるような赤い髪に、意思の強そうな瞳。メインキャラの二人だ。
そして私は見惚れた。
断言しよう。
世界で一番美しいと。
ぜひともお近づきになりたい。いや、なる!!
話し掛けるべく近付くと、なぜかガードされた。赤髪がさりげなく私の行く先を阻んだのだ。他の人は気付いていないだろう。赤髪が私を睨みつけた。牽制か。私に近付くなというのか。よろしい、受けて立つ。私の邪魔をする者は、たとえ誰であろうと許さない。
違う方向から話し掛けようと、私は赤髪を避けて回り込んだ。すると、どうだろう。赤髪も私の行く手を阻むべく、回り込んできた。
は? 何コイツ。何でこんなに邪魔すんの?
くるくる回ればそりゃあ不審がられるってもので、私と赤髪以外が戸惑っている様子だ。悪い印象持たれたらどうしてくれる!
気を取り直して話し掛けよう。もう注目されてるしタイミング云々関係ないわ。
「私、セリカ・アデュライトと申します」
今更だけど精一杯取り繕ってお嬢様風に!
「私とお友達になってください!」
「へ?」
「え?」
えー。ストレートに表現したのに!
「駄目、かしら。私、一目であなたのこと気に入ったの」
「あの……」
「お、おい、お前……」
「何かしら? さっきから私の邪魔ばかりして。私が話し掛けてはいけないの? 学園では身分差は気にしないようにと決まっているでしょう?」
もちろん建前だってことはわかってるけど。しかしよほどのことがない限りは、不敬罪にならないはずだ。
あぁ、見れば見るほど美しい。
薄い水色のような細い髪。さらさらストレートキューティクル。真珠の髪飾りで綺麗に編み込まれ、白い肌は透き通っている。シミやそばかすなんて見当たらず、大きな瞳は長い睫毛に縁取られ、すっと通った鼻筋につやつやぷるぷるのピンクの唇! 細い体は抱きしめたら折れてしまいそうで、セリカとは違うタイプの超美少女!
「あぁ素敵! まるで妖精だわ! お名前を伺ってもよろしくて?」
白魚のような手をきゅっと握る。小さい! 細い! 柔らかい!
キャラではセリカが一番綺麗だと思ってたけどこれは……。妖精さんはゲームには未登場、もしかしてまったく手を付けてないサブキャラルートにいたのだろうか。ちっ、やってけば良かった。サブキャラはストーリーモードしかないって聞いたからやってないし、キャラもしらない。
口をぽっかり空けて唖然としていた赤髪が、正気に戻り引き離した。
「こいつは俺の異母妹だ! 近寄るな!」
「近寄っては駄目なんですか? 誓って害は加えません。お友達になりたいだけです」
「何かお前は危ない気がする!」
「失礼な! むしろ守るし! 妖精さんのためならたとえ火の中、水の中! どんなモンスターからでも守って見せましょう!!」
「やっぱり危ない!」
赤髪の言い合っていたら、笑い声が聞こえてきた。妖精さんだ。笑い声もかわいい。可憐だ。
「いいんじゃない? フェリシーにも友人は必要だろう? アルはちょっと過保護すぎる」
「シルヴァン!」
「まあまあ。一番重要なのは本人の意思だ。フェリシー、どうかな?」
「ふふ。ぜひ、わたくしとお友達になってくださいませ」
おおおおおやばい! 可憐だ! 花エフェクトだ!
「一生お守り致します!!」
入学初日から妖精さんに出会うとは、学園生活は充実するに違いない。




