王都観光
蜘蛛を持って帰ったら、サオンが悲鳴を上げた。どうやら蜘蛛は苦手らしい。が、頑張って慣れてくれると健気なことを言うので、それに甘え自分の部屋で飼うことにした。ごめんね、サオン。蜘蛛に慣れないとこれから苦労すると思うんだ。
オネエの部屋ならサオンの目には触れないけど、私も遊びにくいからね。仕方ない。留守中は籠に入れておくから我慢してもらおう。
図鑑を見ても性別の項目がなかったので、気にせずクラウドという名前にした。蜘蛛なので雲にしただけだ。私にネーミングセンスを求めてはいけない。
しかし蜘蛛ってこんなに懐くものだったとは知らなかった。おはよう、とかごはんだよ、と声を掛けるとぴょんぴょん跳ねる。手乗り蜘蛛。やばいかわいいわ。
九日振りに寮に戻ると、大分人数が増えていた。ユーリー様も到着したらしく、不在の間に挨拶に来たそうだ。留守中にホワイトデーの贈り物も届いているので、お礼状を書くかどうかで悩み、一応書いた。ついでに王都観光のお誘いも書き加え、サオンに届けてもらう。
宿に泊まっているお兄様たちと合流し、ギルドで依頼達成の手続きや素材の売却などを終わらせる。鉱物は使う予定もないので売ってしまうことにして、革だけを残した。諸費用を差っ引いて5万H。迷宮の方が実入りが良いとは何事だ。まぁ革を売れば三倍以上なんだけどね。
「俺たちは今日帰るけど、何かあったらすぐに連絡するようにね」
「はい。ありがとうございます」
「セリカ様のためなら、たとえ火の中水の中っ!」
それはもういい。
二人と別れ、オネエと迷宮へ潜る。六階層を三往復。金額は一万Hと少し。防具と服を作るために必要な布や糸を買い込んだ。
ここ最近よく戦ったので、オネエの薙刀のパラメータは100を超えた。しかしその反動で神聖魔法のパラメータが下降気味。こういうのを見ると、私の持つ自由設定は本当に反則だな、と思う。サオンやオネエのスキルの設定を私がいじって良いんだけど、それを他言されると困る。忠誠を買っている間は守秘義務が課せられているから漏れないけど、それ以降がどうなるかわからない。
寮に戻ると、ユーリー様からの手紙が届いており、明日の観光のお誘いだった。時間がないのですぐに返事を書き、サオンに届けてもらう。
夜は制作予定の服のデザインや性能について充分に話し合った。仕上がりが楽しみである。くふふ。
「髪飾り、つけてくださっているのですね。お似合いです」
うん、似合う似合う。
冬振りに会ったユーリー様の髪の毛は大分伸びていて、プレゼントした銀細工で一つに纏められていた。もう少し伸びたらゲームのグラフィックと同じくらいの長さだ。
今日はユーリー様がいるので、オネエは寮で防具と服作り。思春期の男の子にオネエはちょっと刺激的すぎると思うので。ユーリー様の手前、単独行動はまずいのでサオンは連れて来た。ユーリー様もいつもの従者を連れている。
学園で使うものを中心に、文房具店や本屋を見て昼食は東ノ島通りのお好み焼き屋にした。あれだね、すごいね。貴族の坊ちゃんはお好み焼き自分でひっくり返さないんだね。サオンはひっくり返せなくて、私が自分の分と二枚ひっくり返したけどね。店員さんに焼いてもらうようにした方が良かったかな。
しかし前にジャーヴォロノク領に行った時は人数が多くて気付かなかったけど、色々決まり事が面倒くさい。なぜ四人なのにテーブルを二つも使うんだ。広いテーブルがあるんだから一つでいいじゃん。アデュライト家とジャーヴォロノク家は色々違いがありそうだ。
午後は武器屋に行くことになった。一応婚約者とお出かけのはずなんだけど、武器屋だ。それでいいのか、ユーリー様。
