四ノ月
とうとう軽業スキルを取得した。これがもうめっちゃ楽しい。楽しくて仕方ないから、空いた時間は常に壁を走っている。まだ三歩しか走れないけど、いつか天井も走るんだ……。
とはいえ、空いた時間といってもそんなにない。なぜなら受験生だから。セバスチャンという家庭教師に、朝から晩までみっちりしごかれているのだ。今までの勉強がほぼ通じない範囲を一から勉強するというのは、週五とはいえ結構キツイ。
「算術は完璧ですね」
「ありがとうございます」
算術は四則演算なので、まったく問題がない。ただ計算式の問題ではなく文章問題なので、問題を読むのに時間がかかるだけだ。単位は違っても十進法だしね。
「次は歴史に致しましょう」
出た、歴史……。
歴史だけではなく、残りの地理、法律、生物はあまり好きではない。中学生レベルの内容でも、世界の常識を知らないということが、これほどのハンデになるとは思わなかった。生物なんてモンスターの種類も出て来ておもしろいけど、試験となると話は別だ。読書スキルがぐんぐん上がるのは嬉しいけどね。
基本的にどの学園の試験も夏と冬の二回。大抵夏に第一志望を受けて、落ちれば冬に再試験か、志望校を変えて受験する。
ナビール魔法学園は元々貴族のための魔法学園で、身分と授業料さえ払えれば入学は確定されるわりと緩い学園だ。貴族学校だけあって、設備や教師陣は一流どころが揃っているらしい。
ちなみに一番偏差値が高いのはサービオ魔法学園だ。まぁこの世界では偏差値なんて存在しないけど。ナビールとサービオはライバル関係にあるらしく、対校戦もあるらしい。
「本日はここまでです」
「はい。ありがとうございました」
セバスチャンの退室を見届けてから、大きく伸びをした。今から着替えて夕食だ。そのあとは自由時間になるので、地味にスキル上げをしている。
「勉強はどうかな? 捗っているかい?」
「はい」
「そう。それは良かった。それでちょっと急な話だけどね、来月はユーリー様の誕生日だから明日は町で買い物をと思っているんだけど、どうだい?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。それで明日はリオンと剣を選んでおいで」
「剣!?」
来た。自分専用の剣だ。思わず齧り付く様に返事を返してしまった。
「う、うん。明日は私ではなくリオンと一緒に行っておいで」
「はい! よろしくお願いしますね、リオンお兄様」
「願書も送るから、明日忘れないようにセバスチャンに渡すようにね」
「はい」
明日は願書と剣とユーリー様への贈り物か。今回も食べ歩き出来るかな。リオンお兄様の方がデューお兄様より緩そうだし、大丈夫だと思うけど。
前回同様、馬車に乗って町へ向かった。
まずは目的の一つであるユーリー様の誕生日プレゼントを探すことにした。これは前回と同じ店で良いものを見つけた。即決だった。ユーリー様のキューティクルな水色おかっぱを守るため、銀細工の手鏡と櫛のセットだ。うん。良いチョイスだと思う。
ユーリー様の誕生日は来月半ばなので、その頃に着くように手配してもらった。
次は剣だ。大剣がかっこいい。身長と同じくらいの大剣を振り回すセクシー美女。うん、いいね。が、学校の授業に使うものなのでスタンダードなものの方が好ましいと言われてしまった。仕方がないのでリオンお兄様のアドバイスの元、細身の剣を選んだ。まぁこれはこれでかっこいいデザインだ。細身だから軽いし、速く振るにはちょうど良い。何はともあれ、私の剣だ。私だけの。
「くふふ……」
おっといけねぇ。
「!?」
リオンお兄様がびくりと震えた。
剣まで選び終わったところで、昼食だ。期待通りリオンお兄様はゆるかった。二つ返事で屋台での昼食となった。揚げたてのコロッケ、豚肉と玉葱の串焼き、鶏肉の炭火焼、ミートボールとマカロニの入ったクリーム煮のようなものを食べた。こういうの、家でも作ってくれれば良いのに。何故かステーキとか香草焼きみたいなものばかりなんだよね。
あとは願書を送る手配をすれば今回の目的は完了だ。昨晩記入を終えていたものをセバスチャンがささっと手配してくれた。うむ、手早い。
そこでふと、気になるものを見つけた。
「あれは何をしているのですか?」
鉄格子の向こうに、人がいる。ファンタジーお決まりの奴隷? ゲームには出て来なかったけど。
「……忠誠を売っているようですね」
「忠誠を売る?」
何だそれ? 忠誠は誓うものじゃないの?
「まだその辺りの法律に触れていませんでしたね。明日はさっそく法律の勉強をしましょう」
「うげ」
どうやら聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ……。いや聞いてなくてもいずれはやる範囲だったんだろうけど。
「特にその辺りはすぐに必要になりますからね。しっかり覚えませんと」
「ふぅん?」
奴隷と何が違うんだろうか。




