二年目の冬
思えば秋は天国だった。
午前中は剣術、午後は読書や魔道具制作、ダーヴィトお兄様がお休みの日には遠乗りという名の狩り。レベルは四に上がったし、魔道具も色々作れるようになった。中でも羽ペンとボディバッグがお気に入り。スキルのパラメータもかなり上がったし、おかげで魔法の幅も広がった。
毎日毎日楽しくて仕方なかった秋は終わりを告げた。……そう、冬だ。冬がやって来たのだ……!
「もうダンスの練習飽きた!! サオンかわってー」
「無理です死んでしまいます」
サオンのマッサージを受けながら愚痴る。ダンスは嫌いじゃないけど、毎日毎日セバスチャンと二人きりで練習なんて飽き飽きだ。セバスチャンは基本しゃべらない。ミスした箇所を指摘するだけの男と延々と踊り続ける苦痛。クリスマスなんて滅びてしまえ!
そもそもパラメータは去年から下がってないんだし、練習なんて必要ないのだ。まだ十五になってない私にはスキルがないことになっているから仕方がないんだけど。
「あの方と二人きりでダンスの練習なんて、一分持たずに死亡です。即死です」
サオンは相変わらずセバスチャンのことが苦手だなぁ。まぁ私も得意ではないんだけど。必要以上に喋らないこととあの無表情さが何とも……。ゲームではセリカの専属執事として学園にいたけど、正直無理。耐えられない。私は意地でもサオンを連れて行くと決めている。そもそも世話役に異性を連れて行くっておかしくないか。たぶんそんなところまで考えて作られてないんだろうけどさ。
サオンに愚痴を吐きつつも何とか熟し、ダンスのパラメータは300を超えた。もう十分だと思う。
予定通りジャーヴォロノク家のクリスマスパーティに参加した。ユーリー様も大分打ち解けてくれてるし、話も弾み楽しい一時。料理も美味しいしね。しかし今回はニューイヤーも参加ということで、それまで滞在することになっている。ホテルならまだしも他人の屋敷に一週間以上も滞在するのは気疲れする。しかも両親もいるので苦痛倍増。屋敷でも滅多に顔を合わせないので、正直ユーリー様よりも慣れてない。ユーリー様との方が全然楽しい。部屋が別で本当に良かった。
クリスマスとニューイヤーの間は、ユーリー様とダーツ三昧。新しくスキルを反映しないダーツを作ったようだ。結果は五分五分。前は私の圧勝だったのに……やるな。
今回はサオンがいないのでユーリー様は残念がっていた。サオンがいた方がこう、闘争心がね?
ニューイヤーもただのパーティで、特筆するようなことはなく。挨拶回りも少数で済んだ。跡取りの嫁だったらもっと大変なんだろう。ユーリー様が長男じゃなくて良かった。
「終わったー! ただいまサオン!!」
クリスマスとニューイヤーの地獄のコンボを終え、帰宅。ようやく私の楽しみにしていた冬の一大イベントが始まる。
「いよいよ明日! お土産狩って来るね!!」
「はい。無理をなさらないでくださいね?」
うん、無理せずいっぱい狩ってくる。
約二月、北方へ狩りに行く。実入りが良いと言われる雪うさぎ狩りだ。もちろんダーヴィトお兄様のパーティのお供であり、あくまで勉強の一環として許可をもらった。自分の取り分である雪うさぎの毛皮は半分もお母様に献上予定。何という条件……。
さすがに期間が長いし、許可を取らずに行くわけにもいかず。どれだけ毛皮がもらえるかわからないけど、こたつ布団作りたかったんだけどなぁ。
屋敷にはこたつがないけど、ゲーム内のキャラクターに、こたつ持ちがいた。シーズン中に東ノ島通りに行けば、こたつが手に入るのだと思う。どてらも着てたけどそれはいらない。私はフリース派だ。あとヒートテック。出発前に忘れずにユーリー様に手紙を出しておく。北方行きと学校の件で。バレンタインのプレゼントは念の為北方で手配しよう。
魔動車に乗って北方へ出発。前回と違いパーティメンバーが全員揃っているので車内が狭い。その上私が入るのでさらに狭い。申し訳ない……。
夏場ならまだ車上という手があったが、この寒さでは無理だ。気付いた時には凍死していた、なんて普通にありそう。
前衛職の二人は背の高い、眠そうな顔をしたレットさんと、背は低いが筋肉質のビーンさん。ビーンさんは私より背が低い。
「ダーヴィトからよく話を聞いてるよ。シスコンの兄貴を持つと大変だな」
心底同情したような顔で言われた。一体何を話したんだ。
挨拶もそこそこにモナさんに捕まり、放してもらえない。止めてくれそうなクリスさんは操縦席。相変わらずサリィさんの冷たい目線。モナさんとダーヴィトお兄様はまったく気にしてないけど、私は気になる。勝手に崇めないで。心酔しないで。意味が分からない。もし教徒が全員こんな感じなのだとしたら、私はパーティに回復職は入れない。絶対にだ。
途中狩りをしたり町に立ち寄ったりしながら十五日。ようやく北方に到着した。想像してたより雪が少ない上に、わりと普通に歩ける。これが雪上ブーツの効果か……ッ!
