上り一日目
六ノ月、中旬。出発は明日だと告げられた。
いや、急すぎよね? しかも同行はダーヴィトお兄様一行だというし、よくナシカお母様が許可を出したものだ。何が起きたんだろう。
「ナシカ様に見つからないように、父上に許可をもらっただけだよ」
とのことだった。なるほど納得。
とりあえず大急ぎで準備だ。筆記用具と道中の勉強用の教本、着替えなど。数日かかるらしいので他にも色々リュックサックに詰め込んだ。かなり詰め込んだのに中々軽いぞ。さすが魔道具。ママに最終チェックをしてもらう。
スキルは観察と気配察知、読書、神聖魔法、礼儀作法を設定しておく。あとは必要な時に設定しよう。
「じゃーん!」
当日ダーヴィトお兄様がドヤ顔で披露したのは、木製の自動車に見える何かだった。大きさはワゴン車よりも少し大きいくらいだ。
「セリカは初めて見るだろ? 魔動車っていうんだ」
そのまんまだった。しかし木製って雨とか大丈夫なのかな。傷むの早そう。
「と、その前にまずは、今回同行するメンバーを紹介するよ」
「初めまして。クリス=マギラスだ。よろしくな」
「クリスはうちのパーティの料理担当なんだ」
「あ、どんぐりパンを作った方ですか? とても美味しかったので是非作り方を教えて欲しいです!」
クリスさんは高身長でがっちりとした男性だった。ちょっと意外。年齢はおそらくお兄様と同じくらいだろう。黒髪をさっぱりと短く刈り込んでおり、腰には長剣が下げられている。よーし、ファンタジー料理のレシピ、いっぱい教えてもらおう!
「あたしはサリィ=オーヘン。見ての通り魔法メインで後衛よ。よろしくね」
自己紹介の通り、そのままローブに杖という魔法使いルックだ。明るい茶色の髪をポニーテールにしている。
そして最後の一人がす、と一歩前に出た。そして何故か跪いた。何?
「わ、わたくし、モナ=ウーミエと申します……!」
濃い水色の髪を顎先で整えている女性。見るからに戦闘に不向きそうな白いロングローブに、複数の十字架が彫られたプレートネックレス。胸元で手を組み、カタカタと震えながら、私を見上げる。その瞳は何故か潤んでいるように見えた。サリィさんがぎょっとした顔でモナさんを見ている。ということはこの状態がデフォではないのね。
「あぁ、何て神々しいお姿……!」
「は?」
「貴女様は神に選ばれし聖女に違いありません! わたくしは貴女様に仕えるために生まれてきたのです!」
「はぁ?」
何だこの残念僧侶。
「やっぱりわかる!?」
「はぁ?」
アレな発言に勢いよく食いついたのはダーヴィトお兄様だった。
「モナにはわかると思ってたんだよね! セリカの素晴らしさが!」
「もちろんですとも! さすがダーヴィトさんです!」
私もだけど、サリィさんがドン引いてる。
「はっはっは、二人共仲が良いのはいいことだけど、そろそろ出発するぞー?」
「この続きは魔動車の中で致しましょう!」
せんでいい。
魔動車の内部は、外から見たよりもずっと広々としていた。大人が六人くらい寝転がれそうだ。操縦席除く前半分はむき出しの木材。後ろ半分はラグが敷いてあるので気持ちよさそう。靴は履いたまま前半分にクッションを置いて座る。
「中々だろう? うちのお抱え魔道具師の最高傑作なんだ」
魔道具製作者のことを魔道具師って言うのかな。お抱えってことはこの人も貴族かな。
あらかじめ操縦の順番を決めていたようで、サリィさんは無言で操縦席に向かった。もしかしたら異様な雰囲気な二人と別空間に行きたかっただけかもしれないけど。
「全然揺れないのですね」
馬車のあの揺れは一体なんだったのか。魔動車があるなら馬車とかいらなくない?
「揺れ防止の魔道具を使ってるらしいよ。他にも耐水とか空間拡張とか、とにかく高性能。うちじゃちょっと難しいね」
クリスさんのところはアデュライト家より上位の貴族でお金持ちってことかな。
「魔石も大量に使うけど、操縦にも魔力が必要だから中々ね」
「そんなすごいものに乗せていただいて良かったのですか?」
「大丈夫。軍資金は父上からもらって来たから」
それなら大丈夫か。ハンターに依頼を出した形になるのかな?
