忠誠を買う
六階から雰囲気ががらりと変わった。モンスターの強さ、遭遇率が違うからか、ハンターの数も、様子も違う。数日前に会ったピンク頭を見掛けたので、面倒だし見つからないようにしないと。
大型犬サイズのモンスターを難なく仕留め、解体。解体スキルのパラメータはすでに200を超え、瞬時に血抜きが出来る。そのあと毛皮、肉、牙、爪、魔石などの素材にわけて、素材入れ専用の袋に入れる。たった一回の戦闘ですでにこの量。重さは軽減されても体積は変わらないので、一度に運搬できる量など限られている。この調子では一日何往復すればいいのかわからない。
予想通り、次の戦闘の獲物で袋はいっぱいになった。安価な肉を捨て魔石だけを集めれば効率は良いのだろうが……食べられるものを捨てるのはもったいない、と思ってしまう。貧乏性だな。
結局一日で五回も往復した。それなのに六階層までしか潜れていない。獲物を諦めるか、戦闘を避けるか、悩みどころだ。パーティだったら持てる量も増えるし、問題ないのだろうけど。
しかし金額にすれば一日で15000Hになった。地図の続きに2000H使ったが、転移の魔方陣も使ってないのでなかなかの収入だ。10000Hあれば宿代食事代は余裕だし、少しずつ貯金も出来る。ハンターは意外と美味しい仕事ではないだろうか。ただし命の危険は常について回るし、武器防具代は高額なので環境が整っているかどうかが大きな問題だ。
「セリカ様、ちょっと体を酷使しすぎです」
「うーん……」
マッサージに気持ち良くなりながら、サオンの言葉を聞き流す。だって酷使しすぎって言ったって、仕事だし。酷使しなきゃハンターはやってられない。
「戦闘職の忠誠とか買えるのかなぁ。最悪、荷物持ちだけでも良いんだけど」
「それでしたらわたしが行きましょうか?」
「いやいやいやいやいや」
サオンのスキル構成、メイドだから。投擲以外、ハンターらしいスキル、ないから。
「えっと、戦闘は無理でも、荷物持ちなら出来ると思います」
確かに荷物持ちなら出来るだろう。獣人ということもあって体力はあるし、身体能力も高い。
「いやでもさすがに……」
メイドとして雇って迷宮に連れて行くって、契約違反にならないのだろうか。正直六階くらいなら、サオンを守りながら戦うなんて、余裕すぎる。
「あ、だめだ。迷宮はハンターじゃないと入れないんだって」
試験がないならともかく、試験がある。投擲のみでモンスターと戦う……サオンの腕なら倒せる気しかしない。が、評価するのはギルドの職員なので、どういう評価になるのかわからない。
「試験があるなら、さすがに無理でしょうか……」
サオンがしょんぼりと肩を落とす。耳がぺちゃんと伏せられていて、かわいらしい。
スキルを入れ替えても良いのなら、ハンターになるのは簡単だと思う。投擲があればあとはジャンプやステップの補助系を入れれば、サオンなら余裕なはず。それほどサオンの投擲の腕前は素晴らしいのだ。ただ問題は、サオンがメイドであるという点だ。私専属の間は問題ないけど、どうなのだろう?
「とりあえず明日は忠誠を買いに行ってみようか。見るだけでもいいし、他にも色々見てみたいな。王都に来てからほとんど迷宮にしか行ってないし」
パフェを食べに行くのもいいかもしれない。サオンは甘いものが好きだから。
忠誠を取り扱っている店は、宿から近い位置に二つあった。王都全部の店を見比べて、なんて時間もかかるし面倒なので、手近で済ませるつもりだ。条件はそこそこ戦えそうなこと。力は人並みあれば事足りる。
しかし忠誠と謳いつつも鉄格子の向こう側っておかしくないだろうか。まだ奴隷だって言われた方が納得できる。鉄格子の向こうに、簡素な服を身に着けた妙齢の女性が二人。店内に入るといくつも鉄格子付の部屋があり、老若男女、合わせて三十人くらい。
「いらっしゃいませ。どういった忠誠をお求めで?」
「ある程度戦闘能力があれば、特に条件はありませんが。こちらに戦闘を得意としている方はいらっしゃいますか?」
店員はどこにでもいそうな中年男性だ。仕立ての良い服ではあるが、成金だったり悪人だったりと嫌な印象はない。
「でしたらこちらと、こちらの部屋がそうでございます。ご自由にお話されて結構ですよ」
二部屋とも男性のみだ。十代から五十代くらいと年代は豊富。人数は九人。条件を絞らないと決まるものも決まらないかも。
「サオンはどんな人がいい?」
「あの……出来れば女性の方が良いと思います。忠誠の指輪があるとはいえ、女子寮ですし……」
規則としては問題ない。私は気にならないけど、同性の方が心情的には安心できるのかな?