「絶好の……狩り日和ね……」
憂いを帯びた表情で、サリィさんが呟く。綺麗な赤い髪が風に靡いてかっこいい。
「えぇ……泣きたくなるくらいの、絶好の……」
モナさんも道中のテンションが見間違いと思えるほどのローテンション。
「二人とも現実逃避はそこまでにして宿に行くぞ」
「はぁーい……」
「わかってるわよ……」
何故二人とも項垂れているのか。
答えはすぐにわかった。
この町に一軒しかないという宿。入ってすぐに受付と階段が見え、その横に雪うさぎの剥製があった。小さな小さな白いうさぎ。真っ白だ。円らな目は赤く、なぜか鼻と口がない。
「かわいいだろう?」
「はい。作り物みたい。鼻と口はないんですか?」
「鼻はないけど口はあるよ。攻撃するときだけ現れる」
「へぇ……」
中々変わった生物のようだ。
「かわいい声でなくし、一見人懐っこい」
なるほど。かわいすぎて殺すのをためらう訳か。いくらお金になるってそれだと言ってもねぇ。
「けど実際は人懐っこくないから。懐いてきたら攻撃前。食われるから躊躇わず殺して。命乞いもするけど見逃すと食われるから」
「何それ怖い」
「怖いよ、雪うさぎ。油断したら即やられるよ。でもかわいいから殺し難い。それで良いお金になるんだよね。あと手で触ると肉が溶けるから触らないようにね」
「溶けるって名前通り雪で出来てるってこと?」
「いやただ高温に弱いだけ。うまく調理すればすごく美味しいよ。だから肉も高く売れるし、高級料理なんだ」
それは楽しみだ。
「大体二週間くらいかな。町周辺の狩場をざっと狩る。全滅はさせなくていい。繁殖力が強すぎるから数を減らすのが目的なんだ」
「なるほどこれは……」
雪原をぴょこぴょこ跳ね回る雪うさぎたち。人がいると寄って来て、さらにぴょこぴょこ跳ねる。超かわいい。飼いたい。だけど手を伸ばすと途端に齧り付いてくる。口は普通のうさぎの三倍ほど、牙は鋭い。人の指など造作なく食い千切るそうだ。
剣で首を落とす。血液で毛皮が汚れるが、あとで綺麗に出来るそうだ。粗方首を落とした後に全部回収するそうなのでそのまま放置。どんどん首を落としていく。仕留め損ねると一層かわいい声で鳴き、しかも涙まで流すので居た堪れなくなる。あれだ、これは精神的にクる。引き受け手が少ないことに納得の仕事だ。
だがそれも報酬計算で吹き飛んだ。毛皮は売らず均等に割り、肉は全部売って必要経費差引きで、それでも三ヶ月分の生活費が賄える。毛皮を売ればさらに……。凶暴とはいえ気を付けていれば無傷で倒せるし、期間が二ヶ月近いことを考えても充分な報酬。
「セリカは毛皮どうする?」
「全部持って帰ります」
これだけあれば半分をお母様に渡しても、こたつ布団が余裕で作れる。あとはサオンのお土産にしよう。
肉はすべて売ったけど、宿の夕食で食べることが出来た。口の中で文字通り溶ける刺身と、旨味がすべて溶け込んだシチュー。これは癖になる……。
「くぅっ……旨い。かわいそうだけど旨いぃ……」
「うさぎさんごめんなさいうさぎさんごめんなさい美味しいですごめんなさいぃ……」
気持ちはわからないでもないけど、まずくなりそうなんでやめてほしい。