「魔動車の利点は操縦者さえいれば休憩がいらないことかな。馬だとそうはいかないしね。あとはスピードかな。馬車の倍は行くと思う。ただし費用がかかるし、操縦出来る魔力の高い人は中々掴まらない」
「皆さん操縦出来るのですか?」
「今日揃ってる四人はね。残りの二人は魔力があんまり高くないから置いて来たんだ」
他にも魔動車について色々質問した。あまり詳しくはわからないみたいだけど、大体の造りは予想出来た。さすがに現状自作は無理。やっぱり注文かな。どっちにしろ資金がないし、ハンターになって稼いだ後だ。
「あの、魔動車の話は終わりましたか?」
「え?」
「今度はわたくしともお話を……!」
何かそわそわしてるなぁと思ってたけど、話が終わるのを待ってたのか。手を顔の前で組んで懇願してくる。正直あんまり話したくないんだけど……。
回復担当とのことなので、その辺りの話を色々聞いてみた。神聖魔法をどう活用しているかとか。私は今のところ祈りくらいしか使っていない。狩りにもあまり行けてないし、怪我しないから回復魔法を使う場面がないのだ。複合の補助魔法はがんがん使ってるけどね。
一日目の昼食は、クリスさん特製のお弁当だった。普段食べているパンとは違い、ふわふわのパンを使ったサンドイッチ。懐かしい卵サンドもある。美味しい。
熱い紅茶を飲みながらサンドイッチを頬張る。普段かたいパンなのはただの文化だ。柔らかいパンを食べる習慣があまりないだけで、決して貧乏だとかレシピがないとかそういうことではないらしい。
「とはいえ、初めて食べた時はびっくりしたなぁ」
ダーヴィトお兄様と他のパーティメンバーは、サービオに通っていた頃の同級生らしい。ナビールじゃなくてサービオだったんだ。
「わたくしとサリィ、今日来ていない二人は平民ですので……」
サービオは優秀であれば身分は問わないもんね。ナビールは多少優秀じゃなくても貴族であれば入れるし。
モナさんが食べ終わったので、サリィさんと操縦を交代した。モナさんが名残惜しそうに私を見つめる。やめてください。今度はサリィさんが昼食を摂り、クリスさんは仮眠。防音の魔法がかかっているという耳栓をして、後ろのラグの上に寝転がった。おぉ、あと一人二人は同時に寝れそうだ。
「もちろん危険地帯では使えないけどね。けっこう重宝するんだ」
これで普通の声で話しても大丈夫らしい。爆音がすればさすがに聞こえる。
せっかくなのでサリィさんに魔法の話を聞いてみよう。現役魔法士生の声。
サリィさんはパーティメンバーの中で一番高い魔力量を持ち、それを活かし攻撃魔法をメインに戦闘を熟す。威力増幅の為に杖を装備し、力はあまりないので武器は予備のナイフのみ。ほぼ出番はないそうだ。
場所や相手によって有効な魔法が違うというので、その辺りをじっくりと聞いた。経験に基づいた話を聞けるのは中々に有意義だ。肉体はともかく精神的には年下ばかりだけど、経験者の話は重要。魔法談義楽しい。
夢中になって話しているとすぐに夕食の時間になった。楽しい時間はすぐに過ぎる。夕食もこれまたクリスさん特製のお弁当。骨付き鶏もも肉のハーブ焼き、スパイス焼き、コロッケなど。料理スキルで覚える魔法で温めてもらってから食べた。私も早く便利な魔法覚えたい。料理は狩りに行った時くらいしか出来ないから、あんまり上がってないんだよね。
食後は一応受験生なので、勉強。質問があれば起きている人に聞けばいいし。皆サービオの学生だったので、何でも教えてもらえる。
クリスさんは操縦、サリィさんは念のための周囲警戒。私とダーヴィトお兄様、モナさんは就寝。モナさんの目がちょっと怖かったのでお兄様を防波堤にしておいた。