この店にはいないようなので、次の店に向かう。
次の店は先ほどの店よりも狭い。鉄格子の部屋は三つ。人数も半分以下だ。
「ある程度戦闘能力のある女性はいらっしゃいますか?」
「申し訳ありません。戦闘能力のある女性はおりません。それでしたら迷宮の近くにある店がお奨めですよ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
なるほど……。迷宮の近くか。迷宮近くの方が確かに売れそうだ。去り際に、ふと、鉄格子の向こうの光景が目に映った。なぜか鉄格子の向こうに革張りのソファがあり、悠々と腰かけて本を読んでいる人影。
私の視線に気付いた店員が、苦笑いしながら教えてくれた。
「あいつ、ちょっとわがままなやつで。ソファは持ち込みだし、服も自作で」
言われて意識したが、確かに他の人が着ているものと違う。肩が剥き出しになるような、着物に似た服だ。言うなればエセ花魁。決して本物ではない。長い濃紺の髪は高い位置で一つに結われ、化粧は濃いめ。毒々しい紅の色が色っぽい。
「ん? 自作?」
危うく聞き流すところだったが、今、自作と言った?
「えぇ。変な服でしょう? デザインはともかく、腕は良いですよ」
鉄格子に近寄ると、私に気が付いたのか顔を上げた。おぉ、美人さん。きつめの顔立ちがなかなか好み。
「あなた、迷宮には潜れない?」
「戦闘スキルはございません」
思ったより声が低い。
「ハンター試験に受かれば、そんなに戦えなくてもいいけど。荷物持ちしてもらえれば」
「荷物持ち? 力はそれほどございませんが」
口元に手を添え、小首を傾げる。上品な仕草がよく似合う。
「軽量化の袋があるから大丈夫。仕事としてしてもらえるかどうかが知りたいの」
探るように私をじっと見ている。これはアピールタイムか何かですか。
「その服のデザインはあなたが?」
「えぇ」
「服を作ってもらいたいの。あなたのセンスが気に入ったわ」
店員が目を丸くして驚いている。さっき変な服って言ってたもんね。
「でも服を作るだけに人は雇えない。迷宮の荷物持ちと兼業になるの」
いやでもこのセンス、好きだわ。この人ならビスチェも作ってくれそうだし、他にも欲しいデザインの服いっぱいあるから、お抱えの仕立て屋さんは欲しかったんだよね。
「あ、でもサオン。女性じゃないけど、いいかな? この人気に入っちゃった」
「え?」
サオンは私の言葉に、鉄格子の向こうを見て、再び私に視線を戻した。
「えっと……?」
不思議そうに首を傾げる。
「一目で見破られるとは思わなかったわ」
「はぁー、この距離で見破った人は初めてですよ」
店員と本人に驚かれて、逆に驚いた。が、すぐに納得する。ゲーム内にオカマやニューハーフのようなキャラは一人もいなかった。つまりそういう文化がほぼないのではないだろうか。日本では珍しくないし、女性だと言われれば疑う人はいないだろうが、わかる人にはわかるだろう。
「わかってるのに、あたしの忠誠を買いたいの?」
「えぇ。服と、荷物持ち。両方してくれるならぜひ」
「そう。いいわ。貴女に忠誠を誓いましょう」
そう言って艶やかに微笑んだ。