「選択授業はやはり剣術ですか?」
武器屋に入ってからユーリー様は長剣しか見ていない。
「剣が一番得意だから」
剣術が一番スタンダートなので、誰に聞いても似たような答えが返って来るような気がする。私も迷宮に入る時は剣を使っているので、剣術のパラメータが一番高い。
「君は?」
「そうですね。私も剣術を選択しようと思ってます」
せっかくお兄様に剣を買ってもらったので、活用したいと思う。大剣とかハンマーも諦めてないけどね。
「婦人で剣術は珍しいのでは?」
婦人。まちがってないけど違和感がすごい。
例年女子は、馬術と弓術や杖術(※ナビールでは錫杖を使用する武術のこと)の中から二つを選択する人がほとんどだ。
もう一つは何にするかまだ迷っているけど、剣術は取ることに決めている。
「せっかくお兄様に剣を買っていただいたので」
剣以外の手持ちがないので、剣術以外を選ぶなら馬と馬具を借りられる、馬術かなと思う。次点は弓。いずれ買うつもりだったので、少し買うのを早めれば良い。
剣術は迷宮に潜っていれば上がるので、正直授業は取らなくても良いが、今後のこととスキル対策の実験も兼ねて、対人も練習しておきたい。授業に出れば練習相手には事欠かないし。
「ですが危険です。婦人は婦人らしく弓術か杖術にしておいた方が良いのでは?」
困った。
まさか剣術を反対されるとは思ってなかったんだけど。ユーリー様より家の方が頭固いイメージだったから、家の許可が出ればユーリー様は当然何も言わないと思っていた。
「せっかくお兄様が用意してくれて、しかも手解きまでしてくれたのに……。いまさら剣以外なんて、そんな……。それに、由緒正しきナビール魔法学園の授業で、危険なんてあるはずがございませんわ」
知らないけどね。
ただ貴族が多く通っていてサービオに格下扱いされるくらいなんだし、結構甘いんじゃないかと思う。厳しかったらさすがに馬鹿扱いされてないんじゃないかな。
何はともあれ、渋々でも諦めてくれてて良かった。剣術でさえ反対されるなら、迷宮に潜っていること言わない方がいいかも。ユーリー様が迷宮に入るようなことがあればさすがにばれると思うけど、出来るだけ隠しておこう。
ゲームではけっこう冷たい感じのクールキャラだったんだけどなぁ。まぁゲームとまったく一緒、ってわけにはいかないよね。
そのあとは防具屋と魔道具屋へ行き、お買い物。魔道具のミシンの値段をチェックする。やばい高い。桁が違う。
基本は手縫いの世界だけど、お金さえあればミシンが手に入る。すごく高価なものなので個人ではめったに買えない。うーん、数年は手縫いで頑張ってもらうしかないなぁ。さすがに作るのは無理だろうし、お金を貯める方が早いよね。
魔道具屋には数は少ないが、文房具屋にあったガラスペンや羽根ペンがあった。この世界の一般的なペンは、インクを使わず魔力を使う。インクを内蔵した万年筆もあるが、インクを付けて使うつけペンはない。でも筆はある。ノートは羊皮紙ではなく普通紙だけど、表紙は革のものしかないし、日本製品にファンタジー要素をちょっと足してみました感がすごい。文房具に限らず、そういう不思議なものがくあり、それらを探すのも楽しみの一つだ。王都の魔道具店はアデュライト領と違い、取り扱いの種類が多くあって楽しい。
「これ……」
「良い色ですね」
ユーリー様が持っているのは金色と水色とピンクの三色のラインがかわいいガラスペンだ。ちょっと配色が男の子向けじゃないと思うけど、まぁ好みは人それぞれだ。
ユーリー様は少し考えて、ガラスペンを二本買い、帰り際に一本を私に寄越した。おぉ、ちょっとデートっぽくなったね。




